「荷物を整理するだけなら要らない」と追放されましたが、その荷物、本当に一緒に入れて大丈夫ですか?
「エルナ。今日でお前は外れてくれ」
夕食を終えた直後、リーダーのロイドが言った。
私は持っていたコップを、ゆっくりテーブルへ置いた。
「……理由を聞いても?」
「聞くまでもないだろ」
ロイドは腰の魔法鞄を叩いた。
先日買ったばかりの高級品だ。
見た目は小さいが、中には荷馬車一台分ほどの荷物が入る。
「もう荷物持ちは必要ない」
「私は荷物を持っているだけじゃないよ」
「知ってるよ。並べ替えてるんだろ?」
隣にいた魔術師のヴィオラが笑った。
「赤い袋はこっち、青い箱はあっち。毎日よくやるわよね」
「そうじゃなくて――」
「同じだろ」
ロイドが遮った。
「魔法鞄なら全部入る。必要なときに取り出せばいい。それだけだ」
「全部一緒に入れたら駄目だよ」
「なんで?」
「例えば――」
私は鞄の横に置かれていた赤い箱を見た。
その隣には、銀色の筒。
「その赤い箱と銀色の筒だけは、絶対に――」
「ああ、もういい」
ロイドが手を振った。
「そういう細かい話を毎回されるから面倒なんだよ」
私は口を閉じた。
「俺たちは冒険者だぞ。戦うのが仕事だ。荷物の置き場所で一時間も使う必要があるか?」
「必要だからやってるの」
「でも、何も起きてないだろ?」
その言葉に、私は一瞬返せなかった。
そう。
何も起きていない。
「とにかく決定だ」
ロイドは小袋をテーブルへ置いた。
「今日までの取り分だ」
「引き継ぎは?」
「要らない」
「でも、鞄の中の配置だけでも――」
「好きに入れ直すから」
ヴィオラも頷いた。
「むしろ今まで細かく分けすぎだったのよ。どこに何があるか分かりにくかったし」
私は少しだけ迷った。
でも、もう一度説明する気にはなれなかった。
「……分かった」
小袋を受け取る。
悔しいというより、疲れた。
自分がやっていたことを、一度も仕事だと思ってもらえなかった。
それだけが、少しだけ胸に残った。
◇
翌朝。
私は冒険者ギルドの掲示板を眺めていた。
できる仕事は多くない。
剣は使えない。
攻撃魔法もない。
体力も普通。
得意なのは、荷物を整理することくらい。
だけど昨日、それは仕事ではないと言われたばかりだった。
「仕事探し?」
横から声がした。
振り向くと、赤茶色の髪を短く切った女性が立っていた。
背中に盾。
腰に剣。
冒険者らしい。
「はい」
「荷物持ちを探してるんだけど、どう?」
「荷物持ちですか?」
「うん。うち三人パーティーなんだけど、全員戦闘担当でね。できれば道具の整理までしてくれる人だと助かる」
「整理ならできます」
「本当?」
女性の顔が明るくなった。
「私はマレア。あなたは?」
「エルナです」
「どのくらい持てる?」
聞かれて、私は少し困った。
「重い物は、それほど……」
「あれ?」
「でも魔法鞄を使っていいなら、必要な物の仕分けや補充はできます」
「十分十分。どうせ荷物は魔法鞄に入れるから」
マレアは笑った。
「報酬は四等分でいい?」
「えっ」
思わず聞き返した。
「私、戦えませんよ?」
「でも仕事はするんでしょ?」
「それは、もちろん」
「じゃあ四等分でいいじゃない」
あまりにも普通に言われて、私は返事が遅れた。
「……はい。お願いします」
「決まり。じゃあ仲間に紹介するよ」
差し出された手を握る。
昨日までいた場所とは、ずいぶん違う気がした。
◇
新しいパーティーの荷物を見た瞬間、私は頭を抱えた。
「……これは駄目です」
「やっぱり?」
床に広げられた魔法道具。
発火石。
冷却石。
予備魔石。
魔力増幅器。
簡易結界杭。
魔物除けの香炉。
魔法縄。
全部が一つの魔法鞄へ無造作に入っていた。
「まず、これとこれは離します」
私は発火石と冷却石を取り出した。
「どうして?」
「近くに置くと、お互いの魔力を打ち消して劣化します」
「え、本当に?」
「はい」
マレアが発火石をひっくり返した。
側面に刻まれた小さな文字を読む。
「……『冷気属性の魔法具と離して保管すること』」
「書いてありますよね」
「こんな小さい字、読んだことなかった」
「読んでください」
「はい」
素直だ。
私は少し笑った。
「次。これとこれも離します」
魔物除けの香炉と魔法縄を取り出す。
「それも駄目?」
「香炉から出る微弱な風属性の魔力を、魔法縄が少しずつ吸うんです」
「吸うとどうなるの?」
「縄の魔力が偏って、強度が落ちます。すぐ切れるほどではありませんけど、長く一緒に入れておくのはおすすめしません」
マレアの表情が真面目になった。
「……知らなかった」
「魔法道具は便利ですけど、組み合わせによっては相性が悪い物がありますから」
「なるほどね」
マレアは今度は自分から二つを離した。
「他にもある?」
「あります」
私は銀色の筒を手に取った。
そのすぐ隣に、赤い箱がある。
手が止まった。
「……これ、誰がここに入れました?」
「私かな」
マレアが手を上げた。
「何かまずい?」
「はい」
私は赤い箱を取り出した。
「この二つは、絶対に離してください」
「そんなに?」
「さっきの二つより、こっちの方が問題です」
マレアの顔から笑いが消えた。
「どうなるの?」
「この赤い箱に入っているのが予備魔石で、銀色の筒が魔力増幅器です。予備魔石は使っていなくても――」
カン、カン、カン。
ギルドの鐘が鳴った。
三人とも一斉に顔を上げる。
「あっ」
マレアが壁の時計を見る。
「集合時間!」
今日受けた討伐依頼。
依頼人との待ち合わせ時刻だった。
「ごめん、エルナ。続きは帰ってから聞く!」
「はい。とにかく、この二つは離しておいてください」
「分かった。さっきの二つもちゃんと理由があったし、今はエルナの言う通りにする」
マレアは赤い箱を受け取ると、銀色の筒から離れた場所へ入れた。
「帰ったら教えてね」
「もちろんです」
私は魔法鞄を閉じた。
◇
最初の依頼は、森の魔物討伐だった。
私は戦わない。
後方で待機して、必要な道具を渡す。
「エルナ、結界杭!」
「白い袋、右側です!」
「回復薬!」
「左の青い袋!」
必要な物は、すぐに出る。
使った物は別にする。
壊れた物は戻さない。
魔力の残量も確認する。
依頼は何事もなく終わった。
帰り道。
マレアが言った。
「楽だった」
「魔物、少なかったですからね」
「違う。道具」
「え?」
「今まで『あれどこだっけ』って探してた時間が全部なくなった」
弓使いの青年も頷く。
「しかも帰ったら、何を補充するかまで分かってるんだろ?」
「はい」
「すごいな」
私は思わず笑った。
「普通ですよ」
「私たちにとっては普通じゃない」
マレアが言った。
「次の依頼から、道具の購入も任せていい?」
「もちろんです」
「じゃあ、その分は管理手当をつけよう」
「え?」
「仕事増えるんだから」
また。
この人は、当たり前のように言う。
私にとっては、今まで一度も当たり前ではなかったことを。
「……ありがとうございます」
少しだけ声が弾んだ。
◇
それから二週間後。
ギルドの受付で報告を終えたところで、聞き覚えのある声がした。
「エルナ?」
振り向く。
ロイドだった。
ヴィオラもいる。
二人とも無事だ。
ただ、妙に疲れて見えた。
「久しぶり」
「お前、新しいパーティーに入ったのか」
「うん」
ロイドの視線が私の魔法鞄へ向く。
「また荷物持ちか?」
以前なら、少し胸が痛んだかもしれない。
でも今は違った。
「道具の管理をやってる」
自分でそう言うのは、まだちょっと照れくさい。
マレアが横から付け加える。
「うちの管理担当」
ロイドが少し意外そうな顔をした。
「そうか」
その腰には、見覚えのある黒い魔法鞄。
何となく目が行った。
するとヴィオラがため息をつく。
「ねえ、エルナ。ちょっと聞いていい?」
「何?」
「最近、魔法道具がすぐ駄目になるの」
私は黒い鞄を見た。
「どれ?」
「発火石でしょ。魔法縄。それに、この前は結界杭まで一本壊れたわ」
嫌な予感がした。
「鞄の中、見てもいい?」
ロイドが眉を寄せる。
「なんで?」
「原因が分かるかもしれない」
少し迷ってから、ロイドが鞄を渡した。
私は中を見る。
そして。
手が止まった。
赤い箱。
そのすぐ隣に、銀色の筒。
あの日と同じだった。
「……これ」
二つを取り出す。
「何だ?」
「これ、ずっと隣に置いてた?」
「ああ。形がちょうどいいからな」
ヴィオラが覗き込む。
「予備魔石と魔力増幅器ね。それが何?」
「増幅器って、何を増幅すると思う?」
「魔力でしょ?」
ヴィオラが答える。
そして。
表情が止まった。
「……あ」
ようやく気づいたらしい。
ロイドだけが分かっていない。
「どういうことだ?」
私は赤い箱を持ち上げた。
「予備魔石は、使っていないときでも少しだけ魔力が漏れてるの」
「それくらい知ってる」
「普通なら問題にならないよ。本当にわずかだから」
次に銀色の筒。
「でも、そのすぐ隣に魔力増幅器がある」
ロイドの顔から、少しずつ表情が消えていく。
「……まさか」
「漏れた魔力まで、ずっと増幅してた」
魔法鞄の中は狭い。
そこへ増幅された魔力が溜まり続ける。
「その魔力が、他の魔法道具に少しずつ干渉するの」
ヴィオラが黒い鞄を見る。
「だから……」
「たぶん、道具の劣化が早くなった原因はこれ」
沈黙。
私は二つの道具を見る。
ずっと離していた。
何年も。
一度も隣に置かなかった。
「……そんなの、聞いてないぞ」
ロイドが言った。
「言ったよ」
「いや、ちゃんとは――」
「説明しようとしたら、『細かい話はいらない』って止めたから」
ロイドの口が閉じた。
私も覚えている。
たぶん、ロイドも覚えている。
『その赤い箱と銀色の筒だけは、絶対に――』
最後まで言わせてもらえなかった言葉。
「それだけじゃないよ」
私は鞄の中を見る。
発火石。
そのすぐ近くに冷却石。
「これとこれも離して」
さらに魔法縄を取り出す。
その下には香炉。
「これも」
ロイドの顔が引きつった。
「……まだあるのか?」
「あるよ」
「全部、理由が?」
「ある」
今度は誰も遮らなかった。
ヴィオラが額を押さえる。
「だから最近、こんなに……」
「どのくらい壊れたの?」
何となく聞いてしまった。
ロイドが苦い顔をする。
「修理と買い直しで、金貨十二枚」
思っていたより多かった。
「それだけじゃないわ」
ヴィオラが言う。
「結界杭が動かなかったせいで、一件依頼に失敗したの」
「違約金も払った」
二人とも暗い顔になる。
私は何も言わなかった。
ざまあみろ、とは思わない。
でも。
『何も起きてないだろ?』
あの言葉だけは、少し思い出した。
起きなかったのには、理由があったのだ。
「とりあえず」
私は赤い箱と銀色の筒を離した。
「これは絶対、別々にして」
「ああ」
「発火石と冷却石も」
「ああ」
「香炉と魔法縄も」
「分かった」
ロイドは今度は、最後まで聞いた。
◇
「エルナ、これどう?」
その日の帰り。
私たちは魔法道具店に寄っていた。
マレアが新しい魔力灯を持ってくる。
私は表示を確認した。
「駄目です」
「早い!」
「うちの結界杭と相性が悪いです」
「どう悪い?」
私は一瞬、マレアを見る。
「聞きます?」
「そりゃ聞くよ。次は自分でも気をつけたいし」
「じゃあ説明します」
「お願いします、先生」
「先生はやめてください」
やり取りを聞いていた店主が、こちらを見る。
「嬢ちゃん、詳しいな。魔法道具管理士か?」
「いえ」
私は一瞬だけ迷った。
以前なら。
ただ荷物を整理しているだけです。
そう答えていたと思う。
でも今は違う。
「このパーティーの、魔法道具管理担当です」
店主が頷いた。
「なるほど。なら専門家向けの品も見ていくか?」
「はい」
マレアが横で笑う。
「専門家だって」
「聞こえてます」
「管理手当、もうちょっと上げる?」
「それは帰ってから相談します」
「おお、言うようになった」
私も笑った。
そして魔法鞄を開く。
中には、用途ごとに分けた色違いの袋。
赤い箱と銀色の筒は、もちろん離れている。
必要な物は、必要なときにすぐ取り出せる。
やっていることは、昔と同じ。
だけど今はもう。
私は自分の仕事を「荷物を整理しているだけ」だとは思っていなかった。




