砂の惑星 四話目「守り、守られるもの」
あの日から僕はなんとか前を向いてシャンと旅を続けた。ここで逃げたらだめだと思ったから。
そこから二年、シャンとたくさんの旅をしてきた。たくさん発見や楽しいことがあった分、たくさん捨てなきゃいけないものがあった。苦しかったし、いたたまれない気持ちにもなった。今もその記憶が掘り起こされてくる。
――――気づいたら俺は一人で砂の大地を歩いていた。風は吹き荒れ、砂埃で目の前の視界は狭まっている。俺は下を向いて歩く。目をそっと閉じる。生きる気力を取り戻す。そうすると、段々と意識がなくなっていって再び暗闇が訪れた。
目が覚めると僕は小さな小屋の中で寝ていた。体中から汗が吹き出ていた。
どうやら集落の周辺で物資を集めているらしく小屋の中にシャンの姿はなかった。
「悪夢でも見たのかな...?」
汗を近くにあった布切れで拭きながら夢のことを思い出そうとしたけど嫌な夢だったことぐらいしか覚えていなかった。記憶が薄れてしまったのか。
あの日から二年の歳月が経った。僕は前よりも少しずつ、ものを考えるようになり、体つきも前よりしっかりしてきた。
何もしていないとふと、あの時のことを思い出してしまう。動悸が少し激しくなる。僕はそのことをちゃんと忘れないように記憶の奥底にしまい込み、目の前のことに集中した。
僕はシャンと合流し集落で物資を探したが、あまり見つからなかったため再び旅へと向かった。
何年も歩いていくうちに段々と疲れなくなってきていてシャンの足手まといにはならなくなっていった。自分で動物を狩るようになったし、知識も増えた。
でも、昔からの癖でシャンにいろんなことを聞くのは変わってなかった。
「シャンー、ここから先何も見えないよ。暇ー」
「そんなの日常茶飯事だろ。弱音吐いてないで足動かせ」
「ひでぇー」
そう文句を言いながら、やることも特ないから地面を見ながら歩いた。枯れ草やキラキラ光る砂を眺めているとふと、謎のくぼみが砂にできている事に気づいた。
「シャン、このくぼみ何?」
「なんだ?あー...これはタイヤが走った跡だな。ほら、ここのギザギザとか...」
シャンが言い切る前に遠くから音がした。ブオーと言うけたたましい音が鳴り響いてきて、その方を見つめると遠くから車が全速力でこちらに向かってきていた。
僕は首に下げていた双眼鏡を手にして車の方を覗いた。遠くて分かりにくかったが、四人の男が乗っていてその手には銃が握られていた。
「シャン!あの人達銃を持ってる!早く逃げよう!」
「待て、下手に動くな。あいつらは車に乗ってるから逃げてもすぐ追いつかれる」
シャンは冷静に判断して僕を落ち着かせた。
すぐに車は僕達のところに追いつき、男たちは車から降りて僕達に銃を突きつけた。
「動くな。手を上げろ。変な行動したら殺すからな。お前らは2人だけか?」
僕はその矛盾にどうすればよいか困惑したがとりあえずシャンの真似をして手を上げた。
「ああ、お前らは何者だ」
「俺はダジャだ。見ての通りただの賊だよ。今からお前らの物資をすべて奪って俺らの車に乗ってもらう。お前らはただの非常食だな。そこのガキも抵抗しようとすんなよ」
僕達は従うしかなく縄で手を拘束され、車の荷台部分に乗り込んだ。乗り込むとすぐ同じ荷台部分に乗っていたダジャの仲間が声を上げた。
「おいダジャ!後ろの村からこっちに馬車が向かってきてるぞ!どうする?」
「こいつらの仲間か...?いや、だったら馬車に乗ってるわけねえか。まあとりあえず見に行くぞ」
そう言って車は方向転換し再び集落の方へ向かっていった。
また男たちは銃を突きつけて馬車に乗っていた老人を降ろさせた。老人は白い髭を生やし髪にはところどころ白髪が混じっていて、左腕がなかった。
そうしてダジャの仲間が後ろの荷台に人がいないことを確認した。
「お前は何者だ?」
「ただの老いぼれの旅人ですよ。あてもなく彷徨ってるだけのね。そちらの子供は?」
「お前と同じ捕虜だよ。まあでも、老いぼれの肉を食う趣味はねえ。おい、このジジイ殺せ」
ダジャが首を振って合図すると仲間の一人がバッグからナイフを取り出そうとした。ダジャが後ろを向いた瞬間、おじいさんが突然、ダジャの首を絞め、ナイフを取り出して近くの仲間の首に突き刺した。
突然のことで反応できず、刺されていた仲間は首元を見つめながら気を失ったようにその場に倒れ込んだ。砂には血が染み渡っていた。ダジャはうぐっ...と苦しそうなうめき声を出しながら抵抗していたが全く手が緩まず、そのまま気を失った。
僕がそんな様子を眺めている隙にシャンはいつ縄を外したのかおじいさんの方を向いている仲間の一人の首を絞めた。ボキッと鈍い音が響き、一瞬でその仲間は動かなくなった。
最後の仲間は怯えて銃を向けながら後退りしていた。おじいさんは銃に怯むことなくゆっくりと近づいていって立ち止まった。
「ほら、撃つと良い。どうせ弾なんぞ入ってないんだろ?」
「く、来るなぁ!」
「俺は無駄な殺しはしない。とっとと消えな」
そう言うと仲間の一人は後ろを向いて走ろうとした。だけど、僕の背後からいきなり何かが飛んできてそいつの頭に突き刺さった。シャンがナイフを投げたのだ。
シャンはナイフの刺さったそいつに近づき、ナイフを頭から抜いて再び深く頭に突き刺した。
「ああ...無駄な殺しはしないって言ったのに...」
悲しそうに言うおじいさんを気にも留めずシャンは首を絞められて意識を失っているダジャの方に行き、ナイフでとどめを刺した。するとおじいさんがまた悲しそうな顔でため息を吐いた。シャンは血のついたナイフを持ったままおじいさんの方へと歩いておじいさんと向き合った。
「なあ、お前人肉は好きか」
「――あの奥の山を抜けた先に俺達の村がある。子供と老いぼれの俺だけしか住んでねえが意外と発展してるから物資ぐらいなら分けてもいいぜ」
車にはガソリンが少なかったらしくて僕とシャンは馬車に乗せてもらい、おじいさんの村へと向かうことにした。おじいさんはファルコ・アルムガルトと名乗っていた。
「なあシャン、なんでお前人肉の話なんかしたんだ?」
「...さっきの賊が俺達を非常食とかほざいてたからな。俺は人の肉を食うやつが大嫌いなんだ」
「そうか...まあ、人殺しは良くねえしな」
再び沈黙が訪れた。僕はいつもと違かったシャンの様子に心配になり、ふとシャンの方に視線を向けた。
シャンはふーっ...と荒い息を吐きながら歯を食いしばり、ナイフを握りしめていた左腕を逆の右手で必死に掴んでいた。その腕から血が流れ出てくるほどに。
あたりはすっかり暗くなったが小高い山を登りきり村についた。ファルコは馬小屋に馬を入れて僕達を部屋に案内した。小さい部屋だったけどベッドが2つあるだけで十分豪華だった。
ファルコは明日、物資をやるよ。と言って部屋から出ようとした。その瞬間だった。シャンが走り出し手に持っていたナイフでファルコに襲いかかった。突然のことで僕も反応できなかった。でもファルコがすぐに反応し右手だけでナイフを持ったシャンの手を受け流してシャンを簡単に制圧した。
「殺気がずっと隠せてねえよ。なんだ俺に恨みでもあんのか」
シャンは必死に暴れようとしながらファルコをずっと睨みつけていた。
「お前がっ...お前がアダルクスを...アダを...食ったんだよ!覚えてねえのか!」
シャンが声を荒げた。ファルコはまた悲しそうな表情に戻り、背中につけていた小さなバッグから縄を取り出してシャンの手と足を拘束した。
「そうか...俺がアダを食ったのか...」
そう呟いて、ファルコは暴れるシャンを担いだ。僕もファルコについて行った。
ファルコはリビングらしきところに入った。暖炉の火はまだパチパチと激しく燃えていて部屋の中を照らしている。大きなテーブルの上にはろうそくがあり、ファルコはシャンを椅子に縄で縛り付けてろうそくを手に取り暖炉に火をつけた。
俺は椅子ごと暴れるがアランが隣に座ってきて抑えられた。ファルコは俺の向かい側の席についた。
「...シャン、そのアダってやつの話を聞かせてくれねえか」
「てめえがその名前を呼ぶんじゃねえ!」
そう言うと、ファルコが頭を下げた。
「頼む、俺はこの罪を背負わなきゃならねえ。俺にはその責任がある」
「―――っアダは国で盗人をしてた俺を拾って俺と旅をしてたんだ!こんなクソ野郎の俺に言葉やものを教えて他の奴らにも食料をあげるようなお人好しだった!でもそのせいで彷徨ってたてめえに食料をあげようとして食われたんだ!人の肉なんか食うキチガイ野郎が罪とかほざいてんじゃねえ!」
俺はわめき散らかすようにファルコを侮辱する。ファルコは静かに目を瞑った。その行為は自らの罪を噛みしめるかのようだった。その行為に俺の胸が何故かチクリと傷んだ。
「――少し、俺の話をさせてくれ。昔、俺は国の兵士をしていた。だがその国が別の敵国に落とされ国から逃げた俺はあてもなく彷徨ってたんだ。腹は減るばかりで街一つ見つからない。歩みは遅くなり視界もぼやけ、何も考えられなくなっていた。そこでシャンたちに出会った。俺はもう咄嗟に飛びついたんだ。目の前の肉に。本能のまま貪って。そして寝て。気づいたら朝になっていて目の前には肉塊と骨が残ってた。俺はもうその時点で人間じゃなくなってたんだ。自ら人肉を食らう化物になってたんだよ」
「じゃあ大人しく死ねよ!」
俺は喚いた。ただただ怒りをぶつけたかった。
「――それはできない。俺は今生き場のない子供たちを育てている。俺がここで死んだらあいつらは生きれない。この左腕もあいつらに食わせた。人に人肉を食わせるようなクソ野郎だ。でもあいつらには死んでほしくないんだ。だから俺はお前を殺してでも生きる。だが...アダの件はすまない。謝ることしか俺にはできない。俺はただ生きるために食いたかった。だからお前の大事な人を殺した。言い訳をする気もない。俺の行為がお前を苦しませたんだ」
ファルコの言葉に俺はふと少し昔のことを思い出す。それはアランが言っていたことだった気がする。「良いこと、悪いこと」俺にとっての悪いことがこいつにとっては良いことだったんだ。
――俺もそうだ。俺はアランを守るために病院にいたあいつを殺して今まで何度も人を殺してきた。そいつに大事な人がいるかなんて気にも留めずに。ただアランを守るため、生きるために必死で。
俺のほうが子供だった。アランは割り切った。でも俺は殺そうとした。自分のことを正当化して被害者ぶって。ただ今回が被害者だっただけなのに。俺は少しずつ落ち着いてきていてちゃんと考えられるようになってきた。
沈黙の中、暖炉の薪はパチパチと音を立てているが、ほとんどが燃えていて火は消えかけている。俺は静かに口を開いた。
「...アダは良いやつだった。困ってるやつには飯をやったし報酬も貰わずに人を助けていた。馬鹿だった。でも、俺はその馬鹿に育てられた」
「そうか...」
「けど俺はその馬鹿になれなかった。復讐で自分のしてることなんて気にせず、人を殺し、飯を奪い、アランを守るためだと言い聞かせて。結局は自分が生きるためだったんだ。飯を食うのも、アランを守るのも。俺とお前は同じだった。同じクソ野郎だけど、クズ野郎じゃなかった」
その言葉にファルコは深く頭を下げた、
「アダのこと本当にすまないと思ってる。俺は何をすれば良い。この命以外なら何でも捧げる」
「―――老いぼれの命なんていらねえよ。飯と...馬車を一台くれ。後、一発殴らせろ」
そう言ってリビングに鈍い音が響き渡る。もう俺は何も喋らなかった。暖炉の火はもう消えていた。
僕とシャンが目を覚ますともう既に太陽が空高くまで昇っていた。外では子供がはしゃぐ声が聞こえた。その声に懐かしみを感じながらリビングに出て、置いてあった朝食を2人で食べた。シャンは静かに外の景色を眺めている。
「なあ、アラン。飯食ったら外行かねえか」
「うん、別にいいよ」
「―― 一回だけ、緑の豊かな国に行った事があるんだ。穏やかな街だった。」
シャンと僕は草の上に座って空を見上げていた。シャンは子供に気に入られているのか服を引っ張られたり膝の上に子供が乗ってきたりしていた。
「そこで俺はアダと小さな女の子が飼ってたネズミを探したんだ。どうせろくな報酬もないのにアダが受けやがって。丸一日探してようやく見つかったんだ。俺は急いで女の子のとこに向かってネズミを引き渡した。すると、その女の子が満面の笑顔で家の中に戻って花を渡してきたんだ。茎は握りしめられてしわだらけでろくなもんでもないのにその黄色い花はひどくきれいに見えた。後から来たアダも自分のことみたいに喜んでて馬鹿らしかったのに、なんか俺も嬉しかったんだ」
するとさっきまで遊んでいた女の子が急にシャンの下へ駆け寄り黄色い花を差し出した。
「ああ、そうそうこんな花――」
シャンの瞳からは大粒の涙がこぼれていた。抑えていた気持ちを吐き出すかのように何度も、何度も咽び泣いた。気持ちに割り切りをつけるように。僕はシャンの隣で静かにその声を聞いていた。
僕は何も考えていないわけじゃないのになぜか自分の罪のことを思い出した。そして噛みしめた、シャンの泣き声を聞きながら。
僕達は子供とファルコに見送られて村を出た。シャンは馬の上に乗り僕はその後ろに乗った。初めて馬に乗る感触に僕は飛び跳ねたくなったがその気持ちを抑えた。
「シャン、大丈夫?気持ちは落ち着いた?」
僕はシャンの顔を覗き込むように尋ねた。
「――アランに心配されるなんて俺も情けねえなぁ。十分、気持ちは吐き出したさ。それに、俺が生きる意味はまだある。自分のためだけの人生じゃねえんだから。俺も、ファルコも」
そして僕達は再び旅へと向かい始めた。




