仄暗いダム底
ダム建設のため沈んだ旧道。昔、この道で深夜バスに轢かれて消えた女がいたという。ある年、道路は水没し、人々は「見てはいけない」と口を揃えた。
都市伝説を信じない写真家の沙也香は、「その旧道を水中撮影したい」と挑戦する。機材を準備し、小型潜水艦に乗り込む。カメラのレンズがダム湖の水面の底を映し、旧道の標識や古びた標石が不気味な存在感で揺れた。
撮影を進めるうち、画面の隅に人影が浮かび上がり、「助けて」と囁いたような音声が混じった。だが音声は録音データでは確認できない。“目視”で誰かがカメラをじっと見つめている。
回収時、機体は急に深みに引き込まれた。人工的な力が働いたように思えたが、操縦不能となり、浅瀬に浮上した。無事だったが、ダム湖には何かが住んでいると感じられた。
夜、湖のほとりのキャンプ場で映像チェックをしていると、女性の顔が画面に浮かぶ。目が合った瞬間、滋味のある濡れた音が聞こえた。振り返ると、黒い髪が濡れて沈む女性の顔が水面に映り、そして消えた。
翌朝、画面を再生すると、最後にメッセージが残っていた。
「見たな」
沙也香は写真家を辞めた。だが、その水中映像は今も誰にも見せていない――旧道の底に、今も誰かが待っているから。