勇者は、今日も皆のお陰で勝利を手にする
「あ、えっと、どうぞ」
俺は少しだけ頭を下げてから、配給されたパンと肉を自分の皿に受け取った。
そして、仲間の下に戻ってそれを食べた。
「・・・はあ、ついに来ちまったか」
これから、一世一代の大戦だというのに、士気は非常に低い。
なぜかというと、皆嫌だしどこか後ろめたいからだ。
なぜ、みんなのやる気がこんなにないのかって?
それの原因はまあ、二年前のことなのだが、
そもそも、この国は長年魔王国と国境が隣り合わせで、どこにも迎合しない魔王国に手を焼いてきたのだ。魔王は、人間だけでなく森にいる動物たちを束ねてこちらを襲ってくるので、厄介で仕方がない。
というわけで、それに対抗してこちらとしてもなんとか士気を上げるために、無理やり占い師というものを作り出して勇者をそいつに選ばせていた。
俺は由緒正しい騎士の家庭に生まれたのだが、父からは「勇者には死んでもなるなよ」と言われてきた。
だからといって、回避できるような代物ではない。
勇者は、前の勇者が死んだら占い師が選ぶことになっているのだが、その占い師が逃げやがったのだ。
勇者を選んでいるくせにそいつらがすぐに死ぬから、色々と批判を浴びていたのだ。
それで、占い師がいないならどうしようか、という考えから生まれたのが、国民投票で勇者を決めよう、という話なのだが、候補者は立候補をする、というバカげた方法で決めようとしたのだ。
そんな、どうせお飾り。それに、すぐ死ぬ職業に誰が立候補するのだ。
俺達上流階級はそう思っていたのだ。誰か、生贄を決めなければいけない、とアセアセしていたところ、街の町民であるアレスが立候補したのだ。まだ、18歳の若者だった。
しかしまあ、そんな馬鹿な若者はこちらからすればありがたい以外のなにものでもないので、国王も彼の立候補を認めることになった。 で、結局他の候補者が現れずに彼が勇者となった。
彼は、まあ努力はしないし、極端に怖がりなのだが、戦場に来て俺達に食事を配ってくれたり、負傷兵を運んでくれたり、と実に親切にしてくれているのだ。
そんな姿を見せられたら、ついていかないわけにはいかない。
それが、騎士の誇りというものだろ!!と父に言われた俺は、この魔王領侵攻に従軍することになってしまった。
俺の組み込まれた小隊は、皆ある程度の家柄の騎士で固まっているので、皆いやいやついてきているわけだ。
しかし、勇者のお陰で自分たちと身分の近い勇者、ということで親近感が湧いたのか、志願兵が大量に集まった。30万人もいるらしい。
まあ、俺達以外の志願兵たちはやる気もあれば、彼のために死のう、という覚悟を持っているわけだ。
というわけで、勇者アレスは今日も配給で大忙しなのだ。
隊列の一番先頭を馬に乗って歩いているのに、どこか情けない。その代わりに、愛嬌のようなものがあるのだがな。
しかしまあ、俺達には彼に勇者という役目を任せた引け目もあるし、「こりゃ、ついていくしかねえよ」という諦めもあるし、そのダブルパンチで非常に士気が低い。
それにしても、魔王領のだいぶ中心部まで連戦連勝で来たのだ。
俺も、歴代勇者による魔王軍侵略にも何回かついていったが、勇者は最前線で戦って士気を上げる、という馬鹿みたいな決まりがあったせいで、彼らはすぐにやられていったのだ。
そりゃ、一番前にいたら、魔法も食らうわ、変な無視や鳥がとんでくるわ、弓矢が飛んでくるわ、すぐ死ぬことなんて目に見えている。
しかし、今回は臆病な勇者アレスが戦いの直前になると、皆にバレないように最前線からこっそりと引き下がっているのだ。
おそらく、前方にいる俺達以外はそれを知らないからここまで皆のやる気が高いのだろう。
結果的に、彼の臆病がうまくことを進めているわけだ。
彼が勇者を名乗っていることは、少し気に食わないが、彼の功績を称えないわけにはいかないのだろう。
というわけで、食事を摂った俺達は、今夜の魔王王都奇襲のため、すぐに軍を進めるのであった。
もちろん、奇襲を仕掛けるので、全体でではなく、勇者と俺達およそ8000の兵で王都に向かうのだ。
「なあ、これ勝っちゃうよな、絶対に」
俺は隣を歩くクレアモンに尋ねた。彼も、騎士の家庭に生まれた生粋の騎士だ。
「ああ、そうだけどよ、そしたら俺達騎士はどうなるんだよ?失業して貧乏になったりしないよな?」
「そうなったら、勇者に恵んでもらえばいいだろ。あいつ、あんなに配るの好きなんだし」
そういって、二人で笑った。
笑った後で、ちょっとした罪悪感に苛まれる。
目の前には、馬に揺られてガクンガクンと首を動かしている貧弱な勇者の頭が見えるのだ。
そんなこんなで、俺達は途中襲ってきた魔物の攻撃を振り払い、日が完全に落ちた頃、魔王のいる本拠地。魔王国王都までやってきた。
王都は、おそらく攻められる想定をまったくしておらず、道もまっすぐと舗装されていて、塀や堀なんかはまったくない。
城に、おそらく俺の身長の二倍程度の塀が建っているだけで、俺達も最初からここに攻め込めばもっと楽に進めたに違いない、と思わざるを得ない規模感だった。
その様子を遠くから望遠鏡で眺めていたら、勇者であるアレスが突然「よし、行こう!!」と言い出した。
すると、参謀であるアレキサンダーさん(俺達が唯一全幅の信頼を置いている名将(この国の中ではまだマシな人)(そもそも、ちゃんと強い人がいたら勇者なんて必要ありませんから))が「そうですね。まっすぐ進んでも大丈夫でしょう」と言ったのだ。
・・・
え?
もう少し慎重に行くべきでは、と思ったがここから負けるなどあまりにもありえない。
まあ、でも予定通りか。
それに、望遠鏡をいくら覗いても、兵士や魔物なんてものはほぼ見受けられない。
まあ、いいか。
「じゃあ、皆さん行きましょう!!」
そういって、勇者アレスは馬にまたがった。
お前は、どうせ戦わないじゃん。そんなこと言いやがって。
しかし、反抗する気にもならないので、勇者についていき、俺達はついに魔王国王都にやってきたわけだ。
街の入口のような大通りは、上から視察していた通り実にこちらに優しい作りになっていた。
が、伏兵がいる可能性は捨てられないからな。
しかし、勇者アレクと8000人の兵隊は、その街の大通り堂々と進軍した。
城に向かう途中で、確かに伏兵と思われる兵隊や魔物が襲ってきたが、通りがあまりにも広いので、全然効果がなかった。隊列はまったく乱れないまま、勇者アレクは、臆病者のくせにどんどん魔王城へと進んでいった。
そして、俺達もその後ろについていく。
城の前に立つと、そこには、魔王軍と、魔王が待ち構えていた。
なんというのだろうか、背水の陣というやつだろう。
後ろには彼らの城が大きく立ちはだかっている。
籠城ではない。
まあ、こんな城ならすぐに壊せそうだからな。
「よし、行け!!」
俺達は一斉に駆け出した。
魔王軍もこちらへ向かってくる。
さすがに最後の戦いというだけあって、魔王軍の連中も強い。
今まで相手にしてきた魔物とは明らかに違う。
巨大な狼のような魔物がこちらへ飛びかかってきたので、俺は剣を振り下ろして、その首を切り落とした。
「左から来るぞ!」
「任せろ!」
隣にいたクレアモンが盾で魔物の攻撃を受け止め、その隙に別の騎士が槍を突き刺す。
魔族の兵士もこちらに襲いかかってくる。
だが、俺達はここまで来た。
8000人。
しかし、その後ろにはさらに何十万という兵士たちがいる。
負けるはずがなかった。
今更勇者が死んでも、俺達の勝ちは変わりない。
それに、あいつならずっと逃げ回ってて死なないだろ。
「押せ!!」
誰かが叫んだ。
俺達はさらに前へ進む。
魔王軍が一人、また一人と倒れていく。
そして気がつけば、俺達は魔王の目の前まで迫っていた。
「な、なぜだ……」
魔王が呟いた。
身長は俺の二倍ほどある。
頭には巨大な角が二本。
黒い鎧に身を包み、その手には巨大な剣を持っている。
見るからに強そうだ。
実際、強かった。
俺の剣を受け止めた魔王が、そのまま俺を吹き飛ばした。
「ぐっ!」
「大丈夫か!」
「平気だ!」
クレアモンが俺の前に立つ。
魔王が剣を振り下ろす。
クレアモンが盾で受け止める。
「ぐああああっ!!」
そのまま地面をズリズリと滑っていく。
「クレアモン!」
「俺はいい! 早くやれ!」
俺は立ち上がり、魔王へ向かって走った。
魔王は強い。
だが、俺達はもっと多い。
そして、ここまで来るまでに何度も戦ってきた。
魔王が一人で俺達全員を相手にできるはずがない。
「今だ!!」
騎士の一人が魔王の腕を斬った。
別の騎士が足を斬る。
魔法使いが炎を放つ。
魔王がそれを避けたところへ、俺が剣を叩き込む。
「ぐおおおおおおおおおおっ!!」
魔王が咆哮した。
その身体が大きくよろめく。
「いけるぞ!!」
誰かが叫んだ。
俺もそう思った。
あと少しだ。
魔王はもう立っているのがやっとだった。
剣を握る手も震えている。
俺達の周囲には、魔王軍の死体が転がっている。
こちらも相当な被害を受けている。
それでも、あと一撃。
それだけで終わる。
「クレアモン!」
「なんだ!」
「俺が隙を作る!」
「わかった!」
俺は魔王へ向かって走った。
魔王がこちらを見る。
「人間風情がああああああ!!」
巨大な剣が振り下ろされる。
俺は横へ飛んだ。
剣が地面に突き刺さる。
その瞬間、俺は魔王の懐へ入り込んだ。
「今だ!!」
俺の剣が魔王の胸に突き刺さる。
「ぐっ……!」
魔王が動きを止めた。
そして、俺の後ろからクレアモンが走ってくる。
「うおおおおおおおおお!!」
クレアモンの剣が、魔王の肩へ食い込んだ。
「ぐああああああああ!!」
魔王が膝をついた。
あと一撃。
今度こそ。
俺は剣を構えた。
魔王もこちらを睨んでいる。
その顔には、もう戦う力など残っていない。
「終わりだ!!」
俺が剣を振り上げた、そのときだった。
「待って!!」
後ろから声がした。
勇者アレスだった。
俺は思わず振り返った。
「……え?」
アレスがこちらへ走ってくる。
いや、走っている。 ものすごい勢いで。
「どいて!!」
勇者が叫んだ。
俺もそう思った。
何を考えているんだ、あいつ。
魔王はまだ生きている。
しかも、最後の力を振り絞って剣を握り直している。
「アレス!! 下がれ!!」
俺が叫んだ。
しかし、勇者アレスは止まらなかった。
むしろ、さらに速度を上げた。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
そして――
魔王の頭に、
アレスの剣が、
振り下ろされた。
ズバンッ!!
「……」
魔王の身体が、ゆっくりと倒れていく。
ドォン。
地面が揺れた。
静寂が訪れる。
俺は剣を構えたまま、呆然としていた。
隣を見る。
クレアモンも口を開けている。
周囲の騎士たちも、皆同じ顔をしていた。
アレスは魔王の前に立っている。
そして、剣を高く掲げた。
「やった……!」
アレスが叫んだ。
「みんな!! やったぞ!!」
その声を聞いて、兵士たちが一斉に歓声を上げた。
「うおおおおおおおおお!!」
「勇者様万歳!!」
「魔王を倒したぞ!!」
「勝った!!」
俺も、思わずその場に座り込んだ。
・・・いや。
待て。
俺達がやったんじゃないのか?
俺が魔王の胸を刺して。
クレアモンが肩を斬って。
他の連中が腕や足を攻撃して。
魔王を瀕死まで追い込んで。
最後の一撃だけ――。
「なあ」
俺は隣のクレアモンに声をかけた。
「・・・なんだ?」
「あいつ、何した?」
「・・・最後に剣を振った」
「そうだよな」
「そうだ」
「じゃあ、俺達は?」
「・・・マジで、あの臆病者がよ、」
しかし、本気で彼のことを怒る元気はなかった。
クレアモンはしばらく黙ってから、
「まあ、勇者ってそういうもんなんじゃないか?」
と言った。
「いや、どういうもんだよ」
俺達の前では、アレスが兵士たちに囲まれていた。
「勇者様!」
勇者は嬉しそうだった。
・・・まあ、いいか。
これで戦争は終わった。
魔王も倒れた。
国に帰れば英雄として迎えられるだろう。
魔王を倒した、勇者アレク、と。
「なあ、クレアモン」
「なんだ?」
「俺も、勇者になっておけばよかった」
「でも、あいつだって俺達には嫌われていることを知らずにこれから生きていくんだぜ」
クレアモンはそう言って笑った。
これって、俺達が彼に勇者を押し付けた罰なのか?
ほんと、あの臆病者にすべて持っていかれるとは思わなかった。
そして、勇者アレクは魔王を倒した英雄として国が崇め称えられた。
俺達騎士はというと、何も失わず何も得られずいつもの生活に戻ったわけだ。




