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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第48話 ぬくもり

 しばらくそのまま抱き合っていると、僕の呼吸が深くなっていくのを感じた。


 千尋の胸に顔を埋めている僕の肩から、少しずつ力が抜けていく。


 千尋の手が、僕の背中を優しく撫でてくれる。その温もりが、僕の心の奥まで染み渡っていく。


「千尋さん……温かい」


「もう一人で背負わなくていいんですよ」


 千尋の声が、僕の心を包み込む。




 千尋の手が、そっと僕の頬を包んでくれた。


 僕は顔を上げて、千尋を見つめる。


「本当は……もっと甘えたかったんです」


 初めて口にする本音だった。


「父さんが亡くなってから、ずっと我慢していました」


 千尋の親指が、僕の頬に伝った涙をそっと拭ってくれる。


「もう我慢しなくていいんです」


 千尋の言葉に、僕の心の氷がさらに溶けていく。


「10歳の時、突然父さんがいなくなって」


 僕は千尋の優しい眼差しに支えられながら、続けた。


「母さんがずっと泣いていて……僕は何もできなくて」


 千尋の手が、今度は僕の頭を優しく撫でてくれる。


「10歳の健太さんには、辛すぎる現実でしたね」


 千尋の言葉が、僕の心の奥にある傷を癒してくれる。




 千尋が僕の手を取って、自分の両手で包んでくれた。


「健太さんの手は、もう大人の手です」


 千尋がそう言って、僕の手を自分の頬に当ててくれる。


「千尋さんの頬……柔らかくて温かい」


 千尋の肌の温もりが、僕の手のひらに伝わってくる。


「父さんも健太さんの成長を誇りに思っています」


 千尋の言葉に、僕の胸が熱くなる。




 街灯が灯り始める夕暮れの中で、千尋が僕を見つめる。


「健太さん、今度は私のことも聞いてください」


「え?」


「私も不安なことがあるんです。聞いてもらえますか?」


 僕は戸惑いながらも、うなずいた。


「はい……」


 千尋の表情が、少し不安そうになる。


「私、健太さんがわからないんです。私達恋人になったのですがそれでもまだ距離を感じていて」


 僕は驚いて顔を上げた。


「距離……ですか……」


「健太さんが遠慮ばかりしてるから、本当の気持ちが分からなくて」


 千尋の不安な表情を見て、僕の心が痛んだ。


「なんて健太さんのことばかり言ってるけど、それは私もなんです」


 千尋が少し照れたように微笑む。


「え」


「私もずっと健太さんに助けてもらってばかり。私からも健太さんに踏み込めてなかったんです。私に健太さんを責める資格なんてこれっぽっちもないんです」


「そんな」


「健太さん」


「はい」


「私の心に入ってきてください」


「千尋さんの……心に?」


「はい。お互いがお互いを支え合うために」


 千尋の言葉が、僕の心に深く響く。


「遠慮しないで、もっと私のことを知ろうとしてください」


 僕は千尋の言葉を受け止めながら、答えた。


「千尋さん……僕も千尋さんのことをもっと知りたいです。今まで、迷惑をかけないようにって遠慮ばかりしていました。でもそれだと、人に踏み込むことなんてできないんですね。千尋さんに気付かされました。ありがとうございます」


 千尋が少し考えてから、僕に聞いた。


「──それって、もしかして、私だけじゃないんじゃないですか?」


「え?」


「お友達にも、同じように遠慮していませんか?」


 千尋の指摘に、僕は山田のことを思い出した。


「山田……確かに」


「どんな方ですか?」


「中学からの親友なんですが……」


 僕は山田との関係を振り返る。


「でも健太さんは遠慮して、山田さんに一線を引いている?」


 千尋の言葉に、僕は気づく。


「……そうかもしれません」




 千尋が僕の手を取って、指と指を絡め合わせてくれる。


「僕も千尋さんの心に、入らせてください」


「そして、お友達の心にも」


 千尋が微笑む。


「はい……今度山田と話してみます」


「きっと山田さんも、健太さんに頼りたいと思ってますよ」


 千尋の言葉に、僕は心が軽くなる。


「千尋さん、これからは遠慮しません」


 でも千尋は、ちょっといたずらっぽい表情を見せる。


「でも今も遠慮してるんじゃないですか?」


「え?」


 千尋が僕の目を見つめる。


「健太さん、今何がしたいんですか?」


 僕は戸惑いながら答える。


「今……ですか?」


「はい、今この瞬間に」


 僕は頬を赤らめながら、素直に答えた。


「千尋さんに……キスしたいです」


 千尋が微笑む。


「ふふ、私もです」


 千尋が僕の頬に手を当ててくれる。


 僕はそっと千尋に近づく。


 街灯の光の中で、僕たちは静かに唇を重ね合った。


 こんなに温かくて、優しくて……


 千尋の優しさが、僕の心に伝わってくる。


「千尋さん……」


 キスの後の静寂の中で、僕は千尋の名前を呟く。


「私も健太さんにもっと甘えます」


 千尋の言葉が嬉しい。


 父さん、僕はもう一人で背負いません。


「これからもっと素直になってくださいね」


「わかりました」


 今度は僕から唇を千尋の唇に重ねた。


 二度目のキスは、さらに深く、温かかった。


 夕暮れの公園で、僕たちは新しい関係の始まりを感じていた。


 手を繋いで公園を出る時、僕の心は軽やかだった。


 千尋のおかげで、僕は変われる。


 もう遠慮しない。もっと素直になる。


 そして明日は、山田に話しかけてみよう。

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