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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第30話 秋祭り当日後編

 午後1時を過ぎた頃から、水野屋のブース周辺の様子が変わり始めた。


「あの、すみません。和菓子作ってるところ写真撮らせてもらってもいいですか?」


 若い女性がスマホを構えて千尋に声をかけた。


「え?あ、はい、どうぞー」


 千尋が戸惑いながらも和菓子作りを続けると、その手さばきに女性が感動の声を上げた。


「お若いのに見事ですね。大学生ですか?」


「いえ……高校生です」


 おおっという声が上がる。「まだ高校生なんだ。すごい」という声が耳に入る。


「SNS上げても大丈夫ですか?」


 写真を取った女性から聞かれる。千尋は慌てて頷く。


 僕はそこにあわてて補足する。


「あ、それでしたら#mizunoya_wagashiのハッシュタグつけて投稿していただけると嬉しいです!」


「はーい」


 快諾が得られた。


 写真を取ってる女性に引き寄せられ、近くにいた他のお客様も集まってくる。


「本当だ。あの若い職人さん、すごく上手ね」


「何歳くらいかしら?あんなに上手に作れるなんて」


 千尋の実演に興味を示す人がじわじわと増えてきた。


「千尋さん、注目されてますね」


 僕が小声で言うと、千尋が少し緊張した様子で頷いた。


「こんなに見られるの、初めてです……」




 午後2時頃には、完全に人だかりができていた。


「すみません、ちょっと通してください」


 実際に和菓子を買いたいお客様が、見物客に押されて近づけない状況になってしまった。


「おねえちゃん、もとみせてー」


「どこで習ったんですか?」


「お店はどちらですか?」


 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。千尋の顔が段々と青ざめてきた。


「あの、みなさん、すみません。まずはお買い物のお客様を優先させていただけませんか?」


 僕が前に出て、できるだけ丁寧に人だかりを整理しようとした。


 その時だった。


「シュー……」


 ガスコンロの一台から異音がして、火が消えてしまった。


「あ、ガスが……」


 千尋がパニックになりかけた。注目されているプレッシャーに加えて、機材の故障。手が震え始める。


「皆さんおまちいただいてるのに……どうしよう……」


「千尋さん、落ち着いて。大丈夫ですよ」


 僕は千尋の肩に手を置いて、冷静に状況を判断した。


「僕がどこかからカセットコンロを借りてきます。千尋さんは残った1台で作業を続けてください」


「す、すみません、お願いしていいですか?」


「はい、お任せください」


 僕は人だかりに向かって声を上げた。


「皆様、申し訳ございません。機材の調子が悪くなってしまいまして、少々お時間をいただきます」


「大変だね、頑張って」


「機械の故障なら仕方ないよ」


 お客様の温かい言葉に、千尋の表情が少し和らいだ。


 急いでたこ焼き屋のおじさんに事情を説明すると、快くカセットコンロを貸してくれた。


「若い子たち、頑張ってるじゃないか。使っていいよ」


「ありがとうございます!」


 代替設備を確保している間に、千尋は残った1台で懸命に和菓子を作り続けていた。


「皆さん、せっかくですから和菓子作りの過程をご覧になってください」


 僕がお客様に提案すると、みんな興味深そうに千尋の手元を見つめ始めた。


「まず、餡を手のひらでこうやって……」


 千尋が作業しながら説明すると、お客様から「おお」という感嘆の声が上がる。子どもたちも千尋の手元に興味津々だ。


「すごい!どうやったらそんなにきれいな形になるの?」


 子供たちの純粋な質問に、千尋の緊張がほぐれていく。


 カセットコンロを設置して、製造体制を復旧させた。


「健太さん、ありがとうございます」


 千尋が安堵の表情を見せた。


「二人で協力すれば大丈夫です」


 僕が接客を担当し、千尋が製造に集中する体制にシフトした。


「こちらの紅葉の和菓子は、職人の千尋が一つ一つ手作りしています」


「恋人同士で出店してるの?息がぴったりね」


 またしても恋人と間違われて、僕たちは顔を赤くした。でも、今度は否定しなかった。


 午後3時、ついに最後の和菓子が完売した。


「完売です!ありがとうございました!」


 千尋の声に、お客様から拍手が起こった。


「来年もまた来るわね」


「お店の場所、教えてもらったから今度伺います」


 温かい言葉をたくさんいただいた。


 ◆


 夕方、片付けを終えて、二人で公園のベンチに座った。夕日が空をオレンジ色に染めている。


「今日は本当にお疲れ様でした。すごかったですね」


「健太さんのおかげです。一人だったら、絶対にあのピンチは乗り切れませんでした」


 千尋の目に、感謝と何か特別な感情が込められていた。


「千尋さんの和菓子作り、本当に素晴らしかった。あんなにたくさんの人が感動してました」


「緊張したけれど……でも、嬉しかったです。みなさんが喜んでくださって」


 今日の売上を集計すると、過去最高記録を大幅に更新していた。午前中だけでも去年一日分に匹敵する売上だったのに、午後の大盛況で記録を塗り替えたのだ。


「SNSでリアルタイム投稿もしたんですよ。海外のフォロワーさんからも『Amazing!』ってコメントがたくさん来てました」


 千尋がスマホを見せてくれた。確かに英語のコメントがたくさんついている。


「そういえば、午後に写真を撮ってくださったお客様の投稿もすごかったんです」


 千尋が別の画面を見せてくれた。


「『普通の女子高生かと思ったら手つきが完全にプロ!ギャップ萌えやばい』って投稿が、もう200回以上シェアされてるんです」


 確かに、午後に撮影していた女性の投稿がかなりの反響を呼んでいる。コメント欄には「見た目と技術のギャップがすごい」「制服着てるのに職人の手」「若者にちゃんと技術継承されててすごい」などといった驚きの声が並んでいる。


「千尋さん、有名人になっちゃいましたね」


「恥ずかしいです……でも、嬉しいです。こんなにたくさんの人に水野屋を知ってもらえて」


「今日の写真、SNSとブログに投稿してもいいですか?」


 画面には、僕と千尋が協力して危機を乗り越えている写真があった。お客様に撮ってもらった写真だ。


 写真の中の僕たちは、本当に息の合ったパートナーのように見えた。


「いい写真ですね」


「はい。今日一番の宝物です」


 千尋がそう言った時、僕の胸が温かくなった。


 今日一日、千尋と一緒に過ごして改めて感じた。千尋といると、とても幸せだ。


「健太さん?」


 千尋が心配そうに僕を見ていた。


「あ、すみません。今日のことを考えていました」


「何か、変なことありましたか?」


「いえ、逆です。すごく良い一日でした」


 僕は千尋をまっすぐ見つめた。夕日に照らされた千尋の横顔が、とても美しかった。


「千尋さん」


「はい?」


「今日、千尋さんと一緒に過ごせて、本当に幸せでした」


 千尋の目が少し潤んだような気がした。


「私も……健太さんがいなかったら、今日は乗り切れませんでした。健太さんといると、何でもできる気がします」


 その言葉に、僕の胸が熱くなった。


「僕も同じです。千尋さんといると、もっと頑張ろうって思えるんです」


 二人の間に、特別な空気が流れた。




 帰り道、駅まで歩きながら、千尋が立ち止まった。


「健太さん」


「はい?」


「今度の週末……もしよろしければ、お時間いただけませんか?」


 僕の心臓が激しく鼓動した。


「今日のお礼がしたいんです。どこか、二人でお出かけできたらいいなって……」


 千尋の頬が赤く染まっている。言葉を選ぶように、恥ずかしそうに視線を逸らした。


「あの……もしお時間があるときで大丈夫ですから」


 千尋の控えめな言い方に、僕の心がどきどきした。これは……?


「今日千尋さんと一緒に過ごして、もっとお話したいことがたくさんあるんです」


「健太さん……」


 千尋の目に、喜びと驚きが混じっていた。


「僕も……千尋さんともっとお話したいです。ぜひ」


 改札前で別れる時、千尋がもう一度振り返った。


「健太さん、今日は本当にありがとうございました。一生忘れません」


「僕もです。千尋さんと過ごした今日は、僕の人生で一番素敵な日でした」


 千尋の笑顔を見送りながら、僕は思った。


 自分の気持ちに気づいてから、僕の毎日は変わった。

 千尋のことを想い、千尋のために行動することが、自然になった。


 今日という日が、僕たちの関係にとって重要な一歩だったことは間違いない。

 でも、これはまだ始まりに過ぎない。


 家に帰って、今日撮った写真を見返した。二人で協力している写真、一緒に笑っている写真、危機を乗り越えた後の安堵の表情。


 どの写真を見ても、僕たちは本当に絆で結ばれたパートナーのように見えた。


 千尋の気持ちはどうなんだろう。僕と同じように思ってくれているのだろうか。


 来週の約束で、僕はもっと積極的になろう。千尋ともっと近づきたい。

 そして、できることなら……僕の気持ちを、伝えたい。

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