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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第06話 春休みの空白

 春休みが始まった。


「健太、今日は遅いのね」


 母が驚いたような顔をした。僕はいつもの時間より三十分遅く起きていた。


「春休みだから、別に急がなくても」


 僕は適当に答えたが、内心では複雑だった。実際には、彼女に会えないと分かっているから、早起きする理由がなくなっただけだった。


 でも習慣というのは恐ろしいもので、結局僕は朝、いつものように7時22分発の電車に乗った。春休みだから当然学校に行く必要はない。代わりに、図書館に行くのだ。特に図書館に行く理由もないのだが。


 いや、理由はあるのか。もしかしたら、万が一、彼女に会えるかもという、淡い期待を抱いて。


 でも、彼女はいなかった。


 当たり前だった。春休み中、高校生が毎日学校に行くわけがない。でも、僕は妙に物足りなさを感じていた。電車の中がやけに静かで、つまらない。


 二日目も、三日目も、彼女はいなかった。電車の中で文庫本を読んでいるのは、サラリーマンや大学生らしき人たちばかり。


 僕はぼんやり窓の外を眺めながら考えた。


(あの子は今頃、何をしているんだろう)


 春休みの宿題をしているのだろうか。それとも友達と遊んでいるのだろうか。家族と旅行に行っているかもしれない。


 僕は気づいた。毎朝彼女を見ることが、いつの間にか習慣になっていたことに。それどころか、一日の始まりの楽しみになっていた。


(新学期になったら、また会えるよな……)


 僕は不安になった。もしかして、彼女は三年生で、もう卒業してしまったのかもしれない。それとも、引っ越してしまったのかもしれない。


「健太、なんか元気ないわね」


 ある日の夕食時、母が心配そうに言った。


「そう?普通だよ」


「春休みなのに、全然楽しそうじゃないの。図書館に入り浸ってばかりで。友達と遊ばないの?」


「遊んでるよ」


 嘘だった。実際には、山田から何度か誘われたが、なんとなく気が乗らなくて断っていた。


「体調が悪いとかなら、病院に行く?」


「大丈夫、心配ないよ」


 母を心配させるのは申し訳なかった。でも、本当の理由は言えない。


 春休み中、僕は何度もそんなことを考えた。


 図書館に行っても、なんとなく集中できない。本を開いても、あの子はどんな本を読んでいるんだろう、ということばかり考えてしまう。


「健太君、最近よく図書館に来るのね」


 司書さんに声をかけられた。


「ええ、まあ……」


「何か探している本があるの?」


「いえ、特に……」


 実際には、彼女が読んでいそうな本を探していた。でもそんなことは言えない。


 悶々と過ごした3月がやっと終わり、四月になった。


 新学期の初日、僕は緊張しながら電車に乗った。心臓がドキドキしていた。


(いるかな……いてくれるかな……)


 7時22分発の電車が入ってくる。僕はいつもの場所に向かった。


 そして、彼女がいた。


 いつもの場所で、いつものように文庫本を読んでいる。髪はポニーテール。制服も、去年と同じ私立桜ヶ丘女子高の制服だった。僕はこの4月に、二年生になった。ということは彼女は僕と同じ二年生か、一個上の三年生。


 僕は安堵のため息をついた。良かった。卒業していなかった。引っ越していなかった。


 彼女が電車に乗ってきた時、一瞬だけこちらを見たような気がした。でも、すぐに本に視線を戻した。


(気のせいかな……でも、もしかして……)


 僕は嬉しかった。また毎朝、彼女を見ることができる。春休みの間感じていた物足りなさが、一気に解消された。


「おはようございます」


 桜ヶ丘駅で彼女が降りる時、僕は思い切って小さく声をかけた。


 彼女は振り返って、少し驚いたような顔をした。でもすぐに微笑んで、「おはようございます」と返してくれた。


 それだけの短いやり取りだった。でも僕にとって、新学期最高のスタートだった。


 学校に着くと、山田が声をかけてきた。


「健太、今日は機嫌いいな」


「そう?」


「春休み全然俺に付き合ってくれなかったし、心配してたんだよ。


 でも、そんくらいイキイキしてるなら大丈夫そうだな」


「悪い、心配させちゃったか」


「まあな」


 僕が山田と遊ばなかったのは彼女が気になって仕方なかったからだ。


 その彼女はまだ私立桜ヶ丘女子高にいる。まだ同じ電車に乗っている。また毎朝会える。


 僕はそれで舞い上がってたわけだ。


 今日の僕は山田のことなんて一ミリも考えてなかった。僕はなんて自分勝手なやつなんだろう。


 山田の言葉に、僕は少し恥ずかしくなった。

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