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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第33話 母と僕

 その日の夜、僕は家に帰ると、いつものように母が台所で夕食の支度をしていた。


「お帰りなさい。今日はどうだった?」


 母が振り返って僕の顔を見た瞬間、その表情が少し変わった。


「あら……なんだか今日は違うわね」


「え?」


「顔に書いてあるのよ。何かあったのね?」


 母の洞察力は相変わらず鋭い。僕は少し困ったような顔をした。


「まあ……ちょっと考えることがあって」


「やっぱり千尋さんのことね」


 母がくすっと笑った。千尋のことだと言い当てられて赤くなる。


「なんでわかったの?」


「分かったも何も……最近その子の話ばかりしてるじゃない。『千尋さんが』『千尋さんは』って」


 僕は恥ずかしくなった。


「ってことは、千尋さんのことが大好きってやっと自覚したのね」


「いや、自覚したのは今日じゃ……っていうかなんで知ってるの?」


「見てればわかるわよ。それで何?告白するの?」


 母の直球な質問に、僕は顔が真っ赤になった。


「いきなりそんな……」


「あら、照れちゃって。可愛いじゃない」


「母親にそんなこと言われるの、すごく恥ずかしいんだけど」


 僕が困った顔をすると、母は笑いながら言った。


「でも事実でしょ?健太が千尋さんのことを大好きなのは」


「だから、その『大好き』って言葉……」


「嫌なの?」


「嫌じゃないけど、母親に言われると何だか……」


「じゃあ何て言えばいいの?『気になる』?『好き』?」


 母が楽しそうにからかう。僕はますます恥ずかしくなった。


「もう、からかわないでよ」


「ごめんごめん。でも久しぶりに健太のそんな顔が見れて嬉しいわ」


 母が優しく笑った。


「でも、千尋さんが僕のことをどう思ってるか分からなくて」


 母がテーブルに肘をついて、僕をじっと見た。


「健太、正直に言うわね」


「はい」


「母さんは嬉しいのよ。あなたが誰かを好きになってくれて。それに、あなたの技術が人の役に立ってることも」


 母の声が少し震えていた。


「ずっと心配だったの。うちはお父さんがいないじゃない。お父さんが死んじゃったあと、塞ぎ込んじゃって、なかなか友達とも馴染めなかったし。それに男子校で、女の子と話すことも少なかったでしょ?だから恋愛できないんじゃないかって」


 母が言いかけて止まった。


「母さん?」


「あなたが女の子とどう接していいか分からなくて悩んでるんじゃないかって、ずっと思ってたの」


 母にバレバレだったようだ。


「でも今は、千尋さんと一緒にSNSの作業してるあなたを見てると──」


 母が微笑んだ。


「本当に嬉しいの。あなたが優しくて、自分の技術で人を助けられる男の子に育ってくれて、母さんは誇らしいわ」


 僕は母の言葉に胸が熱くなった。


「でも、同時に少し寂しくもあるのよ」


「寂しい?」


「あなたが大人になって、母さん以外の女性を大切に思うようになって。当たり前のことなんだけど」


 母が遠くを見るような目をした。


「母さんは一人であなたを育ててきたから、あなたが母さんを一番大切に思ってくれてるって、どこかで安心してたの。でも、それじゃダメなのよね」


 僕は何も言えなかった。


「あなたには、あなたの人生がある。あなたが好きになった人がいるなら、その人を大切にしなさい」


 母がきっぱりと言った。


「でも、もし違ったら……」


「違ったら、それはそれよ。でも健太、あなたはその子のために一生懸命になれる。それって素敵なことよ」


 母が僕の手を握った。


「ただ、一つだけお願いがあるの」


「何ですか?」


「相手の気持ちを大切にしなさい。あなたは優しいけど、時々一人で突っ走ることがある。相手が困らないように、ちゃんと話し合いなさい」


 僕は頷いた。


「それから……」


 母が少し恥ずかしそうに言った。


「その子のお母さんに、今度ちゃんと挨拶したいわ。母親として、気になるから」


 僕は驚いた。


「それは……まだ早いんじゃ……」


「早くないわよ。あなたがその子を大切に思ってるなら、ちゃんと筋を通しましょう」


 母の言葉に、僕は初めて恋愛の責任の重さを感じた。


「分かったよ」


 僕が答えると、母は安心したような顔をした。


「それで、いつ告白するの?」


 母の直球な質問に、僕は困った。


「いや、そんなのまだまだ先かなって」


「まだまだ先って……いつまで待つの?」


「わからないよ。千尋さんの気持ちも分からないし……」


「分からないなら聞くのよ」


 母の言葉は厳しかった。でも、的確だった。


 母の言葉を聞いて、僕は初めて現実を直視した。


「考えても見なさい。あなた、卒業まであと一年半もないのよ。健太も千尋さんもこの街をでるかもしれないのよ?


 東京の大学に進学するかもしれないわ。そうなったら、あなた達が今みたいに一緒に過ごす時間は、もうそれほど長くないということになるわね」


 その瞬間僕は雷が打たれたような衝撃を受ける。


 ずっとこの毎日が続くと思っていた。毎朝電車で会って、時々水野屋でSNSの作業をして、たまに一緒に商店街を歩いて。そんな日常がずっと続くものだと、どこかで思い込んでいた。


 でも時間は待ってくれない。


「考えてる」


「考えるのも大事だけど、行動することの方が大事よ」


 その夜、僕は自分の部屋で天井を見つめていた。


 母との会話を思い返しながら、自分の気持ちを整理していた。


 千尋のことが好き。それは間違いない。


 でも、告白する勇気がまだ出ない。もし振られたら、今の関係も壊れてしまうかもしれない。

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