小箱の街~ニ~
市庁から出たジュディは開口一番にティナに言った。
「いい、ティナちゃん。マリーは少女が好きなの…しかも、ティナちゃんみたいな少年の様な部分がある子は危険よ」
ティナにはよく理解出来ない部分があったが、自分が感じた悪寒が間違えていなかった事は理解出来た。
「…恐ろしい人なんですね」
ティナはマリーの目を思い出し、身を震わせた。
「色々な意味で恐ろしい奴よ、あの女は…色々な意味で…」
大事な部分だったらしく、ジュディは二回続けて強調した。
二人揃って恐怖を感じる時間を打破する為にティナが別の話題を振った。
「そういえば…ジュディさん、右手が生えましたけど…特異体質ですか?」
その言葉を聞いて、ジュディはティナにクリムゾンの説明をしていなかった事を思い出した。
「ん~、特異体質ってか…そだね、場所変えて話そっか」
ジュディとしては、あまり他の人間が沢山居る場所では話しずらかった。
◇◆◆◇
ジュディが居候している場所、皇龍亭はフューゾルではそこそこ人気の喫茶店であった。
ランチメニューの素晴らしさは勿論だが、何よりもウェイトレスの服装に秘密があった。
ティナは呟く。
「…メイドさん…てか…胸元開きすぎ…スカートも…脚の白いヤツ、あれってガーターベルトってヤツですよね…」
マニアックなのだ。
しかも間違った方向に。
「どうしたジュディ、家賃が払えないから新しいメイドでも連れて来たのかい?」
急に背後から声を掛けられた二人が振り向くと、そこには一歩間違えたならば女王様と呼ばれる場所に相応しい程の衣装に身を包んだ赤髪の美しい女性が立っていた。
「そんなんじゃ無いですよ、明心さん、この子は私の客です」
ジュディには珍しく、敬語になっていない敬語で話した。
「客っ?アンタにかい?珍しいねぇ…」
明心はそう言うと懐からキセルを取りだし店の据え置きライターで火を付けた。
「…んで、アンタの名前は?」
煙りを気怠げに吐き出しながらティナに向かい声を掛けた。
「あっ…はいっ、ティナですっ」咄嗟に反応して返事をした。
「ふーん…ティナ、アンタ…なかなか良いねぇ…」
マリーのソレとは違う、何か纏わり付く視線を受けてティナはたじろいだ。
「あー明心さんさぁ、悪いんだけど私、これからティナちゃんに話があるんですよね、部屋戻るからティナちゃんは諦めて下さいよ」
何を諦めるのかは解らないが、明心はしきりに「惜しいねぇ」や「勿体ないねぇ」を連発しながら店の厨房へと消えていった。
「ジュディさん…一体…」
開口一番ティナが口を開くが、「早く上がるよティナちゃん」ジュディは疲れ果てた顔でティナを部屋に促した。
◇◆◆◇
「ヒャッ…ヒャッハハハッ、弱いっ弱いぜぇえぇっ!」
男は狂っていた。
マフィアの根城であったこの場所は、既に廃墟の様に壊されていた。
「お前等は、警官を、辞めて、ファミリーの、一員になった、俺を、殺しやがったっ!」
男は、既に息絶えた骸を蹴り飛ばし、踏み付け、殴り続けた。
骸は眼球が飛び出し、脳が溢れ、内臓を飛び散らせた。
それでも男の凶行は止まらない。
「ハッハーっ!凄ぇ、凄ぇぜこの力はよっ!」
男は力を得た。
そして、差し出したモノはただでさえ少なかった人としての良心であった。
◇◆◆◇
「…つまり、私はそのクリムゾンって【人】に力を貰って何かを交換に渡したんですね」
微妙に間違えている気がしたが、ティナの解釈が概ねあっていたのでジュディは良しとした。
「それで、その力が発動した時に出来るフィールドが不確定だったから、捻れたフィールドと現実の結合部分にあった右手だけ空間の狭間に持って行かれた…で良いんでしょうか?」
ティナは小首を傾げて聞いた。
「ん~、説明が面倒臭いからアレなんだけど…概ね間違えてないから大丈夫かな」
大丈夫でない返事で返したジュディは青汁を啜った。
「それで、フィールドが消えたから右手が戻った…ジュディさん、マズくありませんかソレ」
ティナはジュディの持つ青汁を見ながらいった。
「んっ?何がマズいの?右手が戻ったんだからそれでいいんじゃない?」
戻った右手で青汁入りのグラスを振って見せた。
「いや…その青汁ってのが美味しくないって…」
微妙な勘違いをされたティナは言い直した。
「あぁ、青汁の事ねっ…美味しいじゃない、青汁」
ジュディは真顔で言った。
ティナは、ジュディの事が別世界の生物の様な気になったが、何とか「そうですね」と返せた。