第62話 恥ずかしい買い物──千尋視点──
あの夜から数日、私はずっと考えていた。
健太さんと過ごしたクリスマスイブ。あんなに近くで、あんなに深く愛し合って……最後に二人で決めたこと。
「準備してこなかったんです」
私が健太さんに言った言葉。
あの時は恥ずかしくて、でも正直に言えて良かった。健太さんも同じ気持ちだったから。
健太さんが「僕も同じだった」って言ってくれて、責められるどころか、むしろ二人で「次はちゃんと準備しよう」って約束みたいになったのが嬉しかった。
でも、これからのことを考えると……。
「私も大人の女性として、ちゃんと考えないと」
私は鏡の前で頬を赤くしながらつぶやいた。
健太さんとの関係はどんどん深くなっている。きっと、またあんな風に愛し合う時が来るはず。その時のために、今から準備すれば大丈夫。
自分の身体を守るのは当然のこと。それに、健太さん任せにして、いざという時にないのは困る。
「女性も、こういうことはちゃんと知っておくべきよね」
母には相談できないし、友達にも聞きにくい。でも、だからこそ自分でしっかり調べて、準備する必要がある。
健太さんも、きっと同じように悩んでいるかもしれない。
◆
次の日、私はスマホで調べ物をしていた。
部屋のドアをしっかりと閉めて、母に見られないように気をつけながら。
「初めての人におすすめの商品」
「痛くなりにくいタイプの選び方」
女性向けの情報サイトをじっくりと読む。
最初は恥ずかしくて、検索するのも躊躇したけれど、これは大切なことなんだから。
潤滑剤付きタイプがいいらしい。十分に濡れてなかったりしたときに、摩擦で痛くなるのを防いでくれるから。
「濡れる……」
薄型タイプの方が自然な感覚に近いとも書いてある。
「自然って……」
なにが自然なのか、思わず想像してしまって、また顔が真っ赤になる。
それから、サイズの話……。
「健太さんのサイズに合ったものを選ばないと」
健太さんのことを考えた瞬間、顔が真っ赤になった。
「な、何考えてるの私……」
でも大切なことなんだから、ちゃんと考えないと。きつすぎると破れるリスクがあるし、ゆるすぎると外れる危険がある。
サイトの情報を見ると、一般的なサイズから選ぶのが無難だと書いてある。健太さんは平均的な体型だから、きっと普通サイズで大丈夫でしょう。
「それにしても、こんなにたくさん種類があるなんて知らなかった」
薄さ、素材、潤滑剤の種類、価格帯……選択肢が多すぎて迷ってしまう。
信頼できるブランドと商品名をメモに書き留めた。口コミの評価が高いものを中心に、候補を3つまで絞る。
これで準備は完璧……のはず。
◆
翌日、私は一人で街に出た。
実は、最初はコンビニに行こうかと思ったの。でも、狭い店内で店員さんと顔を合わせるのは恥ずかしすぎる。
目指すはドラッグストア。コンビニより品揃えが良いはず。
大型店なら、他のお客さんもたくさんいるから目立たないでしょう。
お店の前で一瞬ためらったけれど、意を決して自動扉をくぐる。
お店に入ると、意外と普通の雰囲気だった。他のお客さんもいるし、私みたいな年頃の女の子もいる。
「案外、普通なのね」
最初はコスメコーナーで時間を潰そうかとも思ったけれど、目的を果たさないと意味がない。
私は深呼吸して、男性用品コーナーに向かった。
メモを見ながら商品を比較検討する。
「これがオカモトの0.01mm……あ、これね」
事前に調べた商品を発見。思っていたより小さなパッケージで、なんだか安心した。
でも念のため他の商品も見てみる。
値段、効果、口コミで調べた評判……メモと照らし合わせながら慎重に選ぶ。
「薄型で潤滑剤付き、信頼できるブランド……やっぱりこれが一番良さそう」
手に取った瞬間、急に現実感が湧いてきた。
これを健太さんと……。
健太さんの優しい手、温かい体温、あの夜の甘い時間……。
健太さんの身体を思い浮かべてしまって、私の顔がみるみる赤くなる。
「あわわわ……」
今度こそ、最後まで……って考えてしまって、頭の中が真っ白になって、しばらく立ち尽くしてしまった。
「大丈夫?」
隣にいた同年代くらいの女の子が心配そうに声をかけてくれた。
「あ、はい!大丈夫です!」
慌てて答える。その子も同じような商品を手に取っているのに気づいて、お互い目を合わせられなくなった。
でも、私だけじゃないんだと思うと、少し安心した。
きっと、恋人同士なら当然考えることなのよね。
他の商品も一緒に買って自然を装おうかとも思ったけれど、逆に不自然かもしれない。
意を決してレジに向かう。
レジに向かう時も、思っていたより緊張しなかった。
「これで安心」という気持ちの方が大きかった。
店員さんは30代くらいの女性で、とても自然に対応してくれる。
「ありがとうございました」
レジ袋に入れてもらって、特別なことは何も起こらなかった。
想像していたより、ずっと普通のお買い物だった。
◆
家に帰る道で、私は達成感に包まれていた。
「これで、いつでも大丈夫」
バッグの中の小さな箱を意識しながら歩く。
健太さんも、きっと同じことを考えているかもしれない。もしかしたら、もうお買い物済ませているかも。
健太さんが恥ずかしそうに「あの……実は……」って言うのを想像してしまう。
今度会った時、どちらからともなく「買ってきた」って言うのかな。
想像しただけで恥ずかしいけれど、でも……これで二人とも安心できる。
「大人の恋人同士として、当然のことよね」
自分に言い聞かせながら歩く。
でも、やっぱり恥ずかしい。健太さんと次に会った時、きっと顔が赤くなってしまう。
それでも、あの夜みたいに途中で止まることなく、最後まで愛し合えるって思うと……。
私は健太さんのことを想いながら、頬を赤らめて家路を急いだ。
お互いを大切に思うなら、こういう準備も愛情の一つなんだと思う。
部屋に帰ったら、大切にしまっておこう。
次に健太さんと会うのが、楽しみで、恥ずかしくて、でもとても待ち遠しかった。




