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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第17話 職人との出会い

 土曜日の午後、僕は千尋と駅前で待ち合わせた。いつもより早めに家を出て、約束の時間の15分前には到着していた。


 千尋も約束の時間の10分前に来た。楽しみにしてくれたのだろうか。


 いつもの制服ではなく、淡い青色のワンピースに白いカーディガンを羽織っていた。私服の千尋を見るのは初めてで、ドキドキした。可愛い。


「お早いですね。お待たせちゃいましたか?」


「いえ、僕も今来たところです」


 僕は、可愛い千尋にもじもじしながら答えた。


「健太さん、今日は本当にありがとうございます」


 千尋が深く頭を下げた。


「気にしないでください。僕も今日楽しみにしてたんですよ。じゃあ行きましょうか」


「はい!」


 ◆


 野崎さんの工房は、駅から歩いて20分ほどの距離だったが、千尋と色々話していたらあっという間だった。


 そこは、住宅街の一角にある古い日本家屋だった。看板には「野崎和菓子工房」と書かれている。


「なんだかちょっと緊張します」


 千尋が小さく言った。


「大丈夫ですよ。母が言うには、とても優しい方だって」


 僕が励ますと、千尋は少し安心したような顔をした。


 呼び鈴を鳴らすと「は~い」という声がした。


 僕もなんだか緊張してきた。心なしか手汗がでてきた。


 ガラッと音がなり野崎さんと思しき、白髪の老人が玄関から顔を出す。


 60代の穏やかそうな男性だった。白髪で、職人らしい丁寧な身のこなしをしている。


 僕はごくっとつばを飲み込むと勇気を出して切り出した。


「はじめまして、僕は佐藤健太と申します。あの、野崎さんでしょうか?」


「うん。君が健太くんだね。お母さんから聞いたよ。和菓子作りについて学びたいって」


「はい。千尋さんの家のお店で……あ、紹介が遅れました。こちらがおうちが和菓子屋さんの……」


「は、はじめまして。紹介に預かりました、私、水野千尋と申します!」


 ペコリとお辞儀する千尋。まじまじと見る野崎さんは顎をひと撫でする。


「ああ、水野屋さんの娘さんか。もちろん知ってるよ。老舗の良いお店だ」


 千尋が驚いた。


「ウチのお店のこと、ご存知なんですか?」


「もちろん。昔は同業者の集まりでよくお会いしてた。お祖父さんは職人気質の立派な方だったなあ」


 野崎さんの目が優しくなった。


「最近は大変だろうね。でも、伝統的な和菓子の技術はそう簡単には失われないものだよ」


 野崎さんは千尋に向かって言った。


「君が跡を継ぐつもりなのかい?」


 千尋は少し困ったような顔をした。


「それは……まだ分からないんです」


「無理に決める必要はないさ」


「でも、家の手伝いはしたくて、私もお手伝いしてるんです。その、自分でも和菓子作りを勉強してるんですが、全然うまくならなくて力になれなくて歯がゆくて──

 それでご相談にのっていただきたくて」


「ああ、そういうことかい。うん。若い子が和菓子作りに興味を持ってくれるのは嬉しいねぇ」


 うんうん、と頷く野崎さん。


「それなら、もしよかったら、時々ここに来てみないかい?基本的なことから教えてあげるよ」


 千尋の目が輝いた。


「本当ですか?」


「ああ。ただし、片手間でできることじゃない。本気で学ぶつもりがあるという条件付きだが」


 千尋は僕を見た。僕は頷いた。


「もちろん本気です。ぜひともお願いします!」


 情熱的な千尋の言葉に、野崎さんは優しく頷いた。


「それじゃあ、来週の土曜日から始めようか。まずは基本的な餡の作り方からだ」


「本当にありがとうございます」


 千尋が深くお辞儀をした。


「いやいや、若い世代に技術を教えられるのは嬉しいことだよ」


 野崎さんがおもむろに立ち上がり工房の奥へと向かう。そして、小さな包みを持って戻ってきた。


「これは今朝作った羊羹だ。ほら、食べてみて」


 僕と千尋は遠慮がちに受け取った。一口食べると、上品な甘さが口の中に広がった。


「美味しいです」


 僕が素直に感想を言うと、野崎さんは嬉しそうに笑った。


「ありがとう。でも、これくらいは千尋さんも必ず作れるようになるよ」


 少し歓談したあと、別れの挨拶をして、工房を出る。


 千尋は何度も振り返って野崎さんに手を振った。


 ◆


「健太さん」


 歩きながら、千尋が小さく声をかけた。


「はい」


「今日は本当にありがとうございました。健太さんのお母さんにもお礼を伝えてください」


「母も喜ぶと思います」


「野崎さん、とても優しい方でしたね。おじいちゃんのお友達だったなんて」


 千尋の顔が明るかった。久しぶりに見る、心から嬉しそうな表情だった。


「良かったです。千尋さんが笑ってると、僕も嬉しくなります」


 僕がそう言うと、千尋は少し頬を赤らめた。


「──健太さんって、優しいですね」


「そんなことないです」


「いえ、優しいです。私のために色々してくれて」


 二人は並んで歩いた。夕方の住宅街は静かで、時々犬の散歩をする人とすれ違った。


「健太さんは、和菓子がお好きなんですか?」


 歩きながら、千尋が聞いてきた。


「うーん、普段全く食べないわけじゃないんですが、正直、頻繁には食べないですね。

 でも、野崎さんの羊羹は本当に美味しかったです」


「そうですか……」


 千尋が少し考え込んだ。


「どうしました?」


「いえ、今度、うちのお店の和菓子も食べてもらえたらいいなって」


「もちろんです!ぜひ食べたいです」


 僕の即答に、千尋が嬉しそうに微笑んだ。


「来週から頑張ります」


「僕も時々見学に行ってもいいですか?」


「もちろんです。一緒に勉強しましょう」


 千尋の返事に、僕の胸がドキドキした。これからも千尋と一緒に時間を過ごせる。それだけで十分だった。


 駅までの帰り道、千尋が突然立ち止まった。


「健太さん」


「はい?」


「私、その……」


 千尋の目にうっすら涙が浮かんでいた。


「今日、本当に嬉しかったんです。野崎さんがおじいちゃんのことを覚えていてくださって、私に教えてくださるって言ってくださって……」


 僕は黙って千尋の話を聞いた。


「おじいちゃんが亡くなってから、お店のことで頭がいっぱいで、何も考えられなくて。でも今日、少し希望が見えた気がします」


「それは……良かったです。ホントに……」


 僕は心からそう思った。


「健太さんのおかげです。本当に、本当にありがとうございます」


 千尋が深くお辞儀をした。


「そんな、大げさですよ。僕はただ……」


「ただ?」


「千尋さんの笑顔が見たかったからです」


 僕の言葉に、千尋の頰が赤く染まった。


「健太さんは、ずるいです」


「え?」


「そんなこと言ったら、私……」


 千尋が言いかけて、止めた。


「来週から、頑張りましょうね」


「はい、一緒に頑張りましょう」


 夕陽が二人を優しく照らしていた。

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