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7時22分の電車で始まる恋  作者: ほしみん


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第13話 夏の気配

 六月に入り、朝も暖かくなってきた。


「今日から夏服ね」


 母が僕の制服を用意しながら言った。


「うん」


 僕は上の空で答える。僕が衣替えということは彼女も衣替えをしているということだ。夏服もきっと似合うに違いない。


 思わず足取りが軽くなる。


「健太くん、おはよう。今日はなんかごきげんね」


「おはようございます。今日から夏服だからね!」


 ごきげんなのは僕が夏服になったからじゃない。彼女が夏服になるからだ。


 予想通り、千尋も夏服に変わっていた。白いブラウスに紺のスカート。ポニーテールにしていると、うなじが見えるようになった。なんだか、いつもより大人っぽく見える。少し赤くなる。千尋に気づかれてないだろうか不安で、少しそっぽを向く。


 僕は、あの初めて香りを感じた時のことを思い出した。もう三ヶ月も前のことなのに、鮮明に覚えている。その時から、自分の中で何かが変わり始めていたのかもしれない。


「暑くなってきましたね」


 千尋が小さく扇子で仰いでいた。薄い水色の扇子で、とても上品だった。


「もう夏ですね。その扇子、きれいですね」


「ありがとうございます。祖母からもらったものなんです」


 千尋が扇子を見せてくれた。繊細な花の模様が描かれている。きっとおばあさんはセンスの良い人なんだろう。扇子だけに。


 なんてしょうもないことを考えていると、千尋が僕に尋ねてきた。


「健太さんは夏休み、どこか行かれるんですか?」


 彼女の質問の答を考えた。特に予定はないが、それを正直に言うのも何だか寂しい気がした。


「特に予定は……家でのんびりかな。千尋さんは?」


「家族で軽井沢に行く予定です。毎年恒例なんです。父が避暑地が好きで」


「軽井沢ですか。涼しそうでいいですね」


 僕は少し寂しくなった。夏休み中は、千尋に会えなくなる。考えてみれば、この三ヶ月間、学校がある日はほぼ毎日会っていたのだ。それが一ヶ月以上もない期間があるなんて。


「でも、お盆過ぎには帰ってきます」


 千尋が付け加えた。なんとなく、僕の気持ちを察してくれたような気がした。


「そうですか。一ヶ月くらいですか?」


「そうですね。長いですよね」


 千尋も、なんとなく寂しそうな表情をした。


「健太さんに会えないと、寂しくなりそうです」


 千尋がぽつりと言った。僕の心臓が跳ねた。


(千尋さんも、僕がいないと寂しいって……)


 僕は嬉しかった。自分だけじゃなくて、千尋も同じような気持ちでいてくれる。


「僕も……千尋さんがいないと、つまらなくなりそうです。いえ、つまらないどころか、きっと毎朝がつらくなりそうです」


 僕が正直に言うと、千尋の頬がほんのり赤くなった。


「そんな風に言ってもらえて、嬉しいです」


 お互い、少し恥ずかしそうに笑った。でも、その笑顔はいつもより温かい気がした。


「桜ヶ丘駅、桜ヶ丘駅です」


 アナウンスが流れた。電車が桜ヶ丘駅に着く。千尋が立ち上がる。


「それでは……」


「はい」


 千尋が電車から降りる。ドアが閉まる直前、千尋が振り返った。


「健太さん」


「はい?」


「また明日」


「はい、また明日」


 いつもの別れの挨拶だった。でも、今日はなんとなくいつもより特別に聞こえた。言葉は同じなのに、込められた気持ちが違うような気がした。


 僕は、千尋の後ろ姿を見送りながら思った。


 夏の制服の千尋は、いつもより軽やかに見えた。歩き方も、どこか弾むような感じがする。


 そして僕は、はっきりと自覚した。


 きっと、自分は千尋のことを好きになっている。


 三ヶ月前、初めて彼女に気づいた時から、少しずつ変わっていた自分の気持ち。最初は単なる興味だった。次に親しみを感じるようになった。そして今では、彼女がいない夏休みを想像するだけで寂しくなる。


 学校に着くと、山田が声をかけてきた。


「健太、今日は何だか顔が赤いぞ」


「え?」


 僕は慌てて顔を触った。


「暑いからかな」


「まだそんなに暑くないだろう。何かあったのか?」


 山田の鋭い観察に、僕は焦った。


「別に、何もないよ」


「そうか?最近、朝からニヤニヤしてることが多いぞ」


「そんなことないって」


 でも、内心では認めざるを得なかった。きっと自分の気持ちは、顔に出てしまっているのだろう。


 授業中も、僕は千尋のことを考えていた。夏休みの間、会えない日々のことを。そして、夏休み明けに再び会えた時のことを。


 その時、自分はどんな気持ちで彼女を見るのだろうか。

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