第61話 恥ずかしい買い物──健太視点──
クリスマスの夜から数日が経った。
僕は部屋でぼんやりとあの夜のことを思い出していた。千尋の温もり、柔らかさ、そして最後に二人で下した決断……。
「準備してこなかった」
千尋の言葉が頭に残っている。
そう、僕は準備してこなかったのだ。ああいう状況になる可能性は予見できなかったのか?いや、予見できただろう。なのになぜ僕は用意しなかった?単純な僕の失態だ。
あの時、もし準備ができていたら……?
いや、でもあのときは、あれで良かったんだと思う。千尋を大切にしたいという気持ちに嘘はない。
でも。
「今度、もし同じような状況になったら……」
僕の顔が熱くなる。
でも、どうしたらいいんだろう。
そんなの決まっている。
保健体育で習ったじゃないか。
コンドーム……そう、それを買わなければいけない。
でも、恥ずかしい。すごく恥ずかしい。
「僕みたいな高校生が、そんなものを買っていいんだろうか」
なんだか背伸びしているような、大人の真似事をしているような気がしてしまう。
千尋のことは本当に大切に思っているけれど、まだ高校生の僕たちが、そんなことを考えていいのかな。
「お母さんに気づかれたらどうしよう……」
想像しただけで顔が真っ赤になる。
でも、千尋との関係はどんどん深くなっている。きっと、いつかそういう時が来るだろう。
「やっぱり、ちゃんと準備しておくべきなのかな……」
そう思うと、子供っぽい僕と、大人になりたい僕が心の中でぐるぐると回っていた。
◆
翌日、僕は街に出ていた。
目的は一つ。コンドームを買うこと。
でも、いざ街に出てみると、足が重い。
「どこで買えばいいんだろう……」
コンビニだと狭いし、お客さんに見られそうで恥ずかしい。やっぱりドラッグストアの方がいいかな。品揃えも豊富だし……。
でも考えただけで緊張してくる。特に店員さんが妙齢の女性だったらどうしよう。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
友達に相談することも考えたけれど、流石にこんなこと聞けない。
僕は街で一番大きなドラッグストア「マツキヨ」の前で立ち止まった。
大型店だから商品も多いし、お客さんもたくさんいるから目立たないはず……。
自動扉が開いて、中の様子が見える。平日の昼間だからか、年配のお客さんが多い。レジには白衣を着た20代と思しき薬剤師さんらしき女性が立っている。
「……無理だ」
僕は踵を返して歩き出した。
でも数歩歩いて、また立ち止まる。
「いや、でも……千尋のためにも……」
また振り返って店を見る。
そんなことを5回も繰り返した。通りがかりの人に怪しまれているかもしれない。
「もう一度コンビニに行ってみよう」
僕は近くのコンビニに向かった。
コンビニの前でも同じことを繰り返した。
入ろうとして、やっぱりやめて、でもまた戻って……。
店員さんは20代前半くらいの可愛い女性。制服姿で笑顔で他のお客さんに対応している。
「絶対無理だ……」
こんな可愛い店員さんの前で、あんなものを買うなんて……。
僕は再びドラッグストアに向かった。
今度は意を決して、自動扉をくぐった。
「いらっしゃいませ」
店内は思ったより明るく、清潔感があった。
「とりあえず、他の商品も買って自然を装おう」
僕はまず日用品コーナーに向かった。歯ブラシ、シャンプー、ボディソープ……生活感のある商品を次々とカゴに入れる。
「これなら自然だ」
でも問題の商品はまだ手に取れていない。
僕はおそるおそる男性用品コーナーに向かった。
「うわあ……」
種類の多さに圧倒された。薬局だけあって、コンビニとは比較にならない品揃えだ。
「何を選べばいいんだ……」
パッケージをじっと見ていると、余計に恥ずかしくなってくる。周りに人がいないか何度も確認してしまう。
薄型、普通サイズ、大容量パック、潤滑剤付き……選択肢が多すぎてわからない。
オカモトの0.01mmというのがあるらしいが、どれのことだろう。
その時、隣の棚を見ていた中年の男性と目が合ってしまった。
男性が気まずそうに去っていく。
僕の顔が真っ赤になった。こんな場所で人と目を合わせるなんて……。
「もうなんでもいい!」
僕はオカモトと書かれた商品を慌てて掴んだ。値段も見ずに、とにかく一つカゴに放り込む。
そして他の商品で隠すようにかごに配置した。
レジに向かう足が重い。
薬剤師の女性はまだレジにいる。20代の美人な薬剤師さんだ。なんでこんなときに。
でも薬剤師という職業柄、なんとなく「この商品を選んだ理由」とか聞かれそうで怖い。
「いらっしゃいませ」
薬剤師さんの声は想像以上に優しかった。
僕は商品をカウンターに置いた。手が震えている。
歯ブラシ、シャンプー、ボディソープ……普通の商品が次々とスキャンされていく。
そして、その時がやってきた。
「ピッ」
薬剤師さんは何も言わずに、普通に商品をスキャンしてくれる。
「○○○円になります」
僕は財布を取り出した。今度は落とさないように気をつけて。
お金を渡すと、薬剤師さんは商品を袋に入れてくれる。
「ありがとうございました」
「意外と普通だった……」
僕は気が緩んでレジを背に出ていこうとした瞬間。
「──可愛い」
そう店員さんがぽそっと呟くのが聞こえた。
僕は真っ赤になって、全力ダッシュで帰宅したのだった。
◆
家に帰って買ったものを自分の部屋の机に並べる。歯ブラシ、シャンプー、そして……ちゃんと入っている。
さっき慌てて選んだ商品のことが気になった。
「ちゃんと選べばよかった……」
次回があるとしたら、もう少し冷静に選択しよう。そう心に決めた。
「これで、準備はできた」
でも今度は、千尋にどうやって「準備ができた」ことを伝えるかが問題だった。
そんなことを考えながら、僕は購入したものを机の引き出しの奥にそっとしまった。
あの「可愛い」が頭から離れない。
きっと次に千尋と会った時、僕は顔が赤くなってしまうだろう。
それでも、千尋を大切にするために、僕は頑張ったんだ。
今度こそ、本当に準備ができた。
そんな僕の決意を、誰も知らない。




