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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第23話 千尋の世界

 水野屋を出て、帰り道、千尋が僕を駅まで送ってくれた。


 日曜日の夕方にもかかわらず、駅に続く商店街は思いの外静かで、二人の足音だけが響いていた。


「あの……健太さん」


「はい」


「店のこと、どう思いましたか?正直に教えてください」


 千尋の声は少し震えていた。きっと、本当のことを聞くのが怖いのだろう。


 僕は少し考えてから、正直に答えることにした。


「すごく素敵なお店だと思います。歴史の裏付けのあるお店で、作られてる和菓子も本当に美しくて。でも……」


 僕が言いかけると、千尋は不安そうな表情になった。


「でも?」


「水野屋さんの課題も、見えてきました」


 僕の言葉に、千尋は生唾を飲む。


「課題、ですか。それは若者が和菓子を食べないという?」


「それは課題の一側面でしかありません」


「他にも課題があるんですか?」


「ええ。水野屋さんは魅力的なお店です。歴史に裏付けられた繊細な伝統の和菓子。

 しかし、その存在が誰にも知られていないんです。恥ずかしながら僕も千尋さんに教えていただくまで知りませんでした」


「そうですよね。だから、もっと頑張って美味しいお菓子を作らないと……」


「違うんですよ。千尋さん。考えてみてください。どうして『もっと美味しいお菓子』を作ったら、もっと知られるんです?」


「えっと……」


 思わぬ方向で指摘され、しばし黙考する。僕は千尋が答えを出すのを待つ。


「美味しくなったね、って言われて噂になるからでしょうか?」


「その噂をするのはどなたです?常連さんはすでに買ってくれてるわけですし、常連さんのする噂ってどれくらい広がるものでしょうか?すでに常連になるほど来てくれているってことは、日常会話で話題にしてくれてても不思議はありません。それでも客層が増えないということは、噂による見込み顧客はこれ以上増えようがない状態ということです」


 千尋はハッとする。


「ということは私がやっている和菓子作りの勉強は無駄ということです?」


 すがるように呟く千尋。


「とんでもない。千尋さんが和菓子作りをすることは『次世代に継ぐ』という観点で非常に大事です。僕が言いたいのは、『もっと買ってもらうにはそれでは不十分』ということです」


「たしかに……」


 千尋は僕の言葉を咀嚼できたようだ。


「ということは常連客以外を開拓しないといけない、ということですか?」


「はい、それが目下の課題だと思います。ただ、まだどうしたらいいかはまだ僕も考えているところなんですけどね」


 僕は申し訳無さそうにいうと、千尋は首をふる。


「いいえ、ただただ頑張ればいい、と思考停止していたことに気づけただけでも十分です。言いにくいことを言わせてしまってごめんなさい」


 頭を下げる千尋。


「こちらこそ厳しいことを言ってしまいました。でも僕全力で頑張ります。見ててくだい」


「いえ、健太さんに任せっきりというわけにはいきません。私ももっと色々考えてみます。気づきを与えてくれてありがとうございました」


 駅に向かう道中二人は無言だった。気まずい、というよりはお互いに、水野屋の課題を考えていたからだ。


 しばらく歩いた後、千尋が小さな書店の前で足を止めた。


「あ」


「ここです。私がよく本を買う書店」


「雅堂書店」という看板が掲げられた、こじんまりとした本屋だった。ショーウインドウには新刊の文学書が並んでいる。


「今度一緒に本を見に行きませんか?健太さんが読んでる理科の本も見てみたいし、私のおすすめの文学書も紹介したいんです」


 千尋の提案に、僕の心が弾んだ。


「ぜひ。僕も千尋さんが普段どんな本を読んでるのか興味があります」


「それじゃあ、今度の土曜日はどうですか?」


「はい、喜んで」


 千尋が明るく笑った。その笑顔を見ていると、さっきまでの悩ましげな表情が嘘のようだった。


 駅の改札前で、千尋が振り返った。


「健太さん、改めて今日は本当にありがとうございました」


「僕の方こそ。千尋さんの世界を少し見せてもらえて、とても有意義でした」


 千尋が首を傾げた。


「私の世界?」


「はい。水野屋での千尋さん、和菓子を作る千尋さん、おばあさんと話す千尋さん。いつもの電車の中とは違う千尋さんを見ることができました」


 千尋の頬がほんのり赤くなった。


「私も、健太さんに私の大切な場所を見せることができて嬉しかったです。祖母も『また来てね』って言ってました」


「ぜひまたお邪魔させてください」


 改札を通る前に、千尋が振り返った。


「あの、健太さん。今度お店に来るときは、健太さんの好きな理科の本、持ってきてくれませんか?私も読んでみたいんです」


 僕は目を見張った。千尋が理科の本に興味を持ってくれるなんて。


「本当ですか?」


「はい。健太さんが夢中になってるものを、私も知りたいんです」


 その言葉に、僕の胸が温かくなった。


「分かりました。今度、面白い本を選んで持っていきますね」


「それと……」


 千尋が少し迷うように言った。


「健太さんがお手伝いしてくださるって言ってくれた件、私も考えてみたんです」


「というと?」


「はい。私もホームページ制作、ぜひ一緒にやりたいなって。私はデジタルのことは分からないことが多いので、難しいことはできないけど、ホームページに載せる文章は書けますから。それに、SNSも気になって」


「SNSですか?」


「はい。友達がInstagramで写真を投稿してるのを見て、和菓子の写真も載せられたらいいなって思ったんです」


 千尋の意外な提案に、僕は嬉しくなった。


「それ、すごくいいアイデアです!TwitterやInstagramなら、若い人にも見てもらえますし」


「本当ですか?でも、使い方が分からなくて……」


「大丈夫です。一緒に勉強しましょう。まずはホームページを作って、それからSNSアカウントも作りましょう」


「健太さんと一緒なら、できそうな気がします」


「楽しみにしてます」


 千尋から『一緒』という言葉が出てきて舞い上がる。僕はもっと千尋に近づける。楽しいことも大変なことも共有できる。


 千尋の笑顔を見送りながら、僕は電車に乗った。今日は千尋の新しい一面をたくさん見ることができた。水野屋の課題への理解、そして僕への信頼。


 窓から流れる景色を見ながら、僕は思った。水野屋にとって一番良い解決策が見つかればいいな、と。そして、その解決に千尋と一緒に取り組めることが、とても嬉しかった。


 電車が僕の最寄り駅に着くまで、僕はずっと千尋のことを考えていた。

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