第15話 初めてのLINE
夏休みが始まった。
僕は毎朝、習慣でいつものように7時22分発の電車に乗ったが、千尋はいなかった。当たり前のことなのに、妙に物足りなかった。
ではLINEは送ったのか、というと、Lineも交換はしたものの、なかなか最初のメッセージを送る勇気が出せず今に至っている。
「健太、今日も早いのね」
母が朝食を用意しながら言った。
「うん、なんとなく」
「夏休みなのに律儀ね。その時間の電車で外出する必要もないでしょう?」
母は鋭い。僕は曖昧に頷いた。
電車の中で、僕は千尋がいつも立っていた場所を見つめた。空いているその場所が、なぜか寂しく感じられた。学校生活があった時は、毎朝会えることを当たり前だと思っていたのに。
◆
夏休み三日目の夕方、僕はついに我慢できなくなって、勇気を出してLINEを送った。
何度も文章を書き直して、消して、また書いて。
『千尋さん、お疲れさまです。
お店のお手伝い、大変ですか?』
シンプルに、でも心配している気持ちが伝わるように。送信ボタンを押すのに五分もかかった。
一時間後、返事が来た。Lineのメッセージ着信音が鳴った瞬間、僕の心臓が跳ね上がった。
『健太さん、お疲れさまです
今日は朝から和菓子作り。
おばあちゃんに鬼のように指導されました
でも少し上達したかも』
『和菓子って?』
『ああ、言ってませんでしたね、すみません。
うちは和菓子屋なんです。「水野屋」という小さなお店で、
明治時代からずっと続いてる老舗なんですが……
最近は大変でおばあちゃんも体調を崩しがちで、
コンビニとかの安いお菓子に押されてお客さんも減ってるんです』
『ご実家は和菓子屋さんだったんですね。
最近和菓子食べる人減ってそうですし、大変そうですね。』
『そうなんですよ。少しでもお手伝いしたくて、私も小さい頃からお手伝いはしてたんですが、お菓子作りについては、ちゃんと教わったことがなくて、あまり力になれてないんですよね……
夏休みを使って独学でちゃんとした和菓子作りを勉強してるのですが……
思ってたより全然大変で、一人じゃ限界があるなって』
『千尋さんが自分の力で何とかしたいって気持ち、すごく分かります』
メッセージを送ったあとしばし考える。僕も千尋さんの役に立てないだろうか──
『僕に何かお手伝いできることがあればいいのですが……』
メッセージを送る。
『そうですね……』
というメッセージのあと数分通知が止まる。
『もし、和菓子作りを教えてくれる方をご存知でしたら……
もっと和菓子作りがうまくなって、お仕事のお手伝いができたらと思うのですが、おばあちゃんに教えてもらうわけにも──
おばあちゃん、体調崩しがちなのに教えてもらうのに無理させちゃ元も子もないなって』
『なるほど、わかりました!周りに聞いてみます!
それに、ネットでも調べてみますよ。
和菓子の職人さんや教室の情報もちょっと検索してみますね!』
『ありがとうございます!
私も上達したら健太さん専用の和菓子作っちゃいます
楽しみにしててくださいね♥』
僕はその最後のハートマークを何度も見返した。ハートマーク!ダイヤでもスペードでもなくハートマーク。ってなんだそりゃ。
ハートマークに舞い上がり気がついたら五分経っていた。
返事をしていないことに気づいてあわてて、
『楽しみにしてます』
と返して会話を終えた。
♥
ピンク色の二重ハート。千尋が、自分にハートマークを送ってくれた。
(これって……どういう意味だろう)
僕はスマホを握りしめた。友達同士でもハートマークは使うものなのか?それとも、何か特別な意味があるのか?
男子校にいると、こういうことが全然分からない。山田たちとのLINEでは、しょうもないスタンプしか使わない。ハートマークなど絶対に使わない。男同士だから当たり前だが。
僕は画面をスクロールして、今までの千尋とのやりとりを見返した。これまではハートマークが使われたことは一度もない。しかも今回のは二重ハートで、なんだか特別な感じがする。
僕は慌てて返事を考えた。でも、どう返したらいいか分からない。自分もハートマークを使った方がいいのか?でも変に思われないか?
結局、僕は無難な返事を送った。
『ありがとうございます
僕も千尋さんのお役に立てるよう頑張ります』
送信してから後悔した。なんか堅い返事になってしまった。
千尋からは『はい』というシンプルな返事が来た。ハートマークはなかった。
(やっぱり変な返事だったかな……)
僕は天井を見つめた。もっと自然に返事ができたら良かったのに。
◆
その夜、僕は思い切って山田にLINEした。
『女の子からハートマークが来たら、どういう意味?』
『え!?健太に女の子からハートマーク!?詳しく聞かせろ!!』
山田からすぐ返事が来た。
『あ、いや、今のナシ』
『そりゃねーよ。なんだよkwsk──』
僕は慌ててスマホを置いた。
山田よ、既読スルーを許してくれ。
しばらくして、母が部屋にお茶を持ってきた。
「健太、何か悩みでも?さっきから天井ばっかり見てるけど」
「別に……」
「その年頃の男の子って、大抵女の子のことで悩むのよね」
母の指摘に、僕は驚いた。
「なんで分かるの?」
「母親ですもの。で、どんなこと?」
僕は少し迷ったが、聞いてみることにした。
「女の子からハートマークが来たら、どう思う?」
「あら、それは嬉しいことじゃない」
母が微笑んだ。
「でも、友達同士でも使うものなの?」
「使うわよ。でも、使う相手は選ぶものね」
母の言葉に、僕の胸がドキドキした。
でも、あのハートマークのことが頭から離れなかった。




