第51話 技術への憧れ
土曜日の朝、僕は和樹からのLINEで目を覚ました。
「兄貴が会ってもいいって」
スマホの画面を見つめながら、心臓が早鐘を打った。以前和樹に相談した時に「今度の休みには、卓也にも会わせてもらう予定です」と言っていた約束が、ついに実現するのか。
「本当?ありがとう!」
すぐに返信を送る。小林先生の授業も始まったし、もっと高度な技術を学びたいと思っていたところだった。
「今日の午後、うちに来いよ」
和樹からの返事を見て、僕は飛び起きた。
午後2時、山田家の前に立った僕は、緊張で手のひらが汗ばんでいるのを感じた。
「おう、来たか」
和樹が玄関で迎えてくれる。いつもの気さくな調子だが、どこか緊張しているようにも見えた。
「兄貴ー、健太来たぞー」
和樹の声に応えて、奥の部屋から足音が聞こえてきた。そして現れたのは……。
「お、健太か。和樹から聞いてるぜ」
山田卓也さん。25歳。眼鏡をかけて、ややぼさぼさの髪をした、典型的なエンジニアという雰囲気の人だった。和樹とは似ても似つかない、落ち着いた印象を受ける。
「初めまして、佐藤健太です。よろしくお願いします」
僕は丁寧に頭を下げた。
「まあ、上がれよ」
卓也さんに案内されて二階の部屋に向かう。ドアを開けた瞬間、僕は言葉を失った。
「すごい……」
部屋には巨大なモニターが4台、アームで綺麗に配置されている。デスクトップPCも3台が所狭しと並んでいて、机の上にはプログラミングやWeb開発の技術書が山積みになっている。画面にはGitHubの緑色のコード管理画面と、複数の黒いターミナルウィンドウが表示されていた。まさに漫画に出てくるようなプロエンジニアの部屋だ。
キョロキョロと興味深く見渡してしまう。
「それで?」
「今友達のご実家のウェブ制作をお手伝いしているのですが、行き詰まっていてご相談いただけないかと」
「ふーん、作ってるのちょっと見せてよ」
卓也さんが椅子に座りながら聞いてきた。僕はスマホを取り出して、水野屋のウェブサイトを見せる。
「こちらです。水野屋という和菓子屋さんのウェブサイトです」
卓也さんは僕のスマホを受け取ると、画面を上下にスクロールしながら丁寧に見始めた。トップページ、商品紹介、店舗情報、お問い合わせフォーム……一通りのページを確認している。
「ふむ、一応サイトの体は成してるな。だが──」
少し安心したのも束の間、卓也さんは続けた。
「Googleサイト作られてるな。これはGoogleの仕組みに乗っかって作っただけだろ?」
「え……はい」
「つまり、お前が実際に作ったのは中身のテキストと画像だけ。デザインもレイアウトも全部Googleが用意したテンプレートじゃないか」
その通りだった。僕は何も言えなくなった。
「ふーん、こんなもんか」
と言った。
こんなもんって……結構頑張ったのに。内心でそう思ったが、表情には出さないようにした。
「技術的な勉強全然できてないな」
卓也さんの声に厳しさが混じった。
「お前がやってるのは、各社サービスが提供してる仕組みに乗っかって『できました』って言ってるだけだ。それじゃあ細かいデザインの調整も、クライアントの特殊な要望にも対応できない」
図星を刺された。確かに僕は、Googleサイトが用意したパーツを組み合わせただけだった。
「独学でやってましたが、限界を感じていて……それで学校の情報の小林先生に教わっているんです」
僕は丁寧に答えた。
「ふーん。ならしばらくはその小林先生とやらに習って、もう少しできるようになったら、また来いよ」
「はあ……」
何様だよ。心の中でそう思ったが、表に出すわけにはいかない。
「もう少しって……何ができればいいんですか?」
丁寧な口調で聞いたが、内心ではむかついていた。
「俺が普段やってるのはこんな感じ」
卓也さんは画面を僕に向けた。AWSのダッシュボードらしき画面が表示されている。
「すごい……でも全然分からないです」
「当たり前だ。俺はプロだぜ?素人にわかってたまるか」
その言葉に、僕の中で何かが燃え上がった。こんなに上から目線で言われる筋合いはない。確かに今の僕は未熟かもしれないが、必ずいつかはこの人を見返してやる。絶対に。
帰り際、僕は必死に勇気を振り絞って聞いた。
「あの……じゃあ、何ができれば認めてもらえるんでしょうか?」
卓也さんは少し考え込むような表情を見せた。
「そうだなぁ……」
数秒の沈黙の後、彼は僕に向き直った。
「今Googleサイトで作ってるウェブサイトを一から作り直してみろ。ちゃんと公開して、URLで見せられる状態にしろ。もちろんどういう仕組みで動いてるのかを説明できなきゃ駄目だ」
「一から……制作……」
「HTMLから自分で作るっていう話だ。どうだやれるか?」
つまり、Googleサイトを使わずに、自分でコードを書いて作れということか。聞いたことはあるが、実際に触ったことはない技術の世界だった。
「わかりました。やります」
僕は表面的には素直に答えた。
「口だけじゃないといいけどな」
山田家を出て、夕暮れの道を歩きながら、僕は複雑な心境だった。
確かに卓也さんの言っていることは正しい。僕がやっていたのは、本当の意味での「ウェブ制作」ではなかった。でも、あんなに上から目線で言われる筋合いはない。
「一から制作……」
Googleサイトを使わずに、自分でコードを書いてウェブサイトを作る。今まで名前だけは聞いたことがあったが、実際に触ったことはない技術の世界だった。でも、やってやる。絶対に。
千尋の笑顔を思い浮かべた。水野屋のために、そして何より、卓也さんのあの傲慢な態度を見返してやるために。
家に帰ると、僕はすぐにパソコンを開いた。長い挑戦の始まりだった。




