表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/83

第31話 紅葉の名所でデート

 秋祭りから一週間後の土曜日の朝、僕は駅のホームで千尋を待っていた。


 あの日千尋から「お時間いただけませんか?」と誘われた約束の日。いつもと違って、水野屋ではなく外での待ち合わせだ。


 夏に星を見に行って以来の、本格的なお出かけ。でも、あの時とは僕の気持ちが全然違う。


 あの夜、千尋への想いに気づいてから、そして秋祭りの日に「もっと積極的になろう、気持ちを伝えたい」と決意してから、僕の中で何かが変わった。


 今日は、好きになった人との初めてのデート。そう考えると、心臓の鼓動が早くなる。


 千尋は僕のことをどう思っているんだろう。友達として?それとも……。


 手のひらに汗をかいているのを感じながら、僕は改札口を見つめた。緊張と期待で、胸がいっぱいだった。


「健太さん、お待たせしました!」


 千尋が小走りでやってきた。カジュアルな服装の千尋を見るのは初めてで、新鮮だった。ベージュのカーディガンにチェックのスカート、小さなリュックを背負っている。


「今日はよろしくお願いします」


 千尋が少し照れたように言った。秋祭りの時のお礼がしたいと言ってくれていた千尋。


「こちらこそ。お礼だなんて、僕の方が千尋さんにお世話になりっぱなしですよ」


「秋祭りの時は本当にありがとうございました。今日は絶好のお出かけ日和ですね。行き先も健太さんにご提案していただいて、何から何までありがとうございます」


「僕こういうの企画するの好きなんですよ。ちょうど箱根の紅葉、今が見頃らしいですからちょうどいいかなって。強羅公園と箱根美術館の庭園が特に綺麗だそうです」


「わぁ!楽しみです」


 僕たちは新宿駅から小田急ロマンスカーに乗り込んだ。観光地へのちょっとした小旅行、本格的なデートの始まりだ。


「あの、健太さん」


 千尋が隣を歩きながら言った。


「こうして二人で遠出するの、初めてですね」


「そうですね」


 前回一緒に星空を見たのは、桜ヶ丘駅から徒歩20分とわりと近場だったが、今回は都心から離れた日帰り箱根小旅行だ。


 ロマンスカーの車窓から流れる景色を眺めながら、隣に座る千尋を意識する。いつもと違う特別な時間。


 ああ、幸せだなぁ。


 箱根に着いて、まず向かったのは強羅公園だった。フランス式整型庭園で、秋の花々と紅葉のコントラストが見事だ。


「綺麗……噴水と紅葉の組み合わせが素敵」


 千尋が目を輝かせた。観光客で賑わっているが、それがかえってデートらしい雰囲気を演出している。


「撮影には最高の場所ですね。でも最初は園内を散策しましょうか」


「はい!」


 僕たちは手をつなぎそうになって、慌てて離した。まだそういう関係じゃない。でも、距離は確実に縮まっている。


 園内のカフェで一休みした後、千尋がリュックから和菓子の入った箱を取り出した。


「お礼って言ったのに、またお菓子まで作ってきてくれたんですか?」


「秋にちなんで、紅葉をモチーフにした上生菓子を作ってみたんです。一緒に食べませんか?」


「ありがとうございます。あのベンチで食べましょうか?」


 僕たちはローズガーデンの見える特等席に移動した。千尋が和菓子を丁寧に並べる。背景には色とりどりの薔薇と紅葉のコラボレーション。


「こんな感じでしょうか?」


「綺麗……」


 千尋が和菓子を見つめながら呟いた。紅葉の葉が舞い散って、和菓子の周りに自然に散らばる。


「本当に芸術みたいですね。あ、せっかくですし、SNS用に写真撮りませんか?すごく映えると思うんですよ」


 僕がスマホを取り出してパシャリ。


 千尋が言った。


「せっかくですし私もお菓子と一緒に撮ってもらえませんか?」


「もちろんです」


 千尋が恥ずかしそうに微笑んだ。紅葉を背景に、和菓子を手に持つ千尋。緊張しているのか笑顔が固い。


「もう少し自然な笑顔で」


「こ、こうですか?」


 うーん、まだこわばっている。


「千尋さん、好きな和菓子の話をしてください」


「え?」


「話している時の表情が一番自然になりますから」


 千尋が話し始めると、表情が柔らかくなった。シャッターを切る。


「いい写真が撮れました」


 撮った写真を見せると、千尋が嬉しそうに覗き込んできた。距離が近くて、髪からほのかに甘い香りがする。


「本当だ、すごく綺麗……」


「千尋さんが綺麗だからですよ」


 思わず本音が出てしまった。千尋の顔が赤くなる。


「そ、そんな……和菓子と紅葉が綺麗なんです」


 慌てて訂正する千尋が愛おしい。


 次に向かったのは箱根美術館の庭園。苔庭と紅葉の組み合わせが有名で、まるで絵画の中にいるような錯覚を覚える。


「ここ、京都みたい……」


 千尋が息を呑んだ。確かに、日本庭園の美しさは格別だった。


「健太さん、これ食べてみてください」


 千尋が和菓子を差し出した。


「撮影用じゃないんですか?」


「予備も作ってきました。感想を聞きたくて」


 僕は和菓子を口に入れた。栗の優しい甘さが広がる。


「美味しいです。秋の味がします」


「良かった……」


 千尋がほっとしたように微笑んだ。




 お昼は美術館併設のレストランで食事をすることにした。


「こんな素敵なところで食事なんて……」


「たまにはこういうのもいいでしょう?」


 窓から見える紅葉を眺めながらのランチ。千尋との会話も弾む。


「実は今日のために、お小遣い貯めてたんです」


 僕の言葉に、千尋が頬を赤らめた。


「健太さん、そんな……」


「千尋さんと一緒だから、特別な日にしたかったんです」


 レストランの料理を楽しみながら、本当のデートのような時間を過ごした。


「健太さん」


 千尋が急に真剣な顔になった。


「私、最近思うんです」


「何をですか?」


「健太さんと出会えて、本当に良かったって」


 突然の言葉に、僕の心臓が跳ねた。


「水野屋も変わったし、私も変われた。全部、健太さんのおかげです」


「僕の方こそ、千尋さんと出会えて……」


 言葉を続けようとした時、風が吹いて紅葉が舞い散った。まるで映画のワンシーンのような光景。


 千尋の髪に紅葉が一枚引っかかった。


「あ、葉っぱが」


 僕が手を伸ばして取ろうとすると、千尋も気づいて手を上げた。手と手が触れ合う。


 一瞬、時が止まったような気がした。


 お互いの目を見つめ合う。千尋の頬が赤く染まっている。僕の顔も熱い。


「あの……」


 千尋が何か言いかけた時、近くで子供たちの声がした。魔法が解けたように、僕たちは手を離した。




 午後は箱根ロープウェイに乗って大涌谷へ。


「富士山が見える!」


 千尋が興奮して僕の腕を掴んだ。その自然な仕草に、胸が高鳴る。


 夕方、芦ノ湖まで降りてきた。湖畔から見る夕日と紅葉のコントラストが美しい。


「最後にもう一枚」


 僕がカメラを構えると、千尋が言った。


「健太さんも一緒に写りませんか?」


「え?」


「記念に……」


 千尋の提案に、僕の胸が高鳴った。


 セルフタイマーをセットして、千尋の隣に座る。肩と肩が触れ合う距離。


「はい、チーズ」


 シャッターが切れる瞬間、千尋が少し僕に寄り添ってきた。


 写真を確認すると、二人とも自然な笑顔で写っていた。


「いい写真ですね」


「大切にします」


 千尋が小さく呟いた。


 帰りのロマンスカーで、千尋が僕の肩にもたれかかってきた。


「ちょっと疲れちゃった……」


「ゆっくり休んでください」


 千尋の髪からシャンプーの香りがする。この距離の近さに、ドキドキが止まらない。


 地元の駅に着いて、改札を出る前に千尋が振り返った。


「今日は本当に楽しかったです」


「僕もです」


「また……」


 千尋が立ち止まった。


「また、こうして一緒に出かけられたらいいですね」


 その言葉に、僕の心が温かくなった。


「はい、ぜひ」


「今度は、違う場所にも行ってみたいです」


「いいですね。鎌倉とか、江ノ島とか、日光とか」


「全部行きたいです!」


「わあ、楽しみです」


 千尋の笑顔が夕日に照らされて、とても綺麗だった。


 駅で別れる時、千尋がスマホを取り出した。


「今日の写真、早速投稿してもいいですか?」


 それは、笑顔で千尋が和菓子と一緒に撮った写真だった。


「千尋さんが写っちゃってますが大丈夫ですか?」


「私自身、先日のお祭りでも写真取られてあげられてますし、今更かなって。健太さんの撮ってくれた素敵な写真、ぜひ載せたいです」


「であれば、良いと思います」


「嬉しい。キャプション、何て書こうかな……」


 千尋が考えている横顔を見ながら、僕は思った。今日は仕事という名目だったけど、本当のデートみたいだった。いや、これはもうデートと言ってもいいのかもしれない。


「『秋の紅葉と和菓子。大切な人と過ごす特別な時間』……これでどうでしょう?」


 千尋の言葉に、僕の顔が熱くなった。「大切な人」という部分に、特別な意味を感じずにはいられなかった。


「素敵だと思います」


「じゃあ、これで投稿しますね」


 改札を通る前に、千尋が振り返った。


「健太さん、今日は本当にありがとうございました」


「こちらこそ」


「また月曜日に」


「はい、また」


 千尋が手を振って改札を通っていく。その後ろ姿を見送りながら、僕は確信した。


 秋祭りの日に決意した「もっと積極的になろう。千尋に気持ちを伝えたい」という想い。


 そして今日のデートのような時間。もしかしたら千尋も、僕と同じ気持ちでいてくれるかもしれない。


 今日は、忘れられない一日になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ