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SIDE・レイル4

ライトに案内され、俺とユウラは奥の施術室へと足を踏み入れた。


そこは魔道書の店の裏とは思えないほど整えられた、小さな清潔な空間だった。木の香りがほのかに漂い、魔法灯の柔らかい光が、部屋全体を優しく包み込んでいる。


「さて、それでは……」


ライトが振り返り、手を組んでにっこりと笑う。


「お名前、伺っても?」


「レイルです」


「ユウラと申します……」


ユウラは緊張気味に答えるが、声ははっきりと響いた。


「ふたりとも、ようこそ“痛みと誓いの間”へ」


「そんな物騒な名前じゃなかったはずですけど……」


「おや、そうでしたか?私の中ではそう呼んでいるもので」


淡々と、冗談なのか本気なのかわからない口調で言いながら、ライトは棚から特製インクの小瓶を取り出し、器具の準備に取りかかる。


そのとき、ユウラが一歩前に出た。


「……あの、私も……刻印をお願いできますか?」


俺はすぐに振り返って、ユウラを見つめた。


「ユウラ、ダメだ。どっちか一人でいいって、アルトが言ってた」


「でも……私もちゃんと、レイルさんと一緒に立てるようになりたいんです……」


ユウラの真っ直ぐな視線に一瞬心が揺れる。でも、俺は静かに首を横に振った。


「お前にはさせたくない。……俺が、嫌なんだ」


「……なんでですか……?」


「……お前が大事だから。それに、俺たちはふたりで一つ。それで十分だろ?」


ユウラは目を丸くして俺を見つめ、やがてふっと目を伏せた。


「……レイルさん……」


ライトがそのやりとりをニヤニヤと見守っていた。


「ふふふ……なるほどなるほど、これはこれは……おふたり、もしかしてアルトさんのお知り合いですね?」


「ああ。そうだけど」


「ですよねぇ。制服でピンときました。ちなみに、彼はお尻に刻印してましたよ。ぷりっとね」


「……俺は、そこパスで」


即答する俺に、ライトが「ふふ、クールですね」と小さく笑った。


「さて、ではどこに刻みましょうか。部位の選定は、刻印の美しさにも影響しますからねぇ」


「……ユウラ、どう思う?」


「レ、レイルさんの……お好きな場所で……あ、でも、目立たない場所がいいかと……」


「じゃあ、前ももにするか」


「了解です。それでは――」


ライトが施術台の横に立って、いつものように……いや、少し楽しそうにニタリと笑った。


「脱ぎます?それとも、まくり上げます?」


「……」


あー……アルトが言ってた意味が、今、すごくよくわかった。


俺は静かに顔をそらして、制服のズボンのベルトに手をかけた。


あれ……?


なんで……ユウラ、普通に見てるんだ?


ズボンを脱いで施術台に腰を下ろした瞬間、ちらりと横を見れば、そこには俺の前ももを真っ直ぐ見つめているユウラの姿。


頬は少し赤い。でもその瞳は真剣で、逸らす素振りすらない。


「……ユウラ?」


「はい?」


少しだけ驚いたようにこちらを向いたが、その視線はまっすぐ俺を見据えていた。


「レイルさんだけが痛みに耐えてるのに、目を背けるなんてできません。……私も、ちゃんと見守ります」


その言葉が、なぜか胸に刺さった。


「……見てたら、ダメですか?」


首を少しかしげながら、ほんのり潤んだ目で見上げてくる。


……いや、違うだろ。その聞き方、ずるい。


「い、いや……別に、構わないけど……」


なんで俺が照れてんだ。


ライトが、楽しげに器具を並べながら、タイミングよく口を挟んできた。


「さて、麻酔しましょうか。今回は忘れていませんよ」


「……お願いします」


静かにそう返しながら、俺は施術台に深く座りなおした。


前ももを晒すこの格好。視線の先にはユウラ。


なんでだろう。いつもより、体温が上がってる気がする。


「チクッとしますよ」


ライトが小さな針を刺すと、かすかな痛みが走る。


……ふぅ、これくらいなら……


しかし、その後が、本番だった。


焼けるような熱。


インクが皮膚に染み込んでいく感覚。


思わず奥歯をぐっと噛みしめる。


い、いってぇ……っ!!


声は出さない。出したくない。


……ユウラの前では、絶対に。


「レイルさん……」


隣で聞こえたのは、かすかな震えを帯びた声。


顔を向ければ、ユウラが眉を寄せて、俺の前ももと顔を交互に見ている。


まるで、自分のことのように苦しそうで。


……なんでそんな顔するんだよ。


「ユウラ……」


気づけば、俺の手は自然にユウラの手を探していた。


「っ……レイルさん……?」


小さく驚いた声。けれどすぐに、ユウラはその手を握り返してくれる。


「私……何もできないけど……それでも、そばにいたいんです」


その純粋な言葉が、また胸に刺さる。


……なんでそんな風に、真っ直ぐでいられるんだよ。


俺は目を伏せながら、もう一度奥歯を噛みしめた。


この距離、ダメだ。気が散る……


だけど、手のぬくもりは、離したくなかった。


ってか、ほんとに……これ、麻酔してんのかよ……


じわじわ、痛ぇ……っ……!


声には出さなかったけど、心の中では何度も叫んでいた。


前ももに、じりじりと熱が伝わってくる。まるで熱した細い鉄線で、肌の奥をなぞられているような――

じわじわと芯に染み込む痛みが、俺の意識を奪っていく。


額に滲んだ汗が、こめかみを伝って落ちてきた。


――そのときだった


「……レイルさん、汗……」


隣で見守っていたユウラが、小さく呟くように言った。


そしてロングスカートのポケットから、小さなハンカチをそっと取り出す。


柔らかな布が、そっと俺の額に触れた。


俺の手を握ったまま、もう片方の手で――


……近い。


顔を上げると、すぐ目の前にユウラの顔。

頬がほんのり赤くて、ふんわりと花のような香りが鼻先をくすぐる。

それだけじゃない、呼吸まで感じる距離。


「っ……!」


思わず体がびくりと強張る。

けど、それを悟られたくなくて、ギリギリで声を飲み込んだ。


「無理しないでください……あの、レイルさんの眉間、すごく寄ってて……」


「そ、それは……っ……」


そりゃ痛ぇよ。けど―― 今は、そっちのほうが刺激強ぇ……!


心の中でそう叫びながらも、俺は必死に視線を逸らした。


ユウラの目は、まるで俺の痛みまで背負うように真剣だった。だからこそ……逆に意識させられる。


「……もうすぐ終わりますからね」


ライトの静かな声が、空気を落ち着かせる。

けど―― 俺の心拍は、逆に加速していた。


魔力を帯びた刻印道具が、俺の前ももにそっと触れ続ける。


青と黒がゆらゆらと光りながら、模様が少しずつ広がっていくのが見える。


「っ……」


額には再びじんわり汗が浮かぶ。麻酔をしてるはずなのに、刺すような痛みが時折じわりと響く。


そのとき――


「……レイルさん、ここ……赤くなってきてます」


ユウラが、俺の前ももをじっと見つめながら言った。


「……えっ」


「終わったら、ちゃんと冷やした方がいいと思います。私、濡らしたタオル持ってきますね」


いや、そんな、冷静に言うのやめてくれ……!


「……ユウラ……なんでそんなに冷静なんだよ……」


「え……?えっ?私、変なこと言いましたか……?」


言ってない。言ってないけど、真顔で言うから、余計にこっちは混乱するんだよ……!


しかも、また額に汗が流れたのを見て、ユウラは何のためらいもなく俺にハンカチを伸ばしてくる。


「っ……ユウラ、ちょ、ちょっと近っ……」


もう遅い――


額にそっと触れるその手は優しくて、香りはふんわりと甘くて、ユウラの吐息が頬をかすめて……


――ダメだ、これ以上は、冷静じゃいられねぇ……


「っ……そ、そんな……真顔で見られたら……っ、こっちの方が……限界くるって……!」


「レイルさん……?顔、真っ赤ですけど……熱、ありますか……?」


「いや、そうじゃなくて……!」


本気で天然なのか。

それとも俺が勝手に意識しすぎてるだけなのか。


でも、この無自覚なユウラの優しさと距離感が、一番、俺に効いてくるんだよ……!


俺は、額を拭かれながら、ぐるぐると熱に浮かされそうな頭で思った。


……やっぱこの子、天然だ。

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