第57話 カメラとクリスマス
僕はベッドで昨日のことを思い出していた。
千尋が僕の腕にしがみついてくれて……それに、あの長いキス……
『今甘えさせてください』って言ってくれた時の千尋の表情……
ついには僕は千尋の服を脱がせようとして……
顔が真っ赤になる。ベッドの上でジタバタする。
僕は枕に顔を埋めた。あの続きがあったら、どうなっていただろう。想像したら顔から火が出そうになる。きっと早いんだろう。でもまた次同じような状況になったら、僕は自分を抑えることはできるんだろうか。
「ふう……」
大きく息をついて、気持ちを落ち着かせる。
そういえば、昨日千尋が撮影について詳しく教えてくれた写真があったはずだ。
僕はスマホで千尋に共有してもらった写真をスマホアプリで見返した。
昨日千尋から教えてもらった構図の話が、とても印象に残っている。
「構図って大切なんだな…三分割構図、対角線構図」
千尋の説明を思い出しながら、これまでの写真と、今回千尋が新たに撮った写真を見比べると、確かに計算された美しさがあることがわかる。
千尋の言葉を思い出す。
『スマホだと限界があってできないんですよね。一眼レフっていうカメラが必要なんですけど、お高いんです』
そして僕の心には別の想いが湧き上がる。
「もっといいカメラがあったらいい写真を撮れるのに。そして千尋の美しさも残せるのに」
そう考えている自分が恥ずかしくなる。
そうだ、もうすぐクリスマスイブ。一眼レフをプレゼント……というのは流石に無理。25万するカメラは流石に無理だ。そもそも予算オーバーだし、かりにあったとしてもプレゼントは遠慮されてしまうだろう。
でも、水野屋からのお給料で結構お金が貯まっている。特に何に使うか決めてなかったけど、仕事にも使えるしプライベートにも使える。
例えば自分用兼仕事用にいいカメラを買って、撮った写真をプレゼントとかだったらいいかもしれない。
大事に使ってね、って千尋のおばあちゃんは言ってたが、こういう目的に使ってもバチは当たらないんじゃないか。
「健太、朝ご飯よ」
一階から聞こえる母の声で我に返った。
階段を降りて居間に向かう。
「母さん、今日カメラ買いに行こうかなと思うんだけどどう思う?」
「カメラ?どんなカメラ?」
「正直カメラ詳しくなくて、お店で勧めてもらおうかなーと思って」
「スマホじゃだめなの?」
「スマホじゃ細かい設定ができなくて……仕事で使えるカメラにしたいんだ」
母は少し考えてから言った。
「じゃあ一眼レフになるわね」
「一眼レフ──」
「私、昔カメラやってたのよ。お父さんが死んじゃってから、手放しちゃったけどね」
「そうだったんだ…」
僕は初めて聞く話に驚いた。
「一眼レフは高いわよ」
「そうだよね。千尋さんも25万円くらいするって言ってたよ。流石にそんな余裕はないかなぁ」
「予算はいくらくらいあるの?」
「水野屋さんのお手伝いで12万、お年玉の積立で6万円くらいだから、18万くらいかなぁ」
「あら水野屋さんから、そんなもらってたの。これは私からもお礼をお伝えにいかないと」
「あ、共有忘れてた。ごめんなさい」
「気をつけてね。まあそれはそれとして、18万円あるならなんとかなるかもしれないわ。一眼レフっていってもフルサイズって呼ばれるカメラはたしかに高いの。千尋さんもおっしゃるとおり20万以上はするわね。中古でも結構するわね。
でも、APS-Cなら15万円くらいでも買えるわ。レンズも合わせるともう少しするけどなんとかなるんじゃないかしら」
「え?えいぴーえす──なにそれ、もっと詳しく教えて」
「わかったわ」
母は詳しく説明してくれた。
「カメラにはセンサーサイズっていうのがあってね。フルサイズが一番大きくて、その次がAPS-C。スマホはもっと小さいの。
大きなセンサーは、より多くの光を受け取れるから、暗いところでも綺麗に撮れるし、背景をふわっとぼかした写真が撮りやすくなるのよ。千尋さんの和菓子写真も、きっともっと表現豊かになると思うわ」
フルサイズとまではいかないまでも、APS-Cでもスマホ以上に十分綺麗な写真は撮れるわ」
「なるほど」
「APS-Cで慣れて、もし本格的にやりたくなったらフルサイズに買い換えればいいのよ。最初からフルサイズは必要ないと思うわ」
僕は納得した。
(お父さんも写真が好きだったな…健太にその血が流れてるのかしら)
母はこころの中でそう呟いた。
朝食後、僕は千尋にLINEを送った。
『千尋、おはようございます』
すぐに返事が来た。
『おはようございます!』
『昨日の構図の話、とても勉強になりました』
『ありがとうございます!』
『実は…千尋の写真を見てて、本格的なカメラがあったらもっと綺麗に撮れるんじゃないかと』
『まあ!でも以前お話しましたとおりすごく高いんですが……』
『水野屋さんからいただいたお金でなんとかなりそうなんです。なので──もうすぐクリスマスイブですし…その日に一緒にカメラを見に行きませんか?』
『もちろんです。イブは健太さんときっと一緒に過ごすんだろうなーって思って開けておいたんです!憧れのクリスマスのお買い物デートですね♥』
予定を空けてくれていた千尋さん、かわいい。
『ち、千尋にも一緒に選んでほしくて』
『楽しみです!約束ですよ』
◆
12月24日、クリスマスイブ。
家電量販店の入り口で千尋が待っていてくれた。マフラーと手袋で可愛らしく着飾った千尋を見て、僕の胸がドキドキした。
「クリスマスイブです。特別な日ですね」
上目遣いで僕を見ながら嬉しそうに言う千尋。
「はい…一緒にいてくれて嬉しいです」
「私も。健太さんがどんなカメラを選ぶか楽しみです」
「千尋さんに一緒に選んでもらえると心強いです」
「任せてください!」
千尋の笑顔に励まされて、僕たちは店内に入った。
カメラコーナーには、たくさんのカメラが並んでいた。早速僕はスタッフの方に声をかけて相談する。
案内してくれたのは20代くらいの女性で、胸元のネームプレートには「入館許可」と大手カメラメーカーの名前が記載されていた。どうやら店舗の販売員ではなく、メーカーから派遣されている専門スタッフのようだ。これなら商品知識も豊富で、安心して相談できそうだ。
「すみません、APS-Cのミラーレス一眼で、初心者にも使いやすいものをほしいんですが」
僕は専門スタッフの女性に相談した。
「初めてのミラーレス一眼で、APS-Cでしたら、こちらがおすすめです」
専門スタッフの女性が案内してくれたカメラを手に取る。
思ったより軽いカメラだった。黒いボディがかっこよくて、グリップ部分がしっかりと手にフィットする。
「わあ、思ったより軽いんですね」
千尋も興味深そうにカメラを見つめている。
「重さは400グラムちょっとですね。レンズを付けても600グラム程度です」
専門スタッフの女性が説明してくれる。
「僕、和菓子を撮影していて、こんな感じの写真を撮りたいんです」
水野屋のInstagramを見せる。
「あら素敵ですね」
「こんな感じで撮りたいのですが、このカメラなら綺麗に撮れますか?」
「はい、こういうときは接写といって、被写体にカメラを近づけてとるのが大事なんですよ。マクロレンズという専用のレンズが必要なんですが──」
そう言うと専門スタッフの女性はマクロレンズを持ってきてくれた。
「こちらがマクロレンズです。被写体にかなり近づいて撮影できるんですよ。普通のレンズだと近すぎて、焦点が合わないんです」
専門スタッフの女性はカメラにマクロレンズを装着して、近くに展示されていた小さなフィギュアを撮影して見せてくれた。
液晶画面に映った写真を見て、僕と千尋は声を上げた。
「うわあ!すごい!」
「わあ、プロが撮った写真みたい!」
フィギュアに対し、背景がきれいに強くぼけて、まるでミニチュアの世界が現実になったような写真だった。
「これなら和菓子の繊細な質感も表現できそうですね」
千尋が興奮して言った。
「はい、和菓子の表面の艶や、あんこの滑らかさ、生地の質感まで、細かく表現できると思います」
千尋が心配そうに聞いてくれた。
「素敵です!きっと水野屋の和菓子がもっと美しく撮れますね」
僕の心の中では、もう一つの想いがあった。
(それに…千尋も撮りたい)
専門スタッフの女性にいくつかのカメラを見せてもらったが、結局僕は最初に紹介されたカメラに決めた。直感的に操作できそうだし、千尋も「これが一番しっくりきます」と言ってくれた。
スタンダードキットと呼ばれるセット──カメラ本体に標準レンズとズームレンズが付いたもの──にマクロレンズ、レンズを保護するフィルター、お手入れ用品を加えたら、ちょうど18万円になった。
「予算ピッタリです」
千尋が嬉しそうに言ってくれた。
「千尋さんに選んでもらえてよかったです」
僕は満足してお店を出た。新しいカメラの箱を抱えて、なんだかとても誇らしい気持ちだった。




