真夜中に走るバスについていってはいけない
深夜一時、ラーメン屋からでて帰路についた。
働く時間帯が変わり、ラストまで店に居たのははじめてで「二時間、帰るのが遅いと、けっこう景色がちがうな・・」と目を細める。
ここらは郊外とあり、店などはすべて閉まり、家々の窓は真っ暗、たまに車が疾走するが、歩く人や自転車は見かけない。
等間隔に並ぶ街灯を見るともなく見ながら、息を吐けば、白く濃い塊が。
思わず身震いして肩を縮めたなら、背後からけたたましいエンジン音が聞こえて、ふりかえる間もなく、バスが通りすぎていった。
車の往来がすくなくなった夜の道路でスポーツカーが轟音をたて、目を向ける間もなく一瞬で走りさってくことが、たまにあるが、スピード狂のバスの目撃ははじめて。
そもそもとっくに運行は終っていて、バスが走っていること自体、変だ。
「バスの車内が暗かったし、なんか不気味だなあ・・」と鳥肌が立つ腕をさするも「そうか、回送なら電灯つけないか」と思いつく。
この大通りをもうすこし行けば山道となり、途中に車庫があったはず。
「今日は車庫にむかうのが遅れたか、回送する時間が変更されたのかもな」と考えてほっとするも、しばらく歩いたところで、またバスの尻を見かけた。
停留所にとどまって、ドアを開けたままアイドリングしている。
もちろん乗車客はいないし、降車客もいない、相かわらずバス内の電灯は消えているし。
不可解な光景を目にして気にならないわけがなく、駆け寄って近くでバスを確認しようとしたのだが、あともうすこしというところでドアが閉じて、走りさってしまい。
次の停留所まではけっこう距離があるから、とても足では追いつけず、その日はあきらめることに。
真夜中に営業終了したはずのバスが電灯をつけないで走りつづけ、各停留所に一定時間とどまる。
現実にはありえあい現象が起こったわけで、なにか不足の事態が発生したのか、俺が疲れて幻覚を見たのか、そうとしか考えられなかったものを、果たして翌日もバスを目撃。
やっぱり停留所にしばらくとどまり、閑散とした道を走っていった。
道の先には山があるが「ほんとうに車庫にもどっているのか?」と怖いようで気になりもして、友人から原チャリを借用。
昼に原チャリでラーメン屋に行き、退勤したなら、それに股がってバスを追うことに。
今日もまた停留所にとどまっていたから、すこし距離をおいて原チャリに乗ったまま待機、ドアを閉めて走りだしたのを、つかず離れず尾行。
一定の距離を保って止まったり走ったりを繰りかえし、終点の停留所を過ぎてとうとう山道にはいるも、案の定、車庫にははいらず。
急勾配で急カーブだらけの山道を、あまり速度を落とさず、走っていき「原チャリではきついか・・!」と徐々に引き離されていって、ほぼ直角のカーブを曲がったところでバスが消えた。
いや、正確には曲がった先にあるトンネルの暗がりに吸いこまれたというか。
トンネルの手前で止まった俺は目を凝らし聞き耳をたてるも、バスの気配を覚えず、出口もよく見えない。
トンネルの向こうに、なにがあるのか俺は知らない。
大学進学で越してきた土地だし、車もバイクも自転車も持っていないし、友人に乗せてもらうことがあっても中心街に赴くばかりで、この山にははいったことがないし。
地理的には隣町につづくのだろうが、原チャリをアイドリングしたまま、唇を噛んでグリップを回すことができず。
好奇心と恐怖が天秤にかけられて、ぐらぐらと揺れ、結局、その日は勇気がでないでUターンをして家路に。
自宅にもどって、すこし冷静になったところで「俺なにやってんだか・・・」と呆れるとともに、本能的にこれ以上、関わらないほうがいいと判断して、以降、バイト終わりは大通りを避けてバスを見ないように帰った。
が、トンネルを原チャリで走っていき出口から跳びだす直前に目を覚ますという夢を毎日、見るのではお手上げ。
一週間に一回、水曜日に友人から借りた原チャリでバスを追いかけることに。
やっぱりトンネルを前にして尻ごみするものの、これを繰りかえせば、そのうち気が済むだろうと。
なんて見こみは外れて、夜に必ず見る夢がどんどん切迫した雰囲気となり、そのうち眠れなくなって「現実に出口の先を確かめないことには、寝不足で死ぬかも」と思いつめてしまい。
ついにその日は、バスにつづいてトンネルへと突入。
一応、小さい豆電球のような明かりが等間隔に設置されているとはいえ、淡く赤々と灯っているのが、むしろ不気味なような。
「やっぱり引き返そうか・・」と心が折れそうになったところ、聞こえたバスの走行音。
すこし勇気づけられ、バスの尻に近づいて、あまりなにも考えずひたすら追走していたら、冷たい風が吹きつけ、出口が近いよう。
胸が踊るような、金玉が縮むような、両極端な感情をない交ぜにして震えあがり、いざ出口をでようとした、そのとき。
目の前からバスが一瞬で消えた。
「いや、ちがう!」とはっとして急ブレーキを踏み、道に足をつけて見やったなら、トンネルの向こうには奈落の底が。
崖のすれすれに俺はとどまり、底なしのような闇にバスが落下していくのを眺めた。
呆気にとられながらも、黒々とした底になにか蠢いているように見えて、つい身を乗りだせば、地響きのような轟音をあげて、ゆっくりとゆくりと大穴が閉じていく。
よくよく見たところ穴のぐるり、その内側に牙がびっしり生えて、完全に閉じたなら噴火をするように血しぶきがあがり、この世のものと思えない凄絶な阿鼻叫喚が、空気を裂くように響き渡ったもので。
噴きだした血を全身に浴び、阿鼻叫喚の響きに突きとばされるように尻餅をついて原チャリを倒してしまう。
悲鳴をあげる余裕もなく、言葉をなくしてしばし放心してから、にわかに立ちあがり、原チャリをそのままに走っていった。
この世のものと思えない巨大生物にバスが食われる光景もそりゃあ驚愕だったが、見えたような気がしたのだ。
口の底に蠢く、数えきれないほどの人々の群れが。
ゾンビのように肌を腐らせ、骨を覗かせ、内蔵を溶かして、ムンクの叫びのような苦悶の表情を浮かべ、数多の手を天にむかい伸ばしていた。
その中にラーメン屋の副店長がいたような。
「じゃあ、お先に」と退勤する俺に「その年じゃあ、いくら食べても腹、減るだろ」と毎度、パックづめのまかないを差しだして「がんばれよ」とほほ笑んでくれたのが忘れられない。
「俺もさ、シングルマザーで遊び人の母親は、ろくに面倒を見てくれなくてさ。
なんとか高校はでれたけど、母親の恋人に暴力をふるわれていたし、逃げるように家をでちゃって、あとはもう職を転々と。
今はこのラーメン屋に落ちついたし、この生き方がわるいとは思わない。
でも、ちがう道を歩んでいこうとしているきみを応援したくなるんだ」
そんな情に厚く勤勉な副店長が、ある日突然、無断欠勤して連絡がとれなくなった。
「流れ者みたいな生活していたらしいし、やっぱあてになんねえな!」と店長は舌打ちをしたが、俺は背筋を震わせたもので。
前に店の裏で電話で話しているのを聞いたのだ。
「どうして母さんの借金の肩代わりに、俺の内蔵を売らなきゃならないんだ!」
これまで副店長がラストまでいたから、その穴埋めに俺が閉店作業をするようになった矢先のこと。
もし、さっき目にした蠢く群衆に、ほんとうに副店長が混じっていたというなら、やるせなくてしかたなく、息を切らしながらも叫ばすにはいられなかった。
「生きても辛くて死んでも辛くて、俺らはどこに逃げればいいんだよ!」
それでも俺は逃げようとし、アパートにもどり、必要最低限のものをリュックにつめたなら遠くの地へ。
結局、かつての副店長のようにその日暮らしな生活をすることになり、バスを見かけると叫びそうになったり、真夜中に外出ができないのはもちろん、エンジン音の幻聴がして眠れなかったりと、後遺症を引きずったものを、ひとつだけいいことが。
前は、ちょっとでもいやなことがあると「死にたい・・」と呟いていた癖が直ったこと。
そりゃあ、あんな想像を絶する地獄を垣間見たら「生きる辛さのほうが、マシ」と思えるもので、俺は生まれてはじめて、生きるよろこびを噛みしめているのかもしれない。




