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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第63話 新年の再会

 大晦日。


 僕たちは結局クリスマスのあとは二人きりになれる機会はなかった。意を決して購入したあれは、タンスの肥やしならぬカバンの肥やしになっている。


 その日の夜、僕は母と一緒にテレビの年越し番組を見ながら過ごしていた。千尋は水野屋で家族と一緒だろう。


 除夜の鐘が鳴り始める頃、スマホが震えた。


 千尋からのLINEだった。


『あと少しで新年ですね』


『そうですね。今年は本当にありがとうございました』


 僕は返信しながら、除夜の鐘の音に耳を傾けた。テレビからも、どこか遠くからも、厳かな鐘の音が響いてくる。


『鐘の音、聞こえますか?』


『はい。なんだか神聖な気持ちになりますね』


『一緒に聞いてるみたいで嬉しいです』


 画面越しだけれど、千尋と同じ時間を共有している。そう思うだけで、心が温かくなった。


 そして、年が明けた瞬間――


『あけましておめでとうございます!』


 僕たちのメッセージは、ほぼ同時に送信されていた。


『今年もよろしくお願いします』


『こちらこそ! 明日の和服姿、楽しみにしていてくださいね♥』


 和服姿。想像しただけで胸が高鳴る。


『楽しみにしています』


『それでは、明日ですね。おやすみなさい』


『おやすみなさい』


 スマホを置いて、僕は布団にもぐった。明日、千尋に会える。しかも和服姿で。


 ホクホクしながら、僕は眠りについた。


 ◆


 翌朝、すなわち元旦の朝。


 窓を開けると、凛とした冬の空気が頬を刺した。空は雲ひとつない快晴で、陽射しは冷たいけれど力強く、新しい年の始まりを祝福しているかのようだった。街並みも、いつもより清々しく見える。


 僕は約束の神社に向かった。歩きながら、昨夜の千尋とのLINEのやりとりを思い出す。和服姿……想像するだけで胸が躍った。


 千尋との待ち合わせ時間まで、まだ少し時間がある。


 境内に着くと、すでに初詣の人たちで賑わっていた。家族連れ、カップル、友人同士……みんな新年の喜びに満ちた表情をしている。お正月特有の、どこか華やいだ空気が境内全体を包んでいた。


 僕は手水舎で手を清めながら、そわそわと千尋を待った。時計を見る。まだ時間まで十分あるのに、なぜかこんなに緊張している。


「健太くん!」


 振り返ると、そこに立っていたのは――


 息を呑んだ。


 千尋が、美しい振袖姿で立っていた。深い紺色の地に、桜の花びらが舞い散るような模様。髪はきちんと結い上げられ、かんざしが上品に光っている。


「え、えーっと……」


 言葉が出てこない。こんなに綺麗で、こんなに可愛くて……


「変でしょうか?」


 千尋が不安そうに、くるくると回って見せた。振袖の裾が優雅に揺れる。


「変じゃありません!」


 慌てて否定した僕の声は、裏返っていた。


「すごく、その……可愛いです」


 顔が真っ赤になっているのがわかった。千尋も同じように頬を染めて、恥ずかしそうに微笑んだ。


「ありがとうございます。お正月だから、久しぶりに着てみたんです」


「似合ってます。本当に」


 僕の素直な感想に、千尋はより一層顔を赤らめた。


「それでは、お参りしましょう」


 千尋が手を差し伸べて、僕はその手を取った。少し恥ずかしいけれど、手を繋いで本殿に向かう。


 二人並んで手を合わせ、僕は真剣に祈った。


 ——千尋と水野屋の幸せ、そして僕たちの関係がもっと深まりますように。


 新年の特別な願いを込めて、僕たちはお参りを済ませた。


 次に、僕たちは絵馬を書いた。筆を持ちながら、僕は真剣に考えた。今年の願い事……


『今年もずっと一緒にいられますように』


 書き終えて、千尋の絵馬を覗き見した。


『大切な人と幸せな一年を過ごせますように』


 大切な人……僕のことだろうか。そう思うと、また胸が熱くなった。


「見せ合いっこしませんか?」


 千尋の提案で、お互いの絵馬を見せ合った。


「わ、恥ずかしい……」


 千尋が顔を隠した。僕も同じような気持ちだった。


 絵馬を奉納した後、おみくじを引いた。


 千尋は大吉、僕は小吉だった。


「私の運、分けてあげます」


 千尋がにっこりと笑った。


「ありがとうございます」




 ひとしきりイベントを終えたあと、僕は思い切って提案した。


「記念に写真撮りませんか? 一眼、持ってきたんです」


「いいですね!ぜひ!」


 僕はリュックから一眼レフカメラを取り出して、夢中でシャッターを切った。


「そんなに撮らなくても……」


 千尋は照れながらも、僕の指示に従ってポーズを取ってくれた。


「こっち向いてください」「笑ってください」「手、こう組んでください」


 僕の要求は次々とエスカレートしていく。周りの参拝客の視線が痛いくらいだったけれど、千尋の振袖姿を記録に残したくて仕方がなかった。


「二人で撮りましょう」


 千尋が提案した。僕たちは並んで立ち、セルフタイマーをセットしたカメラを三脚に固定した。画面の中で、僕たちの顔が近づく。


 ドキドキする。


「はい、チーズ」


 千尋の声と一緒に、シャッターが切れた。


 歩いていると、千尋の振袖の袖が僕の腕に触れた。


「わ、ごめんなさい」


「大丈夫です」


 何でもないやりとりなのに、なぜか嬉しかった。こういうボディタッチは恋人になってからは日常茶飯事になったのに、今日はなぜかドキドキしてしまう。振袖姿の力なのだろうか。


 やがて、帰る時間が近づいてきた。


「もう帰らないと……」


 千尋がそう言いながらも、なかなか歩き出そうとしない。僕も同じ気持ちだった。


 駅までの道のりを、僕たちはゆっくりと歩いた。


「来年も一緒に初詣に来ましょうね」


「はい、約束です」


 駅の前で、僕たちは向き合った。


「今日はありがとうございました。楽しかったです」


「僕もです」


 千尋が一歩前に出て、軽く僕にハグをした。振袖の感触と、ほのかな香りが僕を包んだ。


「新年早々ドキドキさせないでください」


 僕がそう言うと、千尋はくすくすと笑った。


「今年もよろしくお願いします」


「こちらこそです」


 千尋が電車に乗り込む姿を見送りながら、僕は心の中で思った。


 今年は、きっともっと素敵な一年になる。

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