第28話 秋祭りの準備
朝の電車で、いつものようにSNSやブログ運営などの雑談していると、千尋が思い出したように言った。
「そういえば、来週に地元の秋祭りがあるんです」
「秋祭りですか」
「はい。水野屋も毎年出店してて、和菓子の実演販売をするんです」
千尋が少し誇らしげに言った。
「おお、いいですね!千尋さんもするんですか?」
「はい、今年はおばあちゃんから許可もらいました」
「野崎さんの工房での努力の成果ですね。流石です」
僕の言葉に、千尋が照れたように笑った。
「そうだ、せっかくですし、SNSでも広報したらどうですか?」
僕が提案すると、千尋の目が輝いた。
「それ、いいアイデアです!事前に告知したら、たくさんの人に来てもらえるでしょうか」
「フォロワーは海外の方が多いので、直接来てもらうのは難しいかもですが、秋祭りって日本文化の象徴ですし、海外の方にも興味を持ってもらえそうですね。それに、実演販売の動画とか撮れば、普段とは違う魅力的なコンテンツになりそうです。
僕も秋祭りに向けたSNS広報準備と、出店の準備をしましょうよ。僕も手伝いますよ」
「本当ですか?」
千尋が嬉しそうに聞いた。
「もちろんです。楽しそうですし」
千尋が安心したような表情を見せた。
「でも、秋祭りの準備って大変ですよね。テントの設営とか、道具の運搬もありますよね?」
「はい。それに、和菓子も300個くらい作るので……」
「任せてください。体力には自信がありますから」
僕が胸を張ると、千尋がくすっと笑った。
「頼りになりますね」
その週の平日、千尋とSNS投稿について相談した。
「秋祭りの告知、どんな内容にしましょうか?」
「そうですね……『水野屋、秋祭りに出店します!』だけだと味気ないですし」
「実演販売の様子とか、紅葉の和菓子の写真を使って、『職人の技を間近で!』みたいな感じはどうでしょう」
「いいですね!あと、『お子様も楽しめる和菓子作り体験』も入れたいです」
InstagramとTwitter用の文章を一緒に考えて、投稿スケジュールも決めた。千尋のSNS運用がどんどん本格的になっていく。
◆
水野屋を訪れると、店内はお祭りの準備で活気に満ちた雰囲気だった。
「健太君、来てくれたのね」
祖母が安心したような顔で迎えてくれた。
「秋祭りの準備、よろしくお願いします」
店の奥では、千尋が大量の材料を準備していた。
「健太さん!来てくださったんですね」
千尋がエプロン姿で出てきた。いつもより生き生きとして見える。
「まず何から始めましょうか?」
「そうですね……まず、明日の仕込みの準備から」
千尋が説明してくれた。
「秋祭りでは、紅葉をモチーフにした和菓子を中心に販売するんです」
「どのくらい作るんですか?」
「例年だと、300個くらい売れるんです」
「300個!?」
僕は驚いた。
「はい。朝から夕方まで、ひっきりなしにお客様が来られるので」
「それは確かに大変ですね」
僕と千尋は、材料の計量から始めた。白餡、こし餡、上新粉、白玉粉……普段見慣れない材料が並んでいる。
「健太さん、これを量ってもらえますか?」
千尋が秤を渡してきた。手が触れた瞬間、お互いに少しドキッとした。
「あ、すみません」
「いえ……」
二人とも顔を赤くしながら作業を続けた。
「健太さんって、料理とかするんですか?」
千尋が聞いてきた。
「簡単なものなら。でもお菓子作りは全然で、和菓子はましてできません」
「じゃあ、今日は私が先生ですね!いつもと逆で楽しいです」
千尋が嬉しそうに胸を張る。いつも教わる側だった千尋が、今日は教える側になって、とても嬉しそうだ。
「先生、よろしくお願いします」
僕はペコリと頭を下げる。
「紅葉の形を作るのは難しいんですけど、まず餡を丸めるところからですね」
千尋が手を洗って、エプロンを締め直してから手本を見せてくれる。
「まず、こんなふうに手のひらで餡を転がして……」
千尋の手つきは職人のように滑らかだった。手の中で餡がきれいな丸になっていく。
「すごい……本当にプロですね」
「野崎さんに色々教わったんです。手の使い方から、餡の硬さの見極め方まで。小さい頃からやってましたが、独学とプロは全然違いました」
千尋が照れたように笑った。
午後になって、テントや道具の確認を始めた。
「これ、全部運ぶんですか?」
倉庫には、大きなテント、折り畳みの机、パイプ椅子、ガスコンロ、蒸し器、大量の食器などが所狭しと積み重ねられていた。
「300個も作るのに必要な道具ですね」
「はい。明日の朝早くに会場に運んで、設営するんです」
「結構な量ですね」
僕が荷物を持ち上げると、千尋が心配そうに見ていた。
「重くないですか?無理しないでください」
「大丈夫ですよ。これくらい」
実際、思ったより重かったが、千尋の前では平気な顔をした。
「健太さん、本当に助かります」
千尋が感謝の眼差しを向けてきた。
夕方、一日の準備作業を終えて、みんなでお茶を飲んだ。
「健太君のおかげで、今年は随分と準備が早く終わったわ」
祖母が嬉しそうに言った。
「明日は朝6時集合なんです。大丈夫ですか?」
千尋が心配そうに聞いてきた。
「全然平気です。楽しみですよ」
「秋祭りは、水野屋にとって大切なイベントなんです」
千尋が説明してくれた。
「一年で一番たくさんの人に、うちの和菓子を知ってもらえる機会なんです。去年は一日で500人くらいの方が来てくださって」
「500人!すごい人数ですね。どんな人が来るんですか?」
「家族連れが多いですね。午前中はお年寄りの方、午後は子供連れのご家族。子供たちも和菓子作りの実演を楽しみにしてくれて、『わあ、すごい!』って目を輝かせてくれるんです」
千尋が嬉しそうに去年の思い出を話してくれた。
千尋の目が輝いている。
「健太さんにも、ぜひ販売を手伝ってもらいたいです。午前10時から午後4時まで、ずっと立ちっぱなしで大変ですけど」
「僕でよければ。接客とかしたことないですが、大丈夫でしょうか」
「大丈夫です。『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』が言えれば十分ですから。健太さんの人柄なら、きっとお客様にも好かれると思います」
千尋の言葉が嬉しかった。
帰り道、千尋と二人で歩いていると、夕焼けが街を染めていた。
「健太さん、今日は本当にありがとうございました」
「いえ、楽しかったです」
「和菓子作り、どうでした?」
「難しいけど、面白いですね。千尋さんの手さばきがホントプロ級でした。流石でした」
千尋が照れたように笑った。
「明日、たくさんのお客様に喜んでもらえるといいな。紅葉の和菓子、どんな反応があるか楽しみです」
「きっと大丈夫ですよ。千尋さんの和菓子は美味しいですし、作っている姿を見せるのもきっと喜ばれますよ」
「健太さんがいてくれるから、心強いです」
千尋が立ち止まって、僕を見つめた。
「本当は、健太さんと一緒に何かをするのが、すごく楽しくて」
千尋の言葉に、僕の鼓動が早くなった。
「僕も同じです」
二人の間に、甘い沈黙が流れた。
駅に着いて、改札前で立ち止まった。
「明日、朝早いですけど大丈夫ですか?」
千尋が心配そうに聞いた。
「まかせてください。うちの目覚まし時計三台が火を吹きますよ!」
「火を吹いちゃ危ないですよ」
千尋がくすっと笑う。僕もつられて笑ってしまう。こんな他愛のない会話が、とても楽しい。
「私も……健太さんと一緒だから、楽しみです」
千尋が恥ずかしそうに俯いた。
「じゃあ、明日6時に」
「はい、遅れないようにします」
別れ際、千尋が僕の袖を軽く引いた。
「健太さん」
「はい?」
「明日、一緒に頑張りましょうね」
千尋の笑顔が、夕暮れの中で輝いていた。
「はい、頑張りましょう」
家に帰ってから、明日の準備をした。動きやすい服、タオル、飲み物……
秋祭りで千尋と一緒に働けることが、とても楽しみだった。たくさんの人に水野屋の和菓子を知ってもらえる。そして何より、千尋との距離がまた少し縮まる気がした。
明日はきっと、忘れられない一日になるだろう。




