第37話 告白
夕暮れの校舎に、二人だけの静寂が漂っていた。
校舎裏には小さなベンチがあった。文化祭の準備で何度も通った場所だけれど、今日は特別な場所に感じられた。
ベンチに座った時、僕は手のひらに汗をかいているのに気づいた。
心臓が激しく鼓動している。今まで感じたことのない緊張感だった。
千尋は僕の横に座って、静かに待っていてくれた。
夕日が校舎の壁に当たって、オレンジ色の光が二人を包んでいる。
「千尋さん」
僕はついに口を開いた。
「最初に電車でお会いした時から、千尋さんのことが気になって仕方がありませんでした」
千尋の表情が少しずつ変わっていく。
「水野屋のお手伝いをさせていただいて、千尋さんと過ごす時間が増えるたびに、もっと一緒にいたいと思うようになって……僕にとって千尋さんは、とても大切な人で……」
僕は千尋の目を見つめた。その瞳が夕日に照らされて、とても美しかった。
「好きです」
声が震える。
「僕なんかが千尋さんのような素敵な人を好きになるなんて、おこがましいですが」
「健太さん」
ここで、ずっと黙って聞いていた千尋が僕の言葉を遮った。
「僕なんかじゃありません」
千尋の声も少し震えていた。
「私にとって健太さんは『健太さんなんか』というような方ではありません。唯一無二の存在です。とても大切な人です」
千尋は大きく深呼吸をし、そして僕をまっすぐな眼差しで見た。
「好きです。世界の誰よりも」
僕は千尋の言葉に、胸が締め付けられるような気持ちになった。
「健太さんがいてくださらなければ、水野屋はこんなに変われませんでした」
千尋が続けた。
「でも、それだけじゃありません」
千尋が僕を見つめた。その目に涙が浮かんでいる。
「健太さんと一緒にいると、とても楽しくて、安心して、そして……」
千尋の声がさらに小さくなった。
「そして、もっと……いえ、ずっと一緒にいたいと思うんです」
僕の心臓が止まりそうになった。
「千尋さん……」
「健太さんのこと、だい、だい、だいすきです!」
千尋がはっきりと言った。
その瞬間、世界が変わったような気がした。
「本当ですか?」
僕の声が裏返った。
「こんなに何度も好きだって言ってるのに、わかってもらえませんか?」
千尋が涙を拭いながら微笑んだ。
「いえ、本当に信じられなくて」
「私、最初に電車で遅延があって健太さんとお話しした時から、何かが変わったと思うんです。それから本のお話をするようになって、健太さんともっとお話ししたいって思うようになって……気がつくと、健太さんのことばかり考えるようになってました」
千尋がそっと微笑んだ。
「毎日電車で会えるのが楽しみで、健太さんがいない日は寂しくて……だから今日、健太さんがそう言ってくださって、本当に嬉しいんです」
僕も涙が出そうになった。
二人は見つめ合った。
夕日が沈みかけて、辺りがオレンジ色から紫色に変わっていく。
「千尋さん」
「はい」
「僕と……お付き合いしていただけませんか?」
僕が震え声で言うと、千尋の顔がパッと明るくなった。
「はい。ぜひ、お願いします」
千尋が嬉しそうに答えた。
その瞬間、僕の心に温かいものが広がった。
長い間憧れていた人と、ついに同じ気持ちになれた。
こんなに幸せな気持ちは初めてだった。
「良かった……」
僕は安堵のため息をついた。
「千尋さんに振られたらどうしようって、告白しようって決めてからずっと心配してたんです。関係が変わっちゃうんじゃないかって」
「関係なら変わりましたよ?」
千尋はそう呟く。
「え?」
「私達はこうして恋人同士になれました」
「あ」
夕日が完全に沈んで、辺りが薄暗くなってきた。学校の鐘がなる。
「あ、クラスの撤収に戻らないと」
僕が言うと、千尋は頷いた。ベンチから立ち上がろうとした時、千尋が僕の袖を引いた。
「健太さん」
「はい?」
「これから、恋人同士なんですね」
千尋の声が嬉しそうに震えていた。
「はい。恋人同士です」
僕も実感を込めて答えた。
「信じられません……こんなに嬉しいことがあるなんて」
千尋が目を潤ませながら微笑んだ。
「僕もです。まるで夢みたいです」
「夢じゃありません。本当です」
千尋が僕の手をもう一度ギュッと握った。
「本当ですね」
僕たちは手を繋いで校舎裏から出た。
夕暮れの校舎が、今日一番美しく見えた。
この場所で、僕たちの新しい物語が始まったんだ。
「健太さん」
「はい」
「今日から、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
二人は改めて向き合って、恋人同士としての最初の挨拶をした。
長い間憧れていた千尋と、ついに恋人同士になれた。
これから二人でどんな時間を過ごしていくのだろう。
未来への期待と不安、そして何より深い幸福感が、僕の心を満たしていた。
新しい関係の、美しい始まりだった。




