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「荷物を整理するだけなら要らない」と追放されましたが、その荷物、本当に一緒に入れて大丈夫ですか?

作者: よみなぎ
掲載日:2026/09/12

「エルナ。今日でお前は外れてくれ」


夕食を終えた直後、リーダーのロイドが言った。


私は持っていたコップを、ゆっくりテーブルへ置いた。


「……理由を聞いても?」


「聞くまでもないだろ」


ロイドは腰の魔法鞄を叩いた。


先日買ったばかりの高級品だ。


見た目は小さいが、中には荷馬車一台分ほどの荷物が入る。


「もう荷物持ちは必要ない」


「私は荷物を持っているだけじゃないよ」


「知ってるよ。並べ替えてるんだろ?」


隣にいた魔術師のヴィオラが笑った。


「赤い袋はこっち、青い箱はあっち。毎日よくやるわよね」


「そうじゃなくて――」


「同じだろ」


ロイドが遮った。


「魔法鞄なら全部入る。必要なときに取り出せばいい。それだけだ」


「全部一緒に入れたら駄目だよ」


「なんで?」


「例えば――」


私は鞄の横に置かれていた赤い箱を見た。


その隣には、銀色の筒。


「その赤い箱と銀色の筒だけは、絶対に――」


「ああ、もういい」


ロイドが手を振った。


「そういう細かい話を毎回されるから面倒なんだよ」


私は口を閉じた。


「俺たちは冒険者だぞ。戦うのが仕事だ。荷物の置き場所で一時間も使う必要があるか?」


「必要だからやってるの」


「でも、何も起きてないだろ?」


その言葉に、私は一瞬返せなかった。


そう。


何も起きていない。


「とにかく決定だ」


ロイドは小袋をテーブルへ置いた。


「今日までの取り分だ」


「引き継ぎは?」


「要らない」


「でも、鞄の中の配置だけでも――」


「好きに入れ直すから」


ヴィオラも頷いた。


「むしろ今まで細かく分けすぎだったのよ。どこに何があるか分かりにくかったし」


私は少しだけ迷った。


でも、もう一度説明する気にはなれなかった。


「……分かった」


小袋を受け取る。


悔しいというより、疲れた。


自分がやっていたことを、一度も仕事だと思ってもらえなかった。


それだけが、少しだけ胸に残った。



翌朝。


私は冒険者ギルドの掲示板を眺めていた。


できる仕事は多くない。


剣は使えない。


攻撃魔法もない。


体力も普通。


得意なのは、荷物を整理することくらい。


だけど昨日、それは仕事ではないと言われたばかりだった。


「仕事探し?」


横から声がした。


振り向くと、赤茶色の髪を短く切った女性が立っていた。


背中に盾。


腰に剣。


冒険者らしい。


「はい」


「荷物持ちを探してるんだけど、どう?」


「荷物持ちですか?」


「うん。うち三人パーティーなんだけど、全員戦闘担当でね。できれば道具の整理までしてくれる人だと助かる」


「整理ならできます」


「本当?」


女性の顔が明るくなった。


「私はマレア。あなたは?」


「エルナです」


「どのくらい持てる?」


聞かれて、私は少し困った。


「重い物は、それほど……」


「あれ?」


「でも魔法鞄を使っていいなら、必要な物の仕分けや補充はできます」


「十分十分。どうせ荷物は魔法鞄に入れるから」


マレアは笑った。


「報酬は四等分でいい?」


「えっ」


思わず聞き返した。


「私、戦えませんよ?」


「でも仕事はするんでしょ?」


「それは、もちろん」


「じゃあ四等分でいいじゃない」


あまりにも普通に言われて、私は返事が遅れた。


「……はい。お願いします」


「決まり。じゃあ仲間に紹介するよ」


差し出された手を握る。


昨日までいた場所とは、ずいぶん違う気がした。



新しいパーティーの荷物を見た瞬間、私は頭を抱えた。


「……これは駄目です」


「やっぱり?」


床に広げられた魔法道具。


発火石。


冷却石。


予備魔石。


魔力増幅器。


簡易結界杭。


魔物除けの香炉。


魔法縄。


全部が一つの魔法鞄へ無造作に入っていた。


「まず、これとこれは離します」


私は発火石と冷却石を取り出した。


「どうして?」


「近くに置くと、お互いの魔力を打ち消して劣化します」


「え、本当に?」


「はい」


マレアが発火石をひっくり返した。


側面に刻まれた小さな文字を読む。


「……『冷気属性の魔法具と離して保管すること』」


「書いてありますよね」


「こんな小さい字、読んだことなかった」


「読んでください」


「はい」


素直だ。


私は少し笑った。


「次。これとこれも離します」


魔物除けの香炉と魔法縄を取り出す。


「それも駄目?」


「香炉から出る微弱な風属性の魔力を、魔法縄が少しずつ吸うんです」


「吸うとどうなるの?」


「縄の魔力が偏って、強度が落ちます。すぐ切れるほどではありませんけど、長く一緒に入れておくのはおすすめしません」


マレアの表情が真面目になった。


「……知らなかった」


「魔法道具は便利ですけど、組み合わせによっては相性が悪い物がありますから」


「なるほどね」


マレアは今度は自分から二つを離した。


「他にもある?」


「あります」


私は銀色の筒を手に取った。


そのすぐ隣に、赤い箱がある。


手が止まった。


「……これ、誰がここに入れました?」


「私かな」


マレアが手を上げた。


「何かまずい?」


「はい」


私は赤い箱を取り出した。


「この二つは、絶対に離してください」


「そんなに?」


「さっきの二つより、こっちの方が問題です」


マレアの顔から笑いが消えた。


「どうなるの?」


「この赤い箱に入っているのが予備魔石で、銀色の筒が魔力増幅器です。予備魔石は使っていなくても――」


カン、カン、カン。


ギルドの鐘が鳴った。


三人とも一斉に顔を上げる。


「あっ」


マレアが壁の時計を見る。


「集合時間!」


今日受けた討伐依頼。


依頼人との待ち合わせ時刻だった。


「ごめん、エルナ。続きは帰ってから聞く!」


「はい。とにかく、この二つは離しておいてください」


「分かった。さっきの二つもちゃんと理由があったし、今はエルナの言う通りにする」


マレアは赤い箱を受け取ると、銀色の筒から離れた場所へ入れた。


「帰ったら教えてね」


「もちろんです」


私は魔法鞄を閉じた。



最初の依頼は、森の魔物討伐だった。


私は戦わない。


後方で待機して、必要な道具を渡す。


「エルナ、結界杭!」


「白い袋、右側です!」


「回復薬!」


「左の青い袋!」


必要な物は、すぐに出る。


使った物は別にする。


壊れた物は戻さない。


魔力の残量も確認する。


依頼は何事もなく終わった。


帰り道。


マレアが言った。


「楽だった」


「魔物、少なかったですからね」


「違う。道具」


「え?」


「今まで『あれどこだっけ』って探してた時間が全部なくなった」


弓使いの青年も頷く。


「しかも帰ったら、何を補充するかまで分かってるんだろ?」


「はい」


「すごいな」


私は思わず笑った。


「普通ですよ」


「私たちにとっては普通じゃない」


マレアが言った。


「次の依頼から、道具の購入も任せていい?」


「もちろんです」


「じゃあ、その分は管理手当をつけよう」


「え?」


「仕事増えるんだから」


また。


この人は、当たり前のように言う。


私にとっては、今まで一度も当たり前ではなかったことを。


「……ありがとうございます」


少しだけ声が弾んだ。



それから二週間後。


ギルドの受付で報告を終えたところで、聞き覚えのある声がした。


「エルナ?」


振り向く。


ロイドだった。


ヴィオラもいる。


二人とも無事だ。


ただ、妙に疲れて見えた。


「久しぶり」


「お前、新しいパーティーに入ったのか」


「うん」


ロイドの視線が私の魔法鞄へ向く。


「また荷物持ちか?」


以前なら、少し胸が痛んだかもしれない。


でも今は違った。


「道具の管理をやってる」


自分でそう言うのは、まだちょっと照れくさい。


マレアが横から付け加える。


「うちの管理担当」


ロイドが少し意外そうな顔をした。


「そうか」


その腰には、見覚えのある黒い魔法鞄。


何となく目が行った。


するとヴィオラがため息をつく。


「ねえ、エルナ。ちょっと聞いていい?」


「何?」


「最近、魔法道具がすぐ駄目になるの」


私は黒い鞄を見た。


「どれ?」


「発火石でしょ。魔法縄。それに、この前は結界杭まで一本壊れたわ」


嫌な予感がした。


「鞄の中、見てもいい?」


ロイドが眉を寄せる。


「なんで?」


「原因が分かるかもしれない」


少し迷ってから、ロイドが鞄を渡した。


私は中を見る。


そして。


手が止まった。


赤い箱。


そのすぐ隣に、銀色の筒。


あの日と同じだった。


「……これ」


二つを取り出す。


「何だ?」


「これ、ずっと隣に置いてた?」


「ああ。形がちょうどいいからな」


ヴィオラが覗き込む。


「予備魔石と魔力増幅器ね。それが何?」


「増幅器って、何を増幅すると思う?」


「魔力でしょ?」


ヴィオラが答える。


そして。


表情が止まった。


「……あ」


ようやく気づいたらしい。


ロイドだけが分かっていない。


「どういうことだ?」


私は赤い箱を持ち上げた。


「予備魔石は、使っていないときでも少しだけ魔力が漏れてるの」


「それくらい知ってる」


「普通なら問題にならないよ。本当にわずかだから」


次に銀色の筒。


「でも、そのすぐ隣に魔力増幅器がある」


ロイドの顔から、少しずつ表情が消えていく。


「……まさか」


「漏れた魔力まで、ずっと増幅してた」


魔法鞄の中は狭い。


そこへ増幅された魔力が溜まり続ける。


「その魔力が、他の魔法道具に少しずつ干渉するの」


ヴィオラが黒い鞄を見る。


「だから……」


「たぶん、道具の劣化が早くなった原因はこれ」


沈黙。


私は二つの道具を見る。


ずっと離していた。


何年も。


一度も隣に置かなかった。


「……そんなの、聞いてないぞ」


ロイドが言った。


「言ったよ」


「いや、ちゃんとは――」


「説明しようとしたら、『細かい話はいらない』って止めたから」


ロイドの口が閉じた。


私も覚えている。


たぶん、ロイドも覚えている。


『その赤い箱と銀色の筒だけは、絶対に――』


最後まで言わせてもらえなかった言葉。


「それだけじゃないよ」


私は鞄の中を見る。


発火石。


そのすぐ近くに冷却石。


「これとこれも離して」


さらに魔法縄を取り出す。


その下には香炉。


「これも」


ロイドの顔が引きつった。


「……まだあるのか?」


「あるよ」


「全部、理由が?」


「ある」


今度は誰も遮らなかった。


ヴィオラが額を押さえる。


「だから最近、こんなに……」


「どのくらい壊れたの?」


何となく聞いてしまった。


ロイドが苦い顔をする。


「修理と買い直しで、金貨十二枚」


思っていたより多かった。


「それだけじゃないわ」


ヴィオラが言う。


「結界杭が動かなかったせいで、一件依頼に失敗したの」


「違約金も払った」


二人とも暗い顔になる。


私は何も言わなかった。


ざまあみろ、とは思わない。


でも。


『何も起きてないだろ?』


あの言葉だけは、少し思い出した。


起きなかったのには、理由があったのだ。


「とりあえず」


私は赤い箱と銀色の筒を離した。


「これは絶対、別々にして」


「ああ」


「発火石と冷却石も」


「ああ」


「香炉と魔法縄も」


「分かった」


ロイドは今度は、最後まで聞いた。



「エルナ、これどう?」


その日の帰り。


私たちは魔法道具店に寄っていた。


マレアが新しい魔力灯を持ってくる。


私は表示を確認した。


「駄目です」


「早い!」


「うちの結界杭と相性が悪いです」


「どう悪い?」


私は一瞬、マレアを見る。


「聞きます?」


「そりゃ聞くよ。次は自分でも気をつけたいし」


「じゃあ説明します」


「お願いします、先生」


「先生はやめてください」


やり取りを聞いていた店主が、こちらを見る。


「嬢ちゃん、詳しいな。魔法道具管理士か?」


「いえ」


私は一瞬だけ迷った。


以前なら。


ただ荷物を整理しているだけです。


そう答えていたと思う。


でも今は違う。


「このパーティーの、魔法道具管理担当です」


店主が頷いた。


「なるほど。なら専門家向けの品も見ていくか?」


「はい」


マレアが横で笑う。


「専門家だって」


「聞こえてます」


「管理手当、もうちょっと上げる?」


「それは帰ってから相談します」


「おお、言うようになった」


私も笑った。


そして魔法鞄を開く。


中には、用途ごとに分けた色違いの袋。


赤い箱と銀色の筒は、もちろん離れている。


必要な物は、必要なときにすぐ取り出せる。


やっていることは、昔と同じ。


だけど今はもう。


私は自分の仕事を「荷物を整理しているだけ」だとは思っていなかった。


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