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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第08話 名前を知って

 ゴールデンウィークが終わった。


「健太、連休はどうだった?」


 母が朝食を用意しながら聞いた。


「特に何も。家にいただけ」


「友達と遊ばなかったの?」


「まあ、たまには山田と会ったけど」


 実際には、山田から何度も誘われたが、なんとなく気が乗らなくて、ほとんど家にいた。理由は分からないが、あの子に会えない日が続くと、なぜか他のことにも興味が湧かなかった。


「あまり家に閉じこもってちゃだめよ。せっかくの休みなのに」


 母は心配そうだった。僕は適当に頷いた。


 でも今日から学校が始まる。また彼女に会える。


 そう思うと、自然と足取りが軽くなった。


「おはよう、健太くん」


「おはようございます」


 近所のおばさんとの挨拶も、久しぶりだった。


 電車に乗ると、僕は彼女の姿を探した。いた。いつもの場所で、今日も文庫本を読んでいる。


 連休中会えなかった分、なんだかとても嬉しかった。


 僕は思い切って話しかけてみることにした。最近、少しずつ話せるようになったから、きっと大丈夫だろう。


「おはようございます。お休み前ぶりですね」


 彼女は本から顔を上げて、微笑んだ。


「おはようございます。そうですね。初めてお会いしてから、もう二ヶ月くらいになりますね」


 彼女も、僕のことをちゃんと覚えていた。二ヶ月という期間まで覚えてくれている。


 僕は勇気を出して言った。


「あ、あの、今更ですが、自己紹介してなかったですよね」


「そういえば……」


「ぼ、僕、県立田町高校の佐藤健太です」


「私立桜ヶ丘女子高等学校の水野千尋です。よろしくお願いします」


 やっと彼女の名前を知ることができた。水野千尋。千尋という名前、とてもきれいな名前だと僕は思った。


「千尋さんは、よく本を読まれますね。いつも違う本を読んでいて。ずっと気になってたんですが、どんな本読んでるんです?」


「小説が多いですけど、気分によって別の本も読んだりしますよ。健太さんは読書はされますか?」


 僕は少し考えてから答えた。


「あまり小説は読まないんです。理科系の本の方が多くて。でも、最近文学にも興味があるんです」


 それは半分本当で、半分嘘だった。千尋が読んでいる本に興味があったのは事実だが文学は正直興味がない。


「理系の本ですか。すごいですね」


「いえ、そんなことないです。ただの趣味で」


「どんな本を読まれるんですか?」


 千尋が興味深そうに聞いた。僕は少し嬉しくなった。


「物理や数学などです。最近は天文学の本を読んでました」


「天文学!星の話ですか?」


 千尋の目が輝いた。僕は驚いた。理系の話に興味を示してくれるなんて思っていなかった。


「はい。星座の話や、宇宙の構造などです」


「素敵ですね。私、星を見るのは好きなんですが、詳しいことは全然知らなくて」


「本当ですか?今度、面白い本があったら教えますね」


 僕が言うと、千尋が笑った。僕が初めて見る、彼女の本当の笑顔だった。


「ありがとうございます。私も今度、おすすめの小説を教えますね」


「喜んで」


 僕の心臓がドキドキしていた。こんなに自然に話せるなんて、数ヶ月前には想像もできなかった。


「次は桜ヶ丘駅です」


 アナウンスが流れた。千尋が本を閉じる。


「それでは、また明日」


「はい、また明日」


 千尋が降りていく後ろ姿を見送りながら、僕は思った。


 名前を知ることができた。そして、お互いの趣味についても話せた。今日はずっと彼女との会話を反芻してニヤニヤしていた。そして「何ニヤニヤしてるんだよ」と、山田に突っ込まれた。


 ◆


 その日から、僕と千尋の関係は少し変わった。電車の中で、短い会話を交わすようになった。本の話、学校の話、天気の話。


「今日は暖かいですね」


「もうすぐ夏ですね」


「千尋さんは夏は好きですか?」


「好きですけど、暑いのは苦手です。健太さんは?」


「僕は夏が好きです。夜空がきれいで、星がよく見えるから」


「そうですね。夏の夜空は特別ですね」


 何でもない会話だったが、僕にとってはとても大切な時間だった。


 朝の十分か十五分程度の短い時間。でも、その時間があるだけで、一日が全然違って見えた。


 学校に着くと、山田が気づいた。


「健太、今日は機嫌がいいな」


「そう?」


「連休中は元気なかったのに、急に生き生きしてる」


 山田の観察力に、僕は少し焦った。


「学校が始まったからかな」


「学校が好きになったのか?珍しいな」


 山田は不思議そうな顔をしていたが、深くは追求しなかった。


 僕は安堵した。まだ千尋のことを誰にも話したくなかった。大切な秘密のような気がしていた。


 授業中も、千尋との会話を思い出していた。理科系の話に興味を示してくれたことが、特に嬉しかった。


 今度は本当に、面白い天文学の本を紹介してみよう。そして、千尋のおすすめの小説も読んでみよう。


 そんなことを考えているうちに、一日があっという間に過ぎていった。

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