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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第41話 はじめての共同作業

 お店の作業スペースで、千尋が注文書が錯綜している机に案内してくれた。いつもはきれいに整頓されている机が、今日はメモやノートなどが無造作に積み重ねられていた。確かに、以前の倍以上の量があるように見える。


「昨日も、同じお客様の注文を間違えて二重に作ってしまって……」


「それは大変でしたね」


 僕が千尋の隣に座る。


「健太さん、これまでSNS運用やウェブサイト運用をしてきましたが、注文のデジタル化って水野屋でも可能でしょうか?」


「そうですね。注文がこれだけ増えているなら、絶対に管理システムが必要だと思います」


 僕が真剣に答えると、千尋が僕の手を取った。


「やっぱり健太さんに相談してよかった。お言葉に甘えて、お手伝いを再開していただいても大丈夫でしょうか?」


 千尋の頼ってくれる眼差しに、僕は嬉しくなった。


「もちろんです。僕もそのつもりでいましたので」


「ありがとうございます!」


 千尋が嬉しそうに微笑んで、思わず僕の手を掴んだ。

 意識的にお互いに手を掴むのは初めてかもしれない。また千尋との距離が一段階近づいた気がする。


 千尋は僕のドキドキには気づかない様子でそのまま続ける。


「デジタル化をすべきだ、というのはわかるのですが、具体的には、どんなことをすればいいでしょうか?」


「複雑なことをやろうと思えばいくらでもできるのですが……でも段階を追って、ですよね。まずは、クラウドで注文を管理できたらいいですよね。Googleスプレッドシートってご存知ですか?」


「表計算ソフトということはしってるのですが、表計算ソフトがなんなのか自体はよく知らないんです。ご教示いただけますか?これおばあちゃんも聞いててもらったほうがいいかも。ちょっとおまちくださいね。


 おばあちゃ~ん」


 千尋はおばあちゃんを呼びに、家の奥へと向かう。


 おばあちゃんを連れて戻って来ると二人は机の前に座る。


「健太さんいらっしゃい。お見苦しいところをみせちゃってごめんね」


「いえいえ。じゃあ早速説明始めますね」


「表計算ソフトって、簡単に言うと電子の帳簿みたいなものです。縦と横に罫で区切ったマス目状の表に、数字や文字を入力できるんです」


 僕が説明すると、おばあちゃんが首を縦に振った。


「ああ、そういうことなのね。でもコンピューターは苦手でねえ」


「大丈夫です。Googleスプレッドシートはインターネット上で使えるサービスなので、表を作って、みんなで情報を共有できます。パソコンだけじゃなく、スマホからも見られるんですよ。ほら」


 僕は二人にスマホを見せる。


「すごい……そんなことができるんですね」


 千尋がノートパソコンを持ってきてくれた。僕たちは三人で机を囲んで、一緒に画面を見る。


「項目は……注文日、お客様名、連絡先、商品名、個数、お届け日、進捗状況……こんな感じでしょうか」


 僕が実際に作成していくと、千尋が最初はおそるおそるといった様子だったが、だんだん身を乗り出して見ている。


「わあ、こんなふうに整理されるんですね!」


「進捗状況も『注文受付』『製造中』『完成』『発送済み』って分けると分かりやすいですよ」


「一目でどの段階か分かりますね!これなら私でも使えそうです」


 千尋が興奮して、思わず僕の肩に寄りかかった。む、胸が腕に当たってる。布越しに柔らかい感覚が伝わってくる。

 僕は赤面する。

 恋人になってから、こうした自然なスキンシップが多くなった気がする。


「フィルター機能も試してみましょうか。千尋さん、『今日発送予定』って条件で絞り込んでみてください」


「え、私がですか?どうすれば……」


「この矢印をクリックして、『発送済み』以外を選んでみてください」


 千尋が恐る恐るクリックすると、画面が変わった。


「あ!本当に絞り込まれました!」


「今度は『特定のお客様』で検索してみましょう」


 千尋が操作すると、だんだんコツを掴んできたようだ。


「わあ、これなら間違いも少なくなりそう!」


 実際に今日の注文データを入力してみると、一覧で見やすく表示された。


「こうやって見ると、注文の流れがよく分かりますね」


「それに、売上の集計も自動でできるんです」


 僕がSUM関数を使って月別売上を計算すると、数字が表示された。


「9月の売上が……こんなに!」


 千尋が驚いて、思わず僕の手を握った。その温かさに、僕は息を呑んだ。


「SNSを始める前の倍以上になってる」


 千尋の目に涙が浮かんでいるのを見て、僕は胸がいっぱいになった。


「千尋さんと水野屋のみなさんが頑張った成果ですね」


「でも、健太さんが教えてくれなかったら……私一人じゃ、きっと何もできませんでした」


 千尋が僕を見つめて、両手で僕の手を包んでくれた。恋人になってから、こうした瞬間がとても特別に感じられる。


 データ入力が進むにつれて、僕たちは自然に近くに座るようになった。そしてそれに伴い接触も増えていく。どこが、とはいわないが。


「健太さん」


「はい?」


「こうして一緒に作業してると、なんだか……」


 千尋が恥ずかしそうに俯いた。


「何か?」


「夫婦みたいですね」


 千尋の言葉に、僕の顔が真っ赤になった。夫婦……僕と千尋が夫婦。想像するだけで、胸がドキドキして言葉が出ない。


「そ、そうですね……」


 声が上ずってしまう。千尋も恥ずかしそうに頬を染めている。


「将来、健太さんと一緒にお店を支えていけたら……なんて」


 千尋の素直な気持ちに、僕の胸がいっぱいになった。一緒に未来を歩んでいけたら、どんなに幸せだろう。


「僕もです。千尋さんと一緒なら、どんなことでも頑張れそうです」


 午後2時頃から始めた作業も、気がつくと一時間以上が経っていた。夕方の光が差し込む頃、一通りのシステムが完成した。


「これで注文管理がずっと楽になりますね」


「本当にありがとうございます。整理や見える化ができて、すごく嬉しいです」


 千尋が満足そうに微笑んでいる。


 その時、階下から声が聞こえてきた。


「千尋、お客様がいらしてるわよ」


「あ、お母さんの声です。ちょっと待っていてください」


 千尋が慌てて階下に降りていく。しばらくして戻ってきた千尋の後ろに、千尋のお母さんがついてきた。


「健太くん、いつもお疲れ様。今日もお手伝いしてくれたのね」


 お母さんは和菓子職人らしく、手にうっすらと粉が付いている。エプロンを外しながら、親しみやすい笑顔で話しかけてくれた。


「こちらこそ、いつもお世話になっています」


 僕が立ち上がって挨拶すると、お母さんが優しく微笑んだ。


「千尋から聞いてるわよ。パソコンで注文管理ができるようになるんですって。私にはさっぱりだけど、若い人はすごいわね」


「千尋さんもすぐに覚えられました。とても飲み込みが早くて」


「そう言ってもらえると嬉しいわ。千尋のこと、よろしくお願いします」


 お母さんの言葉に、僕の顔が熱くなった。千尋も恥ずかしそうに俯いている。


「明日から新しいシステムで頑張ってみますね」


「分からないことがあったら、いつでも連絡してください」


「はい……あの、健太さん」


「何ですか?」


「今日は一緒にお手伝いしてくださって、ありがとうございました。恋人になってから、こうして一緒に過ごす時間が……とても特別で」


 千尋の素直な気持ちに、僕の心臓が跳ね上がった。


「僕も同じです。今日はより身近に感じられるようになりました」


 二人は廊下ででモジモジした。


 ◆


 玄関まで送ってもらう時、千尋のお母さんが手作りのどら焼きを持ってきてくれた。


「健太くん。いつもありがとう」


「ありがとうございます」


 僕が受け取ると、千尋が嬉しそうに微笑んだ。


 玄関で別れる時、千尋が僕の手をそっと取った。


「来週も、一緒にお手伝いしてもらえますか?」


「もちろんです。楽しみにしています」


 千尋の手が少し震えているのを感じて、僕も名残惜しくなった。


「それに……また、お部屋にも遊びに来てください」


 千尋が恥ずかしそうに俯きながら言った。


「はい、ぜひ」


 僕が答えると、千尋が安心したように微笑んだ。でも、まだ手を離そうとしない。


「本当に楽しかったです」


「僕もです。千尋さんと過ごした時間は、とても特別でした」


 しばらく二人で手を握ったまま、無言で見つめ合った。別れるのが惜しくて、時間が止まればいいのにと思った。


「気をつけて帰ってくださいね」


「ありがとうございます。それでは」


 最後に千尋が僕の手をぎゅっと握ってから、そっと離した。


 千尋が僕の姿が見えなくなるまで、玄関で手を振ってくれていた。振り返るたびに、まだそこに立っている千尋の姿が、胸を温かくしてくれた。


 家に帰る道すがら、僕は今日のことを振り返っていた。千尋の部屋で過ごした時間、一緒に作業した幸せ……恋人になってから、すべてが特別に感じられる。


 千尋が僕を頼ってくれて、一緒に水野屋を支えていけること。それが何より嬉しかった。


 恋人として、そしてビジネスパートナーとして、千尋との新しい関係が始まったんだと実感した一日だった。

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