砂の惑星 五話目「糧」
あたり一面が砂で包まれていた。いつもと変わらない景色。僕は砂の上で馬車を運転していた。シャンは荷台の中で毛布に包まれてぐっすりと寝ていた。
馬車のおかげで移動も楽になり、遠くを移動できるようになった。シャンは最近思うように動けないらしく寝ることも多くなってきて、段々と僕が馬車を運転したり食料を取ることが増えた。でも、全く苦じゃなかった。
シャンは今も知らないものとか昔のことを教えてくれて毎日楽しかった。シャンさえいれば、僕はそれで良かった。たとえすべてを捨ててしまったとしても。
しばらく馬車を運転していると小さな小屋があった。長距離の移動に馬も疲れていて夜も更けているので僕は馬に餌を与え、シャンを下ろして小屋の中に入った。シャンを壁に寄りかからせて僕は火を付ける準備をした。前よりもあったかくなってきたとはいえやっぱり夜は寒かった。
「アラン、お前随分変わったな」
「そうだね、逆にシャンは老けすぎたんじゃない?」
「ひどい言いようだな」
シャンは乾いた声で笑いながら楽しそうに会話を続けた。
「アランとはたくさん話したよな」
「そうだね。昔にあったものとか水がいっぱいある国とか色々教えてもらったね」
「まあ水がいっぱいある国なんて行ったことないんだがな」
「そうなんだ」
「嘘ついてたこと、驚かないんだな。」
目を見開いてシャンは意外そうに僕のことを見つめていた。
「――水の国はアダから教えてもらった話だ。俺は行ったことなんてない。アランに話したこともほとんどアダに教えてもらったことだ。本当なのかも分からない」
「俺にとっての世界はアダが全てだった。だからアダが死んだ時、全てに絶望したんだ。ただただ無意味に歩いて誰とも話さず、心だけが荒んでいった。復讐心だってあったけどそれだけじゃ生きてけなかった。俺以外の人はいなくて、世界には俺だけしかいないんじゃないのかって。要は寂しかったんだな」
「そうして次の集落についた時に死のうと思ったんだ。適当な家に入って首をくくろうと思った。部屋にはほとんどものはなくて、家具と本棚ぐらいしかなかった。ロープを探してるとその時赤ん坊の泣き声が聞こえたんだ。正直、嬉しかったよ。長い時間人と会えなかったわけなんだから。その泣いてた赤ん坊がアラン、お前だ。」
シャンは咳き込みながらもゆっくりと昔のことを話し始めた。今まで聞いたことのなかった僕とシャンの出会いの話を。
なんでこんな話を急にするのか。僕に何を伝えたいのか。僕は深く考えずに静かにシャンの話を聞いていた。
「近くにはお前の母親らしき人がいてそいつはもう死んでて手にはナイフが握られてた。多分、お前のことを殺そうとしてたんだ。懸命な判断だよな。こんなクソみたいな世界でお前を苦しませたくなかったんだ。だけど俺はお前を拾ったんだ。自分のためだけに。だからお前を育てた」
シャンは思い出すかのように目を瞑っていた。
「―――この世界を生きて俺は分かったことがあるんだよ。俺達人間にはな、糧が必要なんだ。飯とかだけじゃなくて生きる意味っていうのかな。大切な人との時間だったり人助けだったり、復讐心だって糧の一つだ。俺の場合は昔にアダから教えてもらった砂のない緑に溢れてる世界を求めてた。だから旅を続けたんだ。あるのかも分からないそんな不確定な糧に必死に縋って生きてた」
またシャンが咳き込むから僕は沸かしていたお湯をシャンに渡した。
「でもお前を拾ってたから段々と自分のことを考えるようになってな、俺はただ人と過ごしたいだけなんじゃないかって思うようになったんだ。しょうもない理由だけどガキの頃から一人だった俺はずっと温もりを求めてた。だから旅を続けていたんじゃないかって」
「なあ、アラン。お前は生きてて楽しいか。俺がお前を拾ったこと、恨んでないか」
「うん。シャンと過ごしてる時間は楽しいし。恨んでる気持ちなんか一つもないよ」
僕がそう言うとシャンは心底安心したかのようにお湯を飲んで暖かい息を吐いた。焚き火は薪のおかげでよく燃えていてとても暖かかった。
シャンは穏やかに微笑んでいた。
「シャン、お前は生きろよ。お前のためにもだけど俺はお前が生きてないと死んでも死にきれない。だから、これからも必死に生き続けるんだ」
「――じゃあ明日に備えて休まなきゃだね。ほら、早く寝よう」
焚き火が静かに燃えている中、僕とシャンはゆっくりと眠りについた。
早朝、あまり良く眠れなくて目が覚めた。焚き火の炎は完全に消えてしまっていた。シャンは既に死んでいた。
僕はまた火を付ける。薪をたくさん焚べた。机に、椅子に、火がどんどん燃え広がっていった。燃え盛る炎から僕は離れた。僕は静かに燃えている小屋を見つめていた。割り切ったつもりだった。
燃えるものがなくなっていって、火は段々と小さくなっていった。まだ少し燃えているけど僕は小屋の中に入った。小屋の中には何もなくてあったのは人の骨だけだった。
その骨を一本拾い上げて俺は馬車に乗り込んだ。
―――現実に引き戻されてしまった。相変わらず砂嵐が吹き荒れていて、俺は俯きながら歩いてる。一人での旅の記憶は曖昧で、殆ど覚えてない。あの日から俺はずっと、何度も何度もシャンと過ごした旅のことを思い出している。
シャンの思い出を忘れないように。シャンの生きろという言葉のためにシャンに必死に縋って。それを糧にして。
俺は昔からものを知るのが大好きだった。シャンに言葉を教えてもらって、シャンに本を読んでもらってシャンと旅に出てたくさんのものを見て知って。毎日ワクワクしてたけどそれはシャンが教えてくれたから。シャンがいたからなんだ。
何日もシャンのことを思い出しているのに段々と記憶が薄れていく。体も動く気力すらない。俺は砂の上に倒れ込む。
倒れたままの視線の先には何かがあった。花だ。確かシャンがファルコの子供から貰っていたあの黄色い花。
あれ?俺ってなんで下を向いて歩いてたんだっけ。前を向くのが嫌だったからだっけ。
そんな些細なことの答えを出そうと考えると、自然とシャンが言ってた言葉が思い出される。すると急に涙が溢れてきた。
「見つかるのが遅えよ...」
ずっと涙が止まらない。シャンとの思い出が現実とつながった気がして。そして、シャンが死んだんだと言う実感が湧いて。ずっと泣いてなかったのに。途端に寂しくなった。悲しくなった。辛くなった。
ぼやけた視界のまま、俺はリュックからシャンの骨を取り出した。そしてゆっくりと立ち上がる。今も泣きたくて仕方ない。ずっと過去に縋ってたい。
でも、だけど、前は向いた。それが大事な気がして。
「花がたくさん咲いてるとこに弔ってやりてえな...」
昔も今も俺の糧はシャンだけだった。でも、目的はできた。シャンのいないこの今に。
俺は歩いた。シャンを弔うために、割り切るために、糧がないこの世界で何かを見つけるために。何も無いかもしれないのに糧があると信じて俺は歩く。生きる。
この、砂の惑星で。
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