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SIDE・レイル6

俺たちは静かにグラスを傾けながら、ただ風の音に耳を澄ませていた。けど、その穏やかな時間も、長くは続かなかった。


窓の外――


昼とも夜ともつかない、不気味に滲んだ空の下で、黒い裂け目はさっきよりも一段と大きく広がっていた。まるでこの世界そのものを引き裂こうとしているかのように。


風も強くなっている。木々は根元から揺さぶられ、店先の看板が軋む音が耳に届くたびに、胸の奥がざわりとする。


「おや……」


ライトが、氷の溶けきったグラスをテーブルに置くと、そっと立ち上がって窓の方へと目をやった。


「……状況、悪化してますねぇ」


その静かな言葉に、ユウラが肩をぴくりと揺らした。彼女の手にあるグラスも、ほんの少しだけ揺れていた。


そんな中で、俺は思い切ってライトに声をかけた。


「ライト……ちょっと、聞きたいことがある」


「なんでしょう?」


振り返ったライトは、相変わらず穏やかな笑みを浮かべていたが、その瞳の奥には既に、こちらの胸の内を見透かしているような光が宿っていた。


俺は少し身を乗り出し、声を抑えながら言った。


「……もうふたり、ギルドに入れたい仲間がいる。でも、今の状況じゃ……ここまで連れて来るのは難しいかもしれない」


「明日の集会に間に合わせたい、という感じですか?」


「……ああ、できるなら」


ライトは一度頷いて、少しだけ考えるように顎に指を添えた。そして次に口にしたのは、やけにあっさりとした提案だった。


「でしたら、私が向かいましょうか。その方々は、どちらにお住まいです?」


「……えっ」


一瞬、言葉が詰まる。


……言っていいのか?


その場で口を開きかけて、すぐに閉じた。ライトを危険に巻き込むわけにはいかない。軽々しく城にいるなんて言える状況じゃなかった。


だがそのとき――


「……お城の方ですよね?皆さん」


ライトが、窓の外に視線を向けたまま、ぼそりとそう呟いた。


「……なっ……」


「アルトさんがここへ来たときから、なんとなく感じてました」


俺は思わずユウラの顔を見た。ユウラもまた、驚いたように俺を見返してくる。


「それに、ミリさんもね。言葉の端々で外の事情を匂わせていましたから。あの方は、隠してるつもりかもしれませんけど」


ライトの言葉は、まるで既にすべてを把握していたかのような自然さだった。


「だからと言って、信じていないというわけではありませんよ。むしろその逆です。だからこそ、こうして結界のある店に呼び寄せ、迎え入れたんです」


微笑みながら、ライトは静かに言った。


その笑みに、軽さはなかった。まるで、ずっと前から俺たちの出自も立場も全てを受け入れる準備ができていたかのような、穏やかで、そして頼もしい眼差しだった。


俺の胸の中に張り詰めていた緊張が、わずかに緩む。


「……最初から、わかってたのか」


「まあ、ギルドメンバーですからね。推察は早めの方です」


そう言って、ライトは肩をすくめると、まるで何でもないように付け加えた。


「さて……本題に戻りましょう。ギルド登録が済んでいないおふたり、今から私が迎えに行きます。問題ありませんね?」


その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。


――この人は、本気で俺たちの仲間なんだ。


「……ありがとう、ライト」


俺は、心からそう呟いていた。


「ちなみに、そのお二人のお名前は?」


「……リオンとルアだ」


「リオンさんは知っています。ルアさんは……あまり詳しくはありませんが?」


ライトが答えながら、ふと視線を下げた俺たちの様子をうかがう。俺は少しだけ肩を落として言った。


「ルアは、リオンと同じ日に異世界から連れてこられたみたいだ。けど、途中で城から抜け出して……それからは花屋で働いていたらしい」


「……なるほど。そういう経緯だったんですね」


ライトは静かに頷き、施術台横の棚に手を伸ばす。そして、金属の施術箱と、深い青色に光るインクの瓶を取り出した。


「これは刻印の道具一式です。いつでも施術できるよう、持ち出しの準備はしています」


「……マジで行く気か?」


俺は思わず問いかけた。あの窓の外の光景を見ていながら、どうしてそんな風に冷静でいられるんだ。


「もちろん。リオンさんとルアさんを、明日の集会に間に合わせたいんでしょう?」


「……ああ」


「それなら、行動あるのみです。裂け目の拡大具合を見る限り、時間はあまり残されていません」


そう言ってライトは道具を革袋へと手際よく収め、少しだけ声を落とした。


「とはいえ、このままの姿で城に近づくのは目立ちますからね」


「え……?」


「城に入る前に、私は獣の姿に変わります。人間型とは異なる魔力波を持つので、警戒の目を避けやすいんですよ。魔術結界にも引っかかりにくいですし」


「姿を変えるって……お前、そんなことまでできるのか……?」


「ふふ、見かけによらず多才でしてね。ギルドではサポート役を務めてますが、本職は異常事態における潜入工作員とでも言えばいいでしょうか」


ライトは軽く肩をすくめ、茶目っ気のある笑みを浮かべる。けれど、その瞳は一切ふざけていなかった。


俺はそんなライトの言葉に、胸の奥に引っかかっていた不安が、少しずつほどけていくのを感じた。


「……わかった。なら、俺たちも一緒に行く」


席を立ち上がった俺の隣で、ユウラも力強く立ち上がった。


「……はい、ご一緒します!」


その瞳は真っ直ぐで、揺れていなかった。


ライトは目を細めて微笑んだ。


「頼もしい限りですね。では、三人で行きましょう。現地では即刻、刻印に入れるよう準備しておきます。状況によっては、誰かが囮になる場面もあるかもしれません。ですが、仲間がいるなら越えられるはずです」


すぐに俺は通信端末を取り出し、アルトの名前をタップした。


――通信、接続中――


『……レイル?無事に刻印は済んだか?』


「ああ、それは問題ない。けど……今から、ライトとユウラと一緒に城に向かう」


『えっ……ライトが?それって……どういう……?』


「この状況じゃ、リオンたちをここに連れてくるのは厳しい。けどライトが同行してくれる。姿を変えて城に潜入できるらしい」


『……すげぇな、あの人……。でも、巻き込んで悪いな……』


「言っても聞かないタイプだ。俺たちも覚悟を決めた」


俺は一息ついて続けた。


「裂け目も広がってる。早めに刻印を済ませないと、明日の集会に支障が出る」


『了解。リオンもルアも、今ここにいる。説明しておくよ』


「助かる。よろしく頼む」


『気をつけろよ。無事に戻ってこい』


「ああ。じゃあな」


通信が切れる。


端末をポケットにしまい、深く息を吸った。


風が再び窓を鳴らす。けど、もう迷いはなかった。


「行こう」


ギルドの仲間として――すべてを繋ぐために。

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