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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第20話 健太の決意

夏休みが終わり、新学期が始まった。


春休みは千尋と全く会えなかったが、夏休みはLINEを交換したおかげで、僕たちの関係は少しずつ深めることができた。


軽井沢での星空の写真、野崎さんの工房での和菓子作りの体験談、そしてたくさんの日常の会話。これまでにない、充実した夏休みだったと思う。これも全部千尋のおかげだ。


夏休み中のLINEでも、いつも千尋の方が自分に合わせてくれていた。『星空の不思議』を実際に軽井沢に持参して星座を探してくれて、科学のことも熱心に聞いてくれて。


千尋の和菓子屋の問題で野崎さんを紹介できた時は嬉しかった。


とここまで考えが至ったところではっとする。


そういえば僕は、それ以外に千尋のことをどれだけ知っているだろう?


千尋はどんな本が好きなんだろう。どんな家族なんだろう。和菓子作り以外に、どんなことを考えて毎日を過ごしているんだろう。何が好きで、何が嫌いで。


口では千尋さんが気になる、といいながら僕はずっと表面的なところしか見てこなかったのかもしれない。和菓子を通じてちょっと知った気になってたけど、ほんとうの意味で知ろうとしてきただろうか?


千尋は祖母からの影響で文学を読んでいる。和菓子店の娘として、教養を身につけようとしている。でも、千尋の内面的な世界について、僕はまだほとんど知らない。


もっともっと千尋のことを知りたい。千尋の大切にしているものを理解したい。



新学期初日の朝、僕はいつもの7時22分の電車のいつもの場所に乗った。夏休み中のLINEを通じて、もっと千尋のことを知りたいと思うようになっていた。今日こそ、千尋のことをもっと聞いてみよう。


電車に乗ると、千尋は今日も文庫本を読んでいた。今日は森鴎外の『舞姫』だった。


「千尋さん、お聞きしたいことがあるんです」


僕が声をかけると、千尋は本から顔を上げた。


「何でしょう?」


「野崎さんとの和菓子修行、どうですか?」


千尋の顔が明るくなった。


「とても充実しています。野崎さんは優しくて、基礎の基礎から丁寧に教えてくださるんです。

今は基本的な餡の作り方から学んでいてですね……」


「めっちゃ順調じゃないですか。さすが千尋さん。


そういえば、なんですが、もしよかったら千尋さんご自身のお店のことも、もっと詳しく聞かせてもらえませんか?実は、水野屋さんのこと、まだよく知らなくて」


僕が真剣に聞くので、千尋は嬉しそうな顔をした。僕が自分のことに興味を持ってくれているのが嬉しいのだろうか。


「そうですね。どこから始めましょうか……


水野屋は明治時代から続く小さなお店です。曾祖父が創業して、おばあちゃんが二代目として頑張って続けてきて……母が三代目を継いで、今は私も手伝っています」


千尋の表情が、いつもより誇らしげだった。家族のお店のことを話している時の千尋は、普段とは違う輝きがあった。


「明治時代からってそんな長い歴史があるんですね。どんなお菓子を作られるんですか?」


「季節のお菓子が中心です。春は桜餅、夏は水羊羹、秋はおはぎ……祖母が昔から受け継いできた味です」


千尋が嬉しそうに説明してくれる。


「以前もお話させていただきましたが……よければ、近々お店に伺ってもいいです?」


僕が恐る恐る言うと、千尋が驚いた顔をした。


「もちろん大丈夫ですけど」


どうして?と首を傾げる。


「千尋さんが普段頑張っているお店を、見せていただきたくて。僕これまで無責任にお手伝いしたい、って言ってきたけど、知りもしないで勝手なことを言ってきたなって。もっともっと千尋さんのことを知ったうえでお手伝いしたいなって」


僕の言葉に、千尋の頬がほんのり赤くなった。


「桜ヶ丘駅、桜ヶ丘駅です」


アナウンスが流れた。


「お気遣いありがとうございます。それなら、今度の日曜日はいかがですか?場所は……」


と言いかけたところで、「ドアが締まります」、という電車のアナウンス。千尋は慌ててプラットフォームに降りた。


「LINEで詳しく送りますね」


千尋が答えた。


千尋のことを知れば知るほど、もっと知りたくなる。そして、千尋の大切なものを、自分も大切にしたくなる。


家に帰ってから、僕はインターネットで和菓子について調べた。伝統的な和菓子の歴史、種類、作り方。季節の菓子の意味。


桜餅は春の訪れを祝う菓子。水羊羹は夏の涼を表現した菓子。おはぎは秋の収穫を感謝する菓子。


一つ一つに意味があり、物語がある。それを知ってから、僕は和菓子をただのお菓子ではなく、文化として見るようになった。


千尋が大切にしているものを理解したい。それが、千尋を理解する第一歩だと思った。


LINEで店の場所を教えてもらった。桜ヶ丘駅から徒歩10分、商店街の中にある「水野屋」。


『今朝お話してました、うちに来ていただく時間ですが、午後2時頃いかがでしょうか?と1時~3時の時間帯は比較的すいているんです』


千尋からのメッセージに、僕はすぐに返事をした。


『はい、ぜひお伺いさせてくださいよろしくお願いします!』


僕は前に進んだことが嬉しく、足をバタバタさせたのだった。

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