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レイルが部屋を出ていった後

胸の奥に、じわりと重いものがのしかかっていた。


ユウラ、大丈夫か……?


不安が喉元にまでせり上がってくる。


サクラも隣で黙り込んでいて、何かを考え込むように視線を落としたまま。


ミリはずっと端末を睨んだまま、時折指先だけが冷静に動いている。


「……ミリ、ユウラって、今どこにいるんだ?まだ城の中にいれば――」


俺が言いかけた瞬間だった。


「ユウラはもう城の外だ。レイルに連絡をする」


ミリが端末をスッと操作しながら、淡々とそう告げた。


――通信、接続中――


そのままミリは、レイルに向かって告げる。


「ユウラはもう城の外だ。城付近に探索をかけたが、反応はなかった」


『……わかった。ありがとう』


端末越しに返ってきたレイルの声は、短いながらも、明らかに張り詰めていた。


通信が切れると同時に、俺は頭を抱えるようにうめいた。


「……まじかよぉぉ……ユウラ……」


静まり返る室内に、俺たちの焦燥だけが、濃く滲みはじめていた。


「まさか、この状態で……本当に一人で行ったのか?」


「可能性は高い。ギルド刻印のことも気にしていたし、自分の想いも決めていたはず」


ミリが真っ直ぐ前を見て答えた。


「……誰にも頼らず、一人で行こうとしてるんだね……」


サクラが不安そうに呟く。


サクラの言葉に、俺は言葉を失った。


あのときのユウラの表情、声、震える手。全てが脳裏に焼きついている。


――あの子、もう限界だったんだ。


「ミリ、ユウラが向かう可能性が高い場所って、どこか予測できるか?」


「タルだろうね。刻印を受けるなら、まずそこ。でも……」


「でも?」


「問題はその道中。今、街の外では異常が発生している。外から来ている変質個体の動きも活性化してるしね。通信も不安定になる可能性がある」


サクラが小さく息を飲んだ。


「それって……ユウラ、危ない状況にいるってこと?」


「その可能性もある」


ミリの声は淡々としていたが、そこに含まれる警戒の色ははっきりしていた。


「くそっ……」


俺は拳を握りしめた。


「レイルのことだから、必死にユウラを探してるはず。あんな表情のレイル初めて見たから……」


サクラの言葉には確信があった。


「……そうだな。あいつ、今頃全力で走ってるに違いない」


ミリがまた端末を操作しながら言う。


「今のところ、レイルの位置はギリギリ追えてる。問題は……このままユウラと会えるかだ」


「なんとかして、2人を引き合わせられないのか?」


「私がもう少し広範囲で探索をかける。ギリギリだけど、結界内の魔力残響を拾えるかもしれない」


「ミリ、頼む。俺たちは……このまま見てるしかないのか?」


「いや。もしものための準備はしておいて。場合によっては、こっちからも援護に出る必要があるかもしれない」


「……わかった」


静かに頷いたサクラの目には、明確な決意が宿っていた。


「そろそろリオンとルアが到着するはずだ。今、街中で何が起きてるか……詳しく聞かないとな」


俺は深く息を吐き、ソファの背にもたれた。


「そうだね……なんか、待ってる時間って……すごく長く感じるね」


サクラが膝の上で指を絡めるようにしながら、揺れる瞳を俺に向けてきた。その目には、どうしても拭いきれない不安が滲んでいた。


そのときだった――


「……レイルの行動範囲が、追えなくなった」


ミリが、淡々とした声で呟いた。


「え……?」


俺は、息が止まりそうになった。


「ってことは、どういうことだ……?」


「通信端末も、魔力の反応も、断ち切れた。おそらく城の結界の範囲を越えて、かなり距離をとっている」


「まさか……そんな遠くまで……」


サクラが口元を手で覆った。


「……ユウラを追ってるんだ」


俺は立ち上がり、ミリの端末を覗き込む。


「こんな異常時に……あいつら……」


「レイルなら、ユウラを……見つけてくれるよね?」


サクラの声が震えていた。


俺は言葉を返せなかった。


正直、見つけれるって言い切れる状況じゃない。


今の街は、目に見える異常だけじゃなく、何かもっと深い闇が宿っている。


「……ミリ、他の感知は?個体の動きとか、異常現象とか、なにか引っかかってるのは?」


「まだ解析中。ただ、城の東側……噴水前のカフェの裏手にある細道の上空で小さな歪み反応が出始めてる」


「……なんだって……!」


その時だった――


俺の通信端末が振動した。


「……ん?あ!リオンだ!」


慌てて画面を確認して、ピッと応答ボタンを押す。


「リオン、どうした?大丈夫か?」


『アルトくん、もうすぐ城の前だよ。到着次第サクラちゃんの部屋に行くから!』


息を切らした声の向こうで、小さくルアの声が聞こえた気がした。彼女の声も、無事を知らせるように確かにそこにあった。


「わかった。待ってる」


短く応えて通信が切れた瞬間――


またしても端末が震える。


「……今度は、レイルだ!」


画面をタップすると、すぐにレイルの声が飛び込んできた。


「……レイル、どうなった!?ユウラいたか!?」


心配が先に口を突いて出る。


『……ああ。さっき見つけて、無事に話ができた。今は一緒にいる』


その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。


『ほんとによかった……。早く戻ってこいよ』


安心からか、俺の声も少し緩む。


だが次の瞬間、レイルの声が低く沈んだ。


『それより、大変なことになった。今、街の外れにいる。空に……黒い裂け目みたいなものが現れて、街全体も揺れてて、空気もおかしい』


「……黒い、裂け目?」


思わず声の調子が変わる。


「それ、リオンが前に話してた異常と近い気もするけど……裂け目の話はなかったな。こっちもすぐに確認してみる。今、リオンたちと連絡取ってるから」


リオンたちも無事に来てる。なら、あとは……。


『アルト……悪いが、今いる場所からタルが近い。紋章の刻印、先に済ませてから戻ってもいいか?』


「ああ、それがいい。合言葉は“青の魔道書を12冊、リズの枝を3本、レモンの果汁を加えて”だ。店主のオール――こと、ライトに伝えれば通じる」


『了解。終わり次第すぐに戻る』


「レイル……気をつけろよ。ミリの報告によると、外から来てる変質個体の行動が、今までと違ってきてるらしい。規則性が崩れてる。……何があるかわからない」


『わかった。慎重に動く』


静かに通信が切れた。


……よかった。ふたりは無事だ。


けど、状況は明らかに悪化してる。


――歪み、黒い裂け目、外から来ている変質個体の異常行動。


全てが繋がりそうで、まだ霧の中にある。


「サクラ、ミリ……レイル、今ユウラと一緒にいる。無事だった」


伝えながら、俺はもう一度深く息を吸った。


「よかった……無事、会えたんだね……」


サクラが胸元にそっと手を当て、小さく息を吐いた。安堵と緊張が入り混じるその表情には、張りつめていた不安の糸が、少しだけ緩んだ様子が見てとれた。


「……でも、状況は穏やかじゃない。レイルの話だと、リオンたちの時みたいに街が揺れたり、空気の感じがおかしいらしい。それに、空に黒い裂け目が現れたって」


「……黒い裂け目……?」


サクラがピクリと反応し、思わず手を口元に添える。目の奥には、直感的な嫌な予感が走っているのが見えた。


「ひょっとすると、東側の空に出始めていた歪み反応のことかもしれない」


ミリが端末を操作しながら、冷静に言葉を重ねた。画面を指先でなぞるようにしながら、歪みの座標を確認している。


「それって、さっき言ってた噴水前のカフェ裏の上空のことか……?」


「そう。さっき検知したものと一致するなら、今もそこに存在しているはず」


「……何が起きてるんだよ、ほんとに……」


俺はソファの背にもたれていた体を前に起こし、膝に肘を置きながら頭を抱えた。事態が進行しているのはわかるのに、核心が全く見えてこない。


「あと、レイルとユウラはこのままタルに寄って、ギルドの刻印をいれてくるみたいだ」


「……そうだね。レイルが一緒にいてくれるなら、ユウラもきっと大丈夫。あの子、ようやく……ちゃんと頼れる相手に、手を取ってもらえたんだ」


サクラは少し遠くを見つめるように言いながら、ほんのわずか微笑んだ。


「紋章の刻印は、明日の集会前には必須だからね。時間もないし、二人が今のうちに済ませてくれるなら、それが一番効率がいい」


ミリが端末を操作しながら静かに呟く。


「……無事に、戻ってきてくれればいいけど……」


俺は、ぽつりとそう呟いた。レイルのあの言葉、裂け目、異常……どうにも気がかりが多すぎる。


そのときだった――


「リオンとルアの反応がある。間もなく城門前に到着する」


ミリが端末の画面を指しながら、淡々と報告してくる。


「ほんと!?」


サクラがぱっと顔を上げ、こちらを見た。


「ああ、これで……仲間が揃い出す」


……そう、ここからが本当の始まりかもしれない。


「まずは、リオンたちから詳しく話を聞こう。街で今、何が起きてるのか――」


俺は、背筋を伸ばし、少しだけ深く呼吸を整えた。

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