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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第68話 将来への想い

卓也さんの言葉が、ずっと僕の頭の中で響いていた。


「自分で決めるんだ」


技術者になるにしても、大学を選ぶにしても、全部自分で決めなければいけない。当たり前のことなはずのに、どうしてこんなに重く感じるのだろう。


悶々としたまま気づいたら冬休みは終わり、高校2年生の三学期を迎えていた。


新学期初日の放課後、いつものように山田と一緒に帰路についた僕は、ついに胸の内を打ち明けた。


「山田、ちょっと相談に乗ってよ。この前卓也さんに言われたことで悩んでるんだ」


「ああ、何?なんかキツイこと言われたの?」


山田が振り返った。僕は冬休み中の卓也さんとの会話を思い出しながら、その言葉を伝えた。


「『自分で決める』って言われたんだ。技術者になるのも、大学を選ぶのも、全部自分で決めろって」


「なるほどな」


山田は少し考えてから言った。


「でも、兄貴の言ってることって当然のことじゃない?健太の人生は健太のものなんだから」


「それはもちろんそうなんだけど……どうやって決めればいいのかわからないんだ。将来のことなんて、まだ実感わかないし」


山田は少し考えてから言った。


「実は俺も似たような感じなんだよな。サッカーはやってるけど、プロになれるほどうまくないし」


「え、そうなの?山田ってサッカー部のレギュラーじゃん」


「県内では通用するけど、全国レベルじゃないからさ。こんなんでプロになれるなんて、驕り高ぶっちゃいねーよ。

でも体を動かすことは好きだし、スポーツに関わっていたいから、そっち方向でキャリアを探していくつもり」


山田が少し照れたように頭を掻きながら続けた。


「コーチとか、スポーツトレーナーとか、あとは体育の先生とか。体育大に入って、そういう道を見つけようと思ってるんだ」


「へぇ、山田も真剣に考えてるんだな」


「当たり前だろ。俺だって将来のこと考えてるよ。まあ、健太みたいに具体的な技術があるわけじゃないから、もっと手前の段階だけどな」


山田の真剣な表情を見て、僕は少し安心した。みんな同じように悩んでいるんだ。


僕の悩みを聞いた山田は、ふと思いついたように手を打った。


「そうだ!小林先生に相談したらいいんじゃね?」


「小林先生?どうして?」


「あの先生、元SEだったらしいじゃん」


「そういえば」


そんなこと言ってた気がする。


「転職して教師になったから、技術者のことも教育のことも詳しいと思うよ。転職したってことは色々考えたうえでのキャリア転換だと思うんだよね」


確かに、小林先生ならいいアドバイスをくれそうだった。でも一つ問題があった。


「でも、千尋さんのことも一緒に相談したいんだ。彼女は他校だけど、連れてきても大丈夫なのかな?」


「それはどうだろうな。流石に俺じゃわからんよ。先生に直接聞いてみりゃいいじゃん」


翌日、僕は勇気を出して小林先生に声をかけた。


「先生、将来のことで相談があるんですが……彼女も一緒に相談に乗っていただけませんか?二人で悩んでまして……彼女は他校なんですが」


小林先生は少し考えてから、優しく微笑んだ。


「入校許可証を校門でちゃんととってくれればいいよ。ちゃんと相談したいことがあるなら、一緒に話を聞かせてもらおう」


千尋にこのことをLINEで話すと、彼女は嬉しそうながらも申し訳なさそうな表情を見せた。


『ありがとうございます。でも他校の先生にご迷惑をおかけして大丈夫でしょうか……』


他校の先生に迷惑をかけることに気が引けているようだった。そんな千尋の気遣いが、僕は愛おしかった。


『小林先生は優しい人だから大丈夫だよ。一緒に相談しよう』


そうして、千尋と一緒に小林先生に会うことになった。




小林先生の研究室は、技術書とプログラミングの参考書でいっぱいだった。千尋は少し緊張しているようだったが、小林先生の穏やかな雰囲気にすぐに安心したようだった。


「佐藤くんから話は聞いているよ。将来について悩んでいるんだね」


小林先生が椅子に座りながら言った。


「はい。技術者になりたいという気持ちはあるんですが、本当にそれでいいのか、どう決めればいいのかわからなくて」


僕は卓也さんから言われた「自分で決める」という言葉についても話した。正直な気持ちを話すと、小林先生はしばらく考えてから口を開いた。


「佐藤くんのメンターの人は相変わらず核心をついてくるね。しかも容赦ない」


苦笑する、小林先生。


「健太くん、君は年を取った時に後悔しない生き方って何だと思う?」


突然の質問に、僕は戸惑った。


「えっと……」


「僕もSEから教師に転職した時、同じことを考えたんだ。あのときは……まあ、色々あってね」


小林先生が少し遠い目をしながら続けた。


「なんのために働いているのかわからなくなって、このまま先に何があるのかも見えなくて。まいったよ」


「先生でもそんな時期があったんですね」


「先生だって、ただの人間だからね」と小林先生が苦笑する。


「で、そのとき自分に問いかけたんだ。『後悔しない生き方って何だろう』って。答えは意外とシンプルだった」


小林先生の目が優しくなった。


「幸せを感じる時間が一番多くなる生き方。それが後悔しない生き方なんじゃないかって」


「幸せを感じる時間……」


千尋が小さくつぶやいた。


「僕の場合、SEとして働いている時も技術的な達成感はあった。でも今は違う種類の幸せがある」


小林先生は研究室の壁を見回しながら続けた。


「僕の場合は、教え子が成長していく姿を見るのが一番幸せなんだ。技術は手段で、それを使って誰を幸せにしたいかが大事」


小林先生の言葉がストレートに胸に響いた。


「もちろん、これは僕の答え。君たちは君たちの答えを見つけないといけない」


千尋と目が合った。二人は黙ってこくんと頷いた。


「健太くん、君にとって幸せを感じる時間って何だい?」


僕は少し考えてから答えた。


「千尋とすごす時間、苦労してものを作ってそれが動いた瞬間……そして、それがお客さんに使ってもらえたり、千尋さんがそれをみて喜んでくれる時間です」


「なるほど。じゃあ、佐藤くんの彼女さん……えーと」


「水野と申します」


「はいはい、水野さんはどうかな?」


千尋が少し照れながら答えた。


「和菓子作りの時間と、健太さんとの将来を考える時間と、お客様が笑顔になってくれる時間です」


小林先生は満足そうにうなずいた。


「面白いね。二人とも『なにかに夢中になる時間』と『人を幸せにする』ってところが共通してる。そこがヒントかもしれないよ」


小林先生の指摘で、僕たちが答えを見つける方向性が見えた気がした。

先生はすごい。

なんで僕らがずっと悩んでいたことを、こんなにあっさりと整理してくれるんだろう。


「本当にありがとうございました」


千尋さんは感動したようで、何度も小林先生に頭を下げていた。そのたびに小林先生は頭を掻きながら苦笑していた。僕もお礼をいって小林先生の居室をあとにした。



小林先生との話を終えて、僕たちは学校の近くのカフェに移動した。今度は二人だけで、小林先生から聞いた話を整理したかった。


カフェの窓際の席に座り、千尋がコーヒーをそっと口に運ぶ。


「小林先生のお話、とても印象的でした」


「そうだね。僕も『年を取った時に後悔しない生き方』って言葉が心に残ってる」


僕たちは改めて、自分たちの価値観について話し合った。


「僕、本当に技術者になりたいのかな。千尋さんのためじゃなくて、僕自身のために」


正直な気持ちを口にした。


「私も同じです。水野屋を継ぐって、本当に私が決めたことなのでしょうか」


千尋の言葉に、僕は驚いた。


「千尋さんが家を継ぐのって、確定じゃないの?」


「小さい頃から『千尋は跡取りだから』って言われ続けてきて、それが当然だと思ってました。でも……」


千尋がコーヒーカップを両手で包むように持った。


「この前、お母さんと和菓子を作っているとき、ふと『私は本当にこれがやりたいの?』って思ったんです。好きなのは確かです。でも、好きなことと、一生の仕事にしたいことって、同じなのでしょうか」


僕は千尋の正直な気持ちに胸が詰まった。


「僕も、最初は千尋を喜ばせたいからプログラミングを始めました。でも今は……作ったものが動く瞬間が本当に楽しくて。これって、僕自身の気持ちなのかな」


「健太さんがプログラムを作っているときの表情、とても生き生きしています」千尋の言葉に、僕の心が温かくなった。「それを見ていて、私も何か夢中になれることを見つけたいと思ったんです」


「もしも水野屋を継ぐとしても、現代的な経営を学んでみたい。健太さんの技術習得を見ていて、私も専門的なことを学ばなければと思ったんです。やりたいことが決まったときに、武器が足りなくて諦めるのは嫌ですから」


その瞬間、僕の頭の中で何かが繋がった。


「千尋さんの経営学習と、僕の技術学習……」


「はい。もしかしたら、お互いの専門性が補完し合えるかもしれませんね」


千尋の目が輝いた。


「水野屋の未来像を考えてみたんです。IT化と伝統の融合による新しい和菓子屋。そして他の老舗企業の支援という社会的意義も」


僕たちは興奮しながら話し続けた。


「恋人同士でありながら最強のビジネスパートナー……素敵ですね」


千尋の言葉に、僕の心が躍った。卓也さんが筑波大学出身だったことを思い出した。


「卓也さんの母校の筑波大学って興味があるんだ。情報学群っていうのもあるし」


千尋の目がさらに輝いた。


「筑波大学……候補の一つとして調べてみますね。社会・国際学群で経営学を学べるか見てみます」


「もし同じ大学に行けたら、お互いの夢を支え合えて素敵だね」


4年間で互いの専門性を高め合う。卓也さんと小林先生の教えを統合して、自分たちで決める進路。


「小林先生の言葉を借りるなら、技術者になるにしても、経営者になるにしても、最終的には『人を幸せにする』ことが目標になるんですね」


千尋が深くうなずいた。


「将来はもっと多くの人を幸せにできるような仕事をしたいです。健太さんと一緒に」


「僕も同じ気持ちです。千尋さんと一緒に、技術と経営で社会貢献したい」


小林先生の教えを受けて、僕たちの目標はより高次なものになった。お互いと多くの人を幸せにする仕事。それが僕たちの共通の目標だった。




カフェを出て、駅まで歩きながら、僕たちは家族への相談について話した。


「お母さんに進路のこと、筑波大学も候補として話してみる」


「私も、父と母に相談してみます。経営学を学びたいって」


将来を真剣に考え合う関係として、僕たちは恋人としての新しい段階に入ったような気がした。


電車を待つホームで千尋が振り返った。


「健太さん、今日はありがとうございました。小林先生のお話も、私たちの話し合いも、とても有意義でした」


「こちらこそ。千尋さんと一緒に将来を考えられて、本当に嬉しかった」


お互いを支え合い、受験勉強でも相互サポートしていく。一時的な恋愛ではない確固たる絆がここにあった。


電車が到着する音が聞こえた。千尋が少し照れながら言った。


「来月はバレンタインデーですね……」


その言葉に、僕の胸が高鳴った。将来への想いを共有した今、バレンタインデーにも特別な意味が生まれそうだった。


「楽しみにしてる」


僕の素直な気持ちに、千尋が微笑んだ。


永続的な関係への確信。僕たちの絆は、今日一段と深くなったのだった。

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