第50話 技術への第一歩
翌日の放課後、僕は職員室に向かった。
昨日山田に約束した通り、情報の小林先生に相談してみよう。
職員室のドアをノックする。
「失礼します」
「あれ、佐藤君。めずらしいね」
小林先生が顔を上げてくれる。小林信也先生、30代前半で情報科の先生だ。
「先生、少しお時間をいただけませんか?ちょっとご相談したいことがありまして」
「もちろん。どうしたの?」
僕は深呼吸してから切り出した。
「実は……ウェブサイト制作を学びたいんです」
小林先生の目が少し驚いたように見開かれた。
「へぇ、佐藤君からこういう相談って、珍しいね。なんで急に?」
「実は……」
僕は千尋さんのこと、水野屋のこと、そしてWEBサイト制作への想いを説明した。
「へー、よかったら作ったウェブサイト、見せてもらえる?」
「はい」
僕はスマートフォンで水野屋のサイトを表示して、小林先生に見せた。
「へー、すごいじゃん。Googleサイト使って構成して、注文はGoogle Form,ブログはWordPressにリンクする構成する形ね」
小林先生が画面を見ながらうなずく。
「いやー、立派立派。高校生としては十分だと思うよ」
僕は現在実装したものと、今後の課題について説明した。注文管理の限界や、もっと本格的なシステムを作りたいという想いを。
「なるほどねぇ。まあ、今の仕組みは基本的には他社サービスが作った『便利』につくれる仕組みに乗っかった作り方だから、かゆいところには手が届かないよねぇ」
小林先生が腕組みをしてブツブツ言いながら、考え込む。
「情報教室に移動しよう。実際にやってみた方が早いから」
情報教室に移動すると、小林先生がパソコンの前に座った。
「実は僕、元システムエンジニアなんだよ」
「え、そうなんですか?」
僕は驚いた。小林先生がシステムエンジニアをしていたなんて知らなかった。
「7年間やってた。毎日終電で帰って、土日も出勤。残業100時間なんて普通だったからね」
小林先生の表情が少し曇る。
「体壊して、教師に転職したんです」
「大変だったんですね……」
「まあ、教職もそれはそれは大変だけど、まああの頃に比べれば。当時は地獄でしたよ。でもね」
小林先生がパソコンの画面を見つめる。
「技術自体は素晴らしいんだ。人の生活を豊かにできる。君が、彼女の和菓子屋さんを技術で支えたみたいに」
僕の胸が熱くなった。
「だから生徒には絶対無理させません。健康的なペースで、楽しく学んでもらいたい」
小林先生がキーボードを叩き始める。
「まずはHTML/CSSから始めよう」
画面にテキストエディタが開かれる。
```html
<html>
<head>
<title>水野屋</title>
</head>
<body>
<h1>水野屋</h1>
<p>三代続く和菓子屋です</p>
</body>
</html>
```
「これが一番基本的なHTMLだよ」
ファイルを保存して、ブラウザで開く。
「おお、文字が表示された!」
画面に「水野屋」という大きな文字と説明文が表示されている。
「これがHTMLとブラウザの関係なんだ」
小林先生が画面を指差しながら説明してくれる。
「ブラウザは、このHTMLという文字列を読み取って、それを解釈してレンダリング──つまり画面に表示してるんだよ」
「文字列が……画面になるんですか?」
「そう。ブラウザという翻訳機が、HTMLという言語を日本語や画像に変換してくれてるんだ」
「すごい……こんなに簡単に」
「これがHTMLの基本だけど、実はもっと奥が深いんだよ」
小林先生がキーボードを操作して、画面を変える。
「HTMLは『マークアップ言語』って言って、文書の構造を表現する言語なんだ。<h1>は見出し、<p>は段落って意味がある」
「意味があるんですか?」
「そう。『ここは大きな見出しです』『ここは普通の文章です』って、コンピューターに教えてるんだ。目的に応じたタグを設定すれば、いろんなことができる」
小林先生が別のHTMLを見せてくれる。
「<img>で画像、<a>でリンク、<table>で表……それぞれに意味がある。この『意味』を理解すれば、思い通りのサイトが作れるようになる」
僕は画面を見つめながらうなずく。
「基礎をしっかり覚えれば、可能性は無限大だよ。でも佐藤君」
小林先生が僕を見つめる。
「一つ約束してほしい。無理をしないこと」
「はい」
「週2回、放課後に教えるよ。火曜日と金曜日はどうかな?」
「ありがとうございます!」
小林先生がにやりと笑う。
「彼女のため?」
僕は顔が真っ赤になった。
「そ、そうです……」
「いい動機だ。人のために頑張るのは素晴らしいことだよ」
◆
その日の帰り道、僕は千尋さんにLINEを送った。
『今日からWEBサイト制作の勉強を本格的に始めました』
すぐに返事が来た。
『本当ですか?大丈夫ですか?無理しないでくださいね』
『小林先生が教えてくれるので大丈夫です』
『健太さん……私のために、ありがとうございます』
『千尋さんの笑顔が見たいから』
『頑張ってください。でも体調第一ですよ♥』
千尋さんからのメッセージを読んで、僕の心は軽やかになった。
◆
その夜、自分の部屋で小林先生に教わったことを復習した。
メモ帳を開いて、慎重に入力する。
```html
<h1>水野屋</h1>
```
ファイルを保存して、ブラウザで開く。
画面に「水野屋」の文字が表示された。
「千尋さんのために、もっと頑張ろう」
僕の心に、技術への情熱が芽生え始めていた。
これは始まりに過ぎない。千尋さんのため、水野屋のため、そして僕自身のために。
もう遠慮しない。素直に学んで、成長していこう。
明後日の火曜日が楽しみだった。
ベッドに横になりながら、今日のことを振り返る。
小林先生の「基礎をしっかり覚えれば、可能性は無限大」という言葉が頭に残っている。
そして「人のために頑張るのは素晴らしいことだよ」という言葉も。
千尋さんのために、水野屋のために、そして僕自身の成長のために。
HTMLの基礎から、一歩ずつ確実に学んでいこう。
今度は遠慮せずに、積極的に質問もしよう。
僕の新しい挑戦が、今日から始まった。




