第59話 クリスマスの夜:前編
「実は…クリスマスプレゼントがあるんです」
僕は内ポケットから小さな包みを取り出した。
「まあ!私も」
千尋も可愛い袋を取り出した。
「せーの、で渡しませんか?」
「はい!」
「せーの」
僕たちは同時にプレゼントを渡し合った。
「千尋さんのプレゼント開けていいですか?」
「ええ、もちろんです」
千尋のプレゼントは手袋だった。温かいクリーム色で、とても可愛らしかった。
「手編みなんです…下手ですけど」
「とんでもない。手編みなんてすごい。綺麗です。大切にします」
「じゃあ私も健太さんのプレゼントあけますね」
僕は頷く。
千尋が僕のプレゼントを開けると、木枠の素朴なフォトフレーム。
そして、その中には、先ほど撮ったばかりの千尋の写真が収まっていた。
「わあ…私の写真!いつの間に?」
「実は、さっき写真を撮った後、こっそりデジタルプリントしてきたんです」
千尋がはっとした表情を見せる。
「あ、さっき忘れ物したって話……」
「ごめんなさい、嘘をついてしまって。千尋さんを驚かせたくて、プレゼントを用意したかったんです」
僕は申し訳なさそうに頭を下げた。
そう。カフェにいたときに、忘れ物をしたといってカメラ屋に戻ったのは嘘で、カフェで撮った写真をその場でプリントできるサービスで印刷したのだった。
「健太さん……そんな風に私のことを考えてくれて。全然怒ってません、むしろ嬉しいです。ありがとうございます」
◆
「それじゃあ、撮影会の続きをしませんか?」
僕の提案で、僕たちは二階の僕の部屋に移った。
「わあ、健太さんの部屋初めて見ます」
千尋は興味深そうに部屋を見回した。
「散らかってて、すみません」
「そんなことないです。とても健太さんらしい部屋ですね」
僕たちは交代でお互いの写真を撮り始めた。千尋が僕を撮る時の真剣な表情がとても可愛くて、僕の心臓がドキドキした。
「健太さん、笑って」
千尋がファインダーを覗きながら言う。でも僕は、カメラの向こうで僕を見つめる千尋の美しい瞳に見とれてしまった。
「こうですか?」
「うーん……もっと自然に」
千尋は少し困ったような顔をして、カメラを下ろした。
「どうしても緊張しちゃって……」
「じゃあ、普通に会話しながら撮りませんか?」
千尋は嬉しそうに頷いた。
「健太さんは、どんな写真が好きなんですか?」
シャッター音がパシャリと響く。
「えっと……千尋さんの笑顔の写真が一番好きです」
僕が正直に答えると、千尋の頬がほんのり赤くなった。
「そんな風に言われると……恥ずかしいです」
また、パシャリ。
「あ、今の表情すごく良かったです!」
千尋は嬉しそうにそういった。
「今度は僕が千尋さんを撮ります」
僕がカメラを受け取ると、千尋は少し緊張したように姿勢を正した。
「どうやってポーズを取ったらいいか分からないです……」
「そのままで大丈夫ですよ。自然な千尋さんが一番綺麗です」
僕がファインダーを覗くと、そこには美しい千尋がいた。白いブラウスが部屋の暖かい灯りに照らされて、まるで天使のように見える。
「千尋さん、少しこっちを向いてもらえますか?」
千尋がゆっくりと顔を向ける。その時の表情が、僕の胸を熱くした。
パシャリ。
「今度は、窓際で撮ってみませんか?外の雪がきっと背景になって綺麗だと思います」
千尋は嬉しそうに窓際に移動した。外の街灯に照らされた雪が、千尋の横顔を美しく浮かび上がらせる。
「すごく綺麗です……」
僕は思わずつぶやいた。写真を撮ることも忘れて、ただ千尋を見つめていた。
「健太さん?」
千尋が不思議そうに僕を見る。
「あ、ごめんなさい。あまりに綺麗で、見とれてしまって」
千尋は恥ずかしそうに笑った。その笑顔を逃さずにシャッターを切る。
僕たちは夢中になって撮影を続けた。でも時間が経つにつれて、カメラ越しではなく、直接お互いを見つめる時間が長くなっていく。
「健太さん……」
「何ですか?」
「カメラってすごいですね。こんなに近くで健太さんを見られるなんて」
千尋の言葉に、僕の心臓がさらに激しく鳴り始めた。
千尋の頬がほんのりと赤く染まっている。僕も同じように顔が熱くなっているのを感じる。
「千尋さん……」
僕は無意識に千尋の名前を呼んでいた。
「はい……」
千尋も、いつもより小さな声で答える。
僕たちの間に流れる空気が、何か特別なものに変わっていくのを感じた。撮影を続けるはずだったのに、いつの間にかカメラのことなど忘れてしまっていた。
写真を撮っていたはずなのに、気がつくとレンズ越しではなく、直接千尋を見つめている自分がいた。僕がカメラを下ろしてしまったのに気づいて、千尋が不思議そうに僕を見つめている。
なぜだろう。いつもと同じ千尋なのに、今日は特別に美しく見える。
「千尋さんって……本当に綺麗ですね」
僕が率直に言うと、千尋はさらに頬を赤くした。
「健太さん……そんな風に言わないでください。恥ずかしいです」
「でも本当のことです」
僕は一歩、千尋に近づいた。千尋も僕から逃げようとはしなかった。むしろ、少しだけ僕の方に身を傾けたような気がした。
いつしか、僕たちはカメラをそっとベッドサイドに置いて、ただお互いを見つめ合っていた。
部屋の空気が、いつの間にか甘く変わっていた。暖房の温かさとは違う、二人だけが作り出す特別な空気。
外では雪が静かに降り続いている。窓の外の世界は真っ白で、まるで僕たちの部屋だけが世界の中心にあるようだった。
クリスマスイブの特別な夜。誰にも邪魔されない二人だけの時間。
「静か……ですね」
千尋が小さくつぶやく。千尋の声が少し震えている。僕も、胸の奥で何かがざわめいているのを感じた。
「千尋さん……」
僕の声がかすれる。さっきから敬語を使い忘れそうになる。でも今は、千尋との距離がいつもよりもずっと近く感じられて、心が落ち着かない。
「健太さん…」
千尋も同じように、小さな声で答える。その声にも、いつもと違う何かが混じっている。
僕は千尋の手をそっと取った。千尋の手が小さく震えているのが分かる。
「冷たいですね、手」
「あ……はい。少し緊張してるかもしれません」
「僕も緊張してます」
千尋は少し安心したような表情を見せた。
「健太さんも……ですか?」
「はい。こんなに近くで千尋さんと二人きりでいると……心臓がすごくドキドキして」
僕が正直に言うと、千尋は恥ずかしそうに下を向いた。
「私も……同じです」
千尋の声が本当に小さくて、聞き逃してしまいそうだった。
僕たちの顔がゆっくりと近づいていく。お互いの息遣いが感じられるほどの距離。千尋の美しい瞳が僕を見つめている。
千尋の唇が少し震えている。僕も同じように震えているだろう。
「千尋さん……」
「はい……」
そして…僕たちの唇がようやく触れ合った。
最初は本当に優しく、羽毛が触れるようにそっと唇を重ねるだけだった。千尋の唇がとても柔らかくて、触れているだけで僕の心臓が今にも破裂してしまいそうだった。
でも徐々に、お互いの気持ちが高まっていく。千尋も最初の緊張が和らいだのか、少しずつ僕のキスに応えてくれる。
昨日よりもずっと長く、もっと深いキス。僕の腕の中で千尋が小さく震えているのが、手を通して伝わってくる。
キスが終わると、千尋は恥ずかしそうに僕の胸に顔を埋めた。
「千尋さん……」
僕は千尋の背中にそっと手を回した。
「恥ずかしいです……」
千尋がもごもごと僕のシャツに向かって言う。
「僕も恥ずかしいです。でも……嬉しいです」
「私も……嬉しいです」
千尋が顔を上げて僕を見る。その瞳がうっすらと潤んでいる。
「千尋さん……」
僕は千尋をより深く、より優しく抱きしめた。千尋も僕にさらに身を寄せてくる。彼女の柔らかな髪が僕の首筋に触れ、ほのかな甘い香りが僕を包む。
「健太さんの匂い……安心します」
千尋が小さくつぶやく。
「千尋さんの髪も……いい香りがします」
僕たちはしばらくそのまま抱き合っていた。お互いの鼓動が、胸を通して相手に伝わっていく。
部屋には暖房の音だけが静かに響いている。外の雪で音が吸収され、まるで世界に僕たち二人だけしかいないような静寂に包まれていた。
今度は誰にも邪魔されない。僕たちだけの特別な時間。
「健太さん……」
「はい」
「今日は……本当に素敵な日でした」
「僕もです。千尋さんと過ごせて、本当に幸せです」
僕は千尋の髪をそっと撫でる。千尋が小さく息を漏らして、僕の胸にさらに身を寄せてくる。
「こうしていると……時間が止まってくれればいいのにって思います」
千尋の言葉に僕の胸が熱くなった。
「健太さん……」
千尋が僕の名前を呼ぶ。その声には、今までにない甘さが含まれていた。
僕は改めて千尋を見つめた。彼女は今日のデートのために選んだ白いブラウスに紺のプリーツスカートを着ている。クリスマスイブにふさわしい、上品で可愛らしい装いだった。
部屋の暖かい光に照らされた千尋は、本当に美しかった。
「千尋さん……綺麗です」
僕が素直に言うと、千尋は恥ずかしそうに下を向いた。
「そんな……」
「本当に綺麗です。今日一日、ずっと思ってました」
千尋の頬がますます赤くなる。
僕の視線が、千尋の首元から胸元へと緩やかに下りていく。千尋も僕の視線に気づいたのか、頬がさらに赤く染まった。
「健太さん……」
千尋が小さくつぶやく。その声が少し震えている。
「ごめんなさい……つい、見とれてしまって」
「いえ……その……」
千尋は恥ずかしそうに僕を見上げる。その瞳には、恥ずかしさと一緒に、何か別の感情も見えた。
僕への信頼。そして……もしかしたら、僕と同じような気持ちも?
千尋の頬が赤いのは、ただ恥ずかしいからだけじゃないような気がした。僕の胸の奥で何かが熱くなる。
僕の心臓がさらに激しく鳴り始める。僕の手が、まるで自分の意志とは関係なく、ゆっくりと千尋の白いブラウスのボタンに触れた。
ただそれだけのことなのに、千尋がビクッと身を震わせる。
「あ……」
千尋が小さく息を呑む。
「ごめんなさい……」
僕は慌てて手を引こうとした。でも千尋は、そっと僕の手首を掴んだ。
「いえ……大丈夫、です」
千尋の声が震えている。でも僕の手を止めようとはしなかった。むしろ、お祈りをするような目で僕を見つめている。
「千尋さん……本当に、いいんですか?」
僕の声も、いつもよりかすれている。
千尋が、まっすぐな目で僕を見つめながら、こくりと小さく頷いた。その仕草が、僕の胸をさらに熱くした。
「でも……もし嫌だったら、すぐに言ってください」
「はい……」
千尋の返事がとても小さくて、聞こえるか聞こえないかぐらいだった。
次回あたりから、物語の都合上R15とさせていただきたいと思います。




