第36話 文化祭当日
十一月の初め、いよいよ文化祭当日がやってきた。やってきてしまった。
僕は朝から落ち着かなかった。
必死に準備してきた文化祭がいよいよ開催される、というのもある。
しかしもっと落ち着かなくさせているのはもちろん今日告白する、と決めているからだ。
千尋が来てくれることになっているが、何を見せてあげればいいのか、どんな話をすればいいのか、頭の中でシミュレーションを繰り返していた。
約束の時間の15分前から僕はソワソワしながら校門の脇に立っていた。女の子が通るたびに、千尋かな?と顔を見て違うことを確認していた。今思うと変質者っぽい挙動だったかもしれない。
そうこうしているうちに、本物の千尋が現れた。見つけた時、僕は緊張で足がすくんだ。実際に男子校に女の子を連れて入るのは、生まれて初めての経験だった。
「千尋さん、来てくれたんですね」
「はい。楽しみにしてました」
千尋が微笑むと、僕はますます緊張した。
校舎に入ると、案の定、周りの視線が集まった。男子校の文化祭に来る女子は珍しいし、千尋は美人だ。まして目立つ存在だった。
「あ、あの……こちらです」
僕が千尋を案内しようとすると、クラスメイトが近づいてきた。
「おいおいおい、佐藤が女連れってマジかよ」
「え、マジで?うお、マジだ!佐藤が女子連れてきてる」
「でも最近の佐藤なら、そういうこともあり得るかもな」
「確かに。文化祭の企画リーダーやってるし」
「佐藤、紹介くれよ」
クラスメイトたちがざわつきながら集まってくる。僕は真っ赤になった。
「あの……えーっと……」
僕がしどろもどろになっていると、千尋が助け船を出した。
「千尋です。いつも健太さんにお世話になってます」
「お世話って、どんな?」
「電車で一緒になることがあって……」
千尋が自然に説明してくれた。僕はホッとした。
「へー、電車で知り合ったのか」
「健太、やるじゃん」
友達たちが冷やかした。僕は恥ずかしくて、どこを見ていいか分からなかった。
「健太さんのお友達ですね。よろしくお願いします」
千尋が丁寧に挨拶すると、友達たちも感心していた。
「すげー、ちゃんとした子じゃん」
「健太、良かったな」
もっと冷やかされるかと思ったが、思ったよりみんな受け入れてくれたようだった。最近の僕の変化を、友達も認めてくれているのかもしれない。
いくつかの展示を見た後、僕は緊張しながら言った。
「千尋さん、僕たちのクラスの展示も見てもらえませんか?」
「はい、ぜひお願いします」
僕たちの教室に向かう途中、山田が駆け寄ってきた。
「健太!」
山田が駆け寄ってきて、千尋に気づいて立ち止まった。
「あ、この方が千尋さんですね。初めまして、山田です。お噂はかねがね」
「初めまして、水野千尋です。いつも健太さんがお世話になってます。噂って、健太さん、どんな話されてるんですか?」
「いや、朝同じ電車に乗って~くらいの話しかしてないですよ」
「あら、そうなんです?」
二人の会話をニコニコしながら見守ってた山田は、はっと気づいたような表情になった。
「そうそう健太、ちょうどいいタイミングだよ。うちのクラス、すごい人気でさ、大行列だよ」
僕は千尋を見た。
「うちのクラス、謎解きゲームやってるんですよ」
「謎解きゲームですか?面白そうです」
「そうなんですよ!なんとびっくり、佐藤が企画してリーダーもやってるんですよ!」
山田が腕を僕の首にかけて、ニヤリとする。
「健太さんがリーダーなんですか?すごいですね!」
「いやぁ、そんなぁ」
僕はもじもじする。
「ともかく教室に来てみろよ、あ、千尋さんもぜひ」
「はい!楽しみです」
千尋の目が輝いた。
教室に戻ると、入り口に長い列ができていた。
「佐藤、おつ~!」
クラスメイトが手を振ってくれる。
「佐藤、すげーよ。もう30組以上参加してるぞ」
僕は受付係に状況を確認した。
「今、どのくらい待ち時間?」
「15分ぐらいかな」
僕は千尋に振り返った。
「千尋さん、よろしければ謎解きゲームに参加してもらえませんか?」
「健太が企画したんだよ、これ」
クラスメイトが横から口を挟んだ。僕は照れて頬を掻いた。
「健太さんが企画したんですか?」
千尋が驚いた。
「はい。実は……千尋さんに楽しんでもらいたくて考えたんです」
僕が正直に言うと、千尋の頰がほんのりピンク色になった。
「それなら、ぜひ挑戦させてください」
「でも、一般の参加者と同じように並んでもらうのは……」
僕が迷っていると、山田が言った。
「健太、千尋さんには特別にテストプレイをしてもらえばいいじゃん。リーダー特権でさ」
「え、でも」
「お前、受付担当まで時間あるし、二人で行ってきなよ」
山田に背中を押され、僕は、千尋を誘う。
「そうですね。千尋さん、よろしければ」
「はい!」
僕は千尋に謎解きのルールを説明した。
「校内5カ所に謎が隠されています。この問題用紙を手がかりに、順番に解いていってください」
「はい!えっと……最初の手がかりは……」
千尋がスタートすると、僕は山田と千尋の後を追う。答えを知っている僕らは後ろからついていくのみだ。
「健太、千尋さんって頭いいな」
最初の謎解きポイントで、千尋は他の参加者よりもスムーズに答えを見つけていた。
「さすがですね」
二番目、三番目と順調に進んでいく千尋を見ながら、僕は嬉しくなった。
「健太が作った謎解き、千尋さんすごく楽しそうじゃん」
山田の言葉通り、千尋は本当に楽しそうだった。
最後の謎解きポイントで、千尋は少し考え込んでいた。
「健太、助けに行かなくていいの?」
「大丈夫です。千尋さんなら問題ないよ」
案の定、数分後に千尋は答えを見つけて、教室に戻ってきた。
「健太さん、正解は『タカラモノ』ですか?」
千尋が答えを教えてくれた。
「正解です!」
クラス全体から拍手が起こった。
「すごいじゃん、15分でクリアだ」
「今日の最短記録だよ」
クラスメイトたちが盛り上がる中、千尋が僕に言った。
「健太さん、とても面白い謎解きでした。すごく考えられてて……最後の謎が特に素敵でした」
「楽しんでもらえて良かったです」
「健太さんがクラスのリーダーをやってるなんて、すごく意外でした」
「僕も驚いてます。前の僕なら考えられませんでした」
その時、他のクラスの生徒が教室を覗いた。
「佐藤のクラス、すげー人気じゃん」
「謎解きゲーム、やってみたいな」
いい感じに広告にもなったようだ。
「佐藤、そろそろ受付変わってくれよ」
ちょうど受付の時間が来たようだ。
「すみません、千尋さん、あと1時間ほど受付担当なので、ちょっと一人で回ってもらえますか?ご一緒できず申し訳ないです。12時に中庭の自動販売機のところで待ち合わせできますか?」
「はい、さっき謎解きで通ったところですよね?大丈夫です」
僕は、千尋を見送る。するとクラスメイトの一人が僕に話しかけてきた。
「佐藤、いい子を見つけたな」
「まだ付き合ってるわけじゃないんだ」
「え?嘘だろ?あれだけ親密な感じだしといて、まだ告白してないの?」
「うん……」
「うわ、もったいなー。あの子、完全に佐藤のこと好きだろ」
僕は驚いた。
「そう見える?」
「見えるも何も、一日中佐藤のことばっかり見てたじゃん。それに、佐藤が他の女子と話してる時、ちょっと拗ねたような顔してたぞ」
「そんなことが……」
僕は気づいていなかった。千尋がそんな表情をしていたなんて。
◆
12時に中庭に向かうと、千尋が他校の男子生徒に声をかけられているところだった。
「君、さっきの謎解きゲームの人だよね?どこの高校?」
「あの……」
千尋が困っている様子を見て、僕は慌てて近づいた。
「千尋さん、お疲れさまでした」
僕の声に、男子生徒が振り返った。
「あ、君の彼女?」
「……はい……」
とっさに嘘をついてしまった。彼女を守るための方便だ。
僕が答えると、男子生徒は「なんだ、残念」と言って去っていった。
「遅くなっちゃってすみません。男子校だから、女子が珍しくてああいうのもいるんですよ。迷惑かけちゃいましたね」
千尋が微笑みながら近づいてきた。
「いえいえ、気にしないでください。それより、謎解きゲーム、本当に楽しかったです」
「良かったです」
「ききましたよ!あれ、健太さんが前に立って色々決めていったって。健太さんのこと見違えた、なんて言っている女子生徒さんもいらっしゃって、私少し嫉妬しちゃいました」
「嫉妬?」
「あ、いえ、忘れてください」
なんとなく気まずい雰囲気になる。
「そ、それでは、他の展示も見て回りませんか?」
僕は話題を切り替える。
「はい!」
千尋は元気に答えた。
午後は二人で文化祭を回った。美術部の展示、書道部の作品、軽音楽部のライブ。千尋は全てに興味深そうに見入っていた。
「健太さんの学校、本当に活気がありますね」
「例年と違って今年は、千尋さんと回れて、本当に楽しいです」
去年までずっとボッチ文化祭だったので全く違う。
人の流れが落ち着いた頃、僕たちは中庭のベンチに座った。
千尋が言った。
「健太さん、大丈夫ですか?なんか緊張してるみたいですが」
「あ……バレてましたか」
僕が苦笑いした。
「男子校に女の子を連れて入るなんて、初めてで……みんなの視線が気になって」
「そうだったんですね。私も少し緊張しました」
「千尋さんも?」
「はい。健太さんの学校の人たちにどう思われるかと思って」
千尋が正直に答えた。僕は少し安心した。
「でも、みなさん優しくて良かったです。健太さんがいい友達に恵まれてるのが分かりました」
千尋が微笑んだ時、僕は改めて思った。
彼女を、もっと大切にしたい。
文化祭も終わりに近づいてきた。
「千尋さん、今日は本当にありがとうございました」
「私の方こそ、ありがとうございました。とても楽しかったです」
千尋を駅まで送る時間になった。でも僕の心に、ひとつの決意が固まっていた。
今日、千尋に気持ちを伝えよう。
クラスメイトの言葉が頭に響いている。「あの子、完全に佐藤のこと好きだろ」
もう迷いはなかった。
「ちょっとこっちに来てもらってもいいですか?」
僕は校舎の裏手を指差した。人通りのない、静かな場所だった。
千尋は黙って頷いた。




