第25話 SNS開設大作戦
【2025-09-27】時系列に関する矛盾の解消のための微修正
ある日、僕は約束通り水野屋を訪れた。
今日は、先週作ったウェブサイトの効果を確認しに来たのだ。リュックにはノートパソコンとスマホ、そして一週間かけて調べたデータを詰め込んできた。
「健太さん、お待ちしてました」
千尋が迎えてくれたが、いつもと違って少し元気がない。表情もどこか沈んでいる。
「千尋さん、何かあったんですか?」
「実は……ウェブサイトを作っていただいたのに、お客さんが全然増えてないんです」
奥の座敷に通されると、おばあちゃんも心配そうに待っていた。
「健太君、千尋が落ち込んでるのよ。せっかくウェブサイトを作ってもらったのに……」
千尋が申し訳なさそうに俯いた。
「ウェブサイトはしっかりできているのに、新しいお客さんが全然来てくれないんです」
僕は小さく笑った。
「千尋さん、それは当然ですよ」
二人が驚いたように僕を見た。
「えっ?当然って……なぜですか?」
「順番に説明しましょう。まず、先週千尋さんのウェブサイトにアクセス解析という機能を仕込んでおいたんです」
パソコンを開いて、ウェブサイトの解析画面を表示した。
「アクセス解析というのは、どれくらいの人がサイトを見に来てくれたかを数値で確認できる仕組みなんです。これで水野屋のウェブサイトに何人の人が訪れているかが分かります」
千尋が興味深そうに画面を見つめた。
「では、アクセス数を確認してみましょう」
アクセス数はほぼゼロに近い状態だった。
「一日に2、3人しか見てくれていません……」
千尋が落胆した声で言った。
「なぜアクセス数が少ないんでしょうか?」
僕は少し間を置いてから答えた。
「それは、ウェブサイトの性質にあります。ウェブサイトは『ランディングサイト』なんです」
二人が首をかしげた。
「ランディングサイト、というのはつまり能動的に調べた人がたどり着く場所なんです。『水野屋 和菓子』で検索した人が、店舗情報や商品を詳しく知りたくて到着するゴールなんです。つまり、調べない限りはウェブサイトにたどり着けません。まだほとんどの人が水野屋のことを調べません。なので、調べさえしません。
だから、僕達が作ったウェブサイトに、現状たどり着きようがないのです。」
千尋とおばあちゃんが顔を見合わせた。
「でも、どうしたら多くの人に水野屋のことを知ってもらえるんでしょう?」
「そこで大事になるのがAIDMAという考え方なんです」
僕はノートパソコンでAIDMAの図解を見せた。
「AIDMA」という単語を画面に大きく表示する。
「A(Attention)は注意・認知、I(Interest)は興味、D(Desire)は欲求、M(Memory)は記憶、A(Action)は行動です。
まず、ふとした瞬間、例えばテレビや電車の中吊り広告、SNSなどで目に入って、『知らなかったけどなんか気になる』という『認知』の状態にする。これがAのAttentionの状態です。
そして重要なのは、ここからIのInterestに移る流れなんです。AttentionからInterestへの移行は、『なんか気になる』と思った人の一部が、『もっと詳しく知りたい』と思って行動を起こすタイミングです。
つまり、テレビやSNSなどで、美しい和菓子の写真を見て『あ、これ気になる』と思った人が、『どんなお店なんだろう?』『他にどんな和菓子があるんだろう?』『どこにあるお店なんだろう?』と思って、Googleで『水野屋 和菓子』と検索する。そしてウェブサイトを見て、『水野屋の和菓子美味しそう』と具体的に興味を持つ。これがIのInterestの状態です。
さらに、それをみて、ああ『水野屋の和菓子食べたいなぁ』、ほしいなぁと思ってもらう。これがDesireの段階です。
さらに、『あ、これ来週近くに行くから買うの忘れないようにしよう』となるのがMemoryの段階です。
そして最後に『購入』の段階。これが購入というActionをする段階です」
ふむふむと頷く千尋とおばあちゃん。
「そして、今の水野屋のウェブサイトは『I(Interest)』の段階なんです。『和菓子が欲しい』と思った人が検索して、興味を持って詳しく調べるための場所」
千尋が真剣に聞いている。
「つまり、一番最初の『A(Attention)』が足りないんです。そもそも水野屋の存在を知らない人に、どうやって気づいてもらうか」
「確かに……知りさえしないお店は検索のしようがないですもんね」
うんうんと頷く二人。理解が深まってきたようで何よりだ。僕は続ける。
「そこで重要になるのがSNSなんです」
千尋の目がキラリと光った。
「SNSは『A(Attention)』を担当する最高のツールです。人々が日常的に見ている場所に、水野屋の美しい和菓子を表示させることができます。
彼らがなんとなく見ているページに、美味しそうな和菓子があったら思わず目に留めさせるんです。
そして気になって水野屋のウェブサイトへのリンクを押させたら勝ちですね。」
その説明に、おばあちゃんも身を乗り出した。
「SNSのサービスには色々ありますが……僕が中でもおすすめなのが、Instagramです」
「どうしてです?」
「三つ理由があります。まず、Instagramは『視覚的』なプラットフォーム。美しい和菓子の写真が映える。次に、ユーザーの年齢層が幅広く、和菓子に興味を持つ層と重なる。最後に、ハッシュタグ機能で関連する投稿を探している人に届きやすい」
千尋が納得したようにうなずいた。
「なるほど……確かに私もInstagramで美味しそうなスイーツの写真をよく見ます」
「それじゃあ、実際にInstagramアカウントを作ってみましょう」
千尋の顔が急に明るくなった。
「はい!でも、やっぱり少し不安で……本当に私にできるでしょうか?」
「大丈夫です。最初は誰でも緊張しますよ。まずはアカウント作成から始めましょう」
千尋のスマホを手に取り、Instagramアプリをダウンロードした。
「アカウント名は『mizunoya_wagashi』にしましょう。分かりやすくていいですね」
アカウント作成の手順を丁寧に説明しながら、千尋が一つ一つ入力していく。
「プロフィール写真はお店の暖簾の写真、自己紹介は『明治四十年創業 伝統の手作り和菓子』という感じで」
アカウントが完成すると、千尋の顔が少し明るくなった。
「意外と難しくないですね」
「次は実際の投稿用の写真撮影です。これが一番重要なポイントです」
僕はリュックからスマホ用の簡易三脚を取り出した。
千尋が今朝作った秋の紅葉を模した上生菓子を持ってきてくれた。
「まずは自然光で撮影しましょう。窓際のこの位置がベストです」
僕が千尋に撮影のコツを教える。
「スマホを少し斜め上から。和菓子の立体感が出るように……そう、その角度です」
千尋が慎重にスマホを構える。背景に中庭の緑を入れ、美しい写真が撮れた。
「素晴らしい写真です!和菓子の美しさがよく伝わってきます」
「次は投稿文とハッシュタグの設定です。これがInstagramで成功するための重要なポイントなんです」
千尋が真剣に聞いている。
「投稿文は、写真を見た人に『もっと知りたい』と思わせる役割があります。単に商品名を書くだけでなく、作り手の想いや季節感、こだわりを伝えることで、見る人の心に響かせるんです」
ふむふむ、とメモをとる千尋。
「では、まず千尋さんに投稿文を考えてもらいましょう。この紅葉の上生菓子について、どんな想いを込めて作ったか、自分の言葉で表現してみてください」
千尋が少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
「えーっと……『今朝、庭の紅葉を見ながら作った上生菓子です。一枚一枚の葉の色合いにこだわって、秋の美しさを和菓子で表現しました。見ているだけでも季節を感じていただけたら嬉しいです』……どうでしょうか?」
僕は思わず拍手した。
「素晴らしいです!千尋さんらしい温かさと、職人としてのこだわりが両方伝わってきます。特に『庭の紅葉を見ながら』という具体的なエピソードがいいですね。作っている情景が浮かんできます」
千尋の顔が嬉しそうに輝いた。
「本当ですか?」
「はい。SNSでは、こういう『作り手の顔が見える』投稿が一番響くんです。技術だけでなく、人柄も伝わってくる」
「ハッシュタグはもっと重要です。これがないと、水野屋に興味がない人の目に触れる機会がほとんどありません。ハッシュタグは『検索キーワード』の役割を果たすんです」
僕はノートパソコンで事前に調べたハッシュタグリストを見せた。
「今回の紅葉の上生菓子なら、日本語では『#和菓子』『#上生菓子』『#紅葉』『#秋スイーツ』『#手作り』『#伝統菓子』『#水野屋』、英語では『#wagashi』『#japanesecake』『#handmade』といったタグを選びました」
「こんなにたくさん……」
「それぞれに理由があるんです。日本語の『#和菓子』『#上生菓子』は、和菓子好きな日本人が検索するメインキーワード。英語の『#wagashi』『#japanesecake』は海外の日本文化に興味を持つ人向けです。『#紅葉』『#秋スイーツ』は季節感を求める人向け。『#手作り』『#伝統菓子』は品質にこだわる人向け。そして『#水野屋』は店名での検索対策です」
千尋が一生懸命メモを取っている。
「これでいよいよ投稿の準備が揃いました」
さあ、初投稿だ。
「緊張します……」
千尋が深呼吸して、『投稿』ボタンを押した。初めての投稿が完了すると、千尋の顔が嬉しそうに輝いた。
「投稿できました!」
「おめでとうございます!では、実際に投稿されているか確認してみましょう」
僕たちは水野屋のInstagramアカウントを開いた。そこには、先ほど撮影した美しい紅葉の上生菓子の写真が表示されていた。
「本当に投稿されてる!」
千尋が興奮している。おばあちゃんも画面を覗き込んで感心していた。
「綺麗な写真ね。千尋の和菓子がこんなに素敵に写るなんて」
「投稿文もハッシュタグもしっかり表示されています。これで全世界の人が水野屋の和菓子を見ることができるようになりました」
千尋が感動したように画面を見つめている。
「すごいです……私が作った和菓子が、こんなふうに多くの人に見てもらえるなんて」
その時、スマホの画面が光った。通知が表示されている。
「あ、何か来てます!」
千尋がタップすると、「いいね」の通知が表示された。
「もう『いいね』がついてる!」
僕たちは投稿を確認した。確かに1つ「いいね」がついている。
「投稿してまだ3分くらいしか経ってないのに……」
さらに数分後、また通知が来た。今度は2つ目の「いいね」だった。
「どちらからの方なんでしょう?」
僕が「いいね」をくれたユーザーのプロフィールを確認すると驚いた。
「1人目はアメリカの方で、2人目はフランスの方ですね。プロフィールを見ると、どちらも日本の文化に興味を持っている方のようです」
千尋とおばあちゃんが目を丸くした。
「えっ!海外の方が?」
「そうです。ハッシュタグの効果ですね。『#wagashi』や『#japanesecake』で検索している外国の方の目に留まったんです」
千尋が興奮を抑えきれない様子だった。
「信じられません……私の作った和菓子を、アメリカやフランスの方が見てくださってるなんて……」
「次はTwitterも作ってみましょう」
Twitterのアカウント作成はInstagramよりも簡単で、短時間で完了した。千尋は精力的に初ツイートを投稿した。
「InstagramとTwitterの設定が完了しましたが、ここからが本当に重要なポイントなんです」
千尋とおばあちゃんが真剣に聞いている。
「SNSで成功するためには、投稿頻度がとても大事なんです。一度投稿して終わりではなく、定期的に継続して投稿することで、フォロワーを増やし、水野屋の認知度を高めていく必要があります」
「どのくらいの頻度で投稿すればいいんでしょうか?」
「理想的には、Instagramは週に2〜3回、Twitterは毎日投稿できると良いですね。ただし、無理をして続かなくなるより、無理のない範囲で継続することが一番大切です」
千尋が少し不安そうな表情を見せた。
「毎日となると、なかなか大変そうです……」
「そうですね。実は、SNSには自動投稿という機能もあるんです。事前に投稿内容を作っておいて、指定した時間に自動で投稿してくれるシステムです」
「それは便利ですね!」
僕は少し申し訳なさそうに続けた。
「ただ、自動投稿システムを導入するには、専用のツールやサービスを使う必要があって、費用もかかってしまうんです。今回は予算の関係で、手動での投稿をお願いすることになります」
千尋が頷いた。
「分かりました。せっかく教えていただいたんですから、手動でも頑張って継続してみます!」
午後は、撮影のコツや投稿のタイミング、ハッシュタグの使い方などを練習した。千尋はすぐにコツを掘んで、素晴らしい写真を何枚も撮った。
夕方になって、一通りのInstagramとTwitterの設定が終了した。
「これで水野屋さんも本格的なSNS活動のスタートですね」
千尋が深々とお礼をした。
「健太さんのおかげで、新しい世界が開けそうです。きっとたくさんの人に水野屋の和菓子を知ってもらえますね」
帰り際、千尋が見送りに出てきてくれた。
「健太さん、今日は本当にありがとうございました。AIDMAの話、すごく勉強になりました」
「これから水野屋の美しい和菓子が、Instagramでたくさんの人に見てもらえるようになりますね」
「はい!頑張って投稿します」
千尋の明るい笑顔を見て、僕は確信した。きっと水野屋のSNSは成功する。そして、千尋と一緒にAIDMA理論を学びながら、新しいマーケティングに挑戦できることが嬉しかった。
家に帰ってから、僕は千尋のアカウントをフォローした。明日からの投稿が本当に楽しみだ。
◆
自分の部屋に戻ると僕はゴロンとベッドの上に横たわる。
今日一日を振り返ってみた。
正直に言うと、今日は内心かなりドキドキしていた。AIDMAやSNSマーケティングの話も、実は一週間前にネットで必死に調べただけの付け焼き刃の知識だった。千尋の前では自信満々に説明していたけれど、本当に正しいことを言えているのか、途中で何度も不安になった。
特に「Attention段階が足りない」とか「ハッシュタグは検索キーワードの役割」とか、理論的には分かっていても、実際に効果があるのかは正直分からない部分も多かった。もし間違った情報を教えてしまって、千尋さんやおばあちゃんを困らせてしまったらどうしよう、という不安もあった。二人が僕を信頼して聞いてくれているからこそ、余計にプレッシャーを感じていた。
でも、今日千尋と一緒にInstagramアカウントを作って、投稿して、数分後に海外から「いいね」がついたのを見た時、理論が現実になった瞬間を目の当たりにした。あの時の千尋の驚いた顔と、「アメリカやフランスの方が見てくださってる」と感動している姿を見て、僕自身も本当に驚いた。
今まで僕が知っていた世界は、プログラミングやウェブサイト制作といった、どちらかと言えば技術的な分野だった。でも今日、SNSを通じて人と人が繋がり、文化を超えて美しいものが共有される世界を初めて体験した。
千尋の手作りの和菓子が、言葉の壁を越えて世界中の人に届く。そんな可能性があることを、今日初めて実感として理解した。
僕にとっても、とても勉強になった一日だった。そして、千尋と一緒に新しい世界の扉を開けた気がする。




