SIDE・レイル2
俺はゆっくりと息を吸い込んでから、手のひらにかかる小さな重み……ユウラの存在を、確かめるように指先に力を込めた。
「……ごめん、ユウラ」
まずは、謝らせてほしかった。
「ずっと、怖かったんだ。お前に優しくされたり、笑いかけられたり……そのたびに、心の奥がざわついて、自分が何をどうしたいのか、わからなくなってた」
ユウラは黙ったまま、でも俺の言葉を遮ることなく聞いてくれていた。
だから、俺も勇気を出して話を続けた。
「誰かにこんな風に惹かれたの、初めてなんだ。だから……どうしていいかわかんなくて、勝手に戸惑って、勝手に遠ざけて……」
俺は、目を伏せた。
「最低だよな。優しさに救われてたのに、それに甘えて、結果、ユウラを傷つけてばっかりだった」
肩を震わせるようなユウラの息遣いが、そっと手に触れる。
「……でも、それでも今、言わせてほしい」
俺はゆっくりと、ユウラの目を見つめた。
「今、ユウラが俺をどう思ってるか正直、わからない。もしかしたら、嫌われてるかもしれない」
言葉が何度も、喉の奥で詰まりそうになる。でも……伝えたい。
「……でも、これが俺の本心なんだ。ユウラのどんな表情も、どんな声も、どんな仕草も、全部……全部……誰よりも知りたい。お前の隣にいたいって、心から思ってる」
ユウラの大きな瞳が、潤みながら揺れる。
そして、唇をきゅっと結び、小さく息を吸ってぽつりと、言葉を落とした。
「……レイルさんが、そんな風に言ってくれるなんて……思ってませんでした」
「……」
「私……実はずっと、レイルさんのこと、慕ってたんです」
涙の混じった笑顔で、でも、どこか照れるように。
「最初は、ちょっと怖い人だなって思ってたんですけど……でも、誰よりも周りを見てて、誰よりも仲間想いで、言葉は足りなくても行動で見せる人なんだなって……ずっと、気付いてました」
ユウラのその言葉に、胸が熱くなる。
「そんな姿を見てるうちに……いつかレイルさんの力になりたいって強く思うようになっていって……もっともっと……近くにいたいって思う自分がいることに気付いたんです……」
「……ユウラ」
「だから、今日みたいに冷たくされると……心が、ぐしゃって潰れそうで……」
また目が潤んでいくユウラを、俺はそっと抱き寄せた。
「……ほんとに、ごめん……ユウラ」
ユウラはただ小さく身を縮めて、俺の声に耳を傾けていた。
「最初はなんとなく、気になるってだけだったのに……気付いたら、ずっと目で追ってて、声が聞こえると反応してて……他の男と話してると……理由もなくイラついて、そんな自分にも腹が立ってた」
俺の言葉は、胸の奥に詰まっていた気持ちが少しずつ形になっていくようだった。
ユウラは小さく瞬きして、上目遣いでそっと俺を見つめた。
俺は一度、小さく呼吸を整えて。
「ユウラ……俺、お前が好きだ。誰よりも、真っ直ぐで、温かくて……ユウラの全てが、俺には特別なんだ」
その瞬間―― ユウラの瞳が大きく揺れた。
「……私、今……すごく幸せです。私も、レイルさんのことが……好きです」
ユウラの言葉に胸がドクンッと跳ねる。
「……本当は、ここにいる間も、会いたかったんです。さっきは、あんなこと言ったけど……それでも、レイルさんがここに来てくれて、すごく嬉しかったです」
小さく、控えめな声。でも、その一言が、俺の胸の奥をふわっとあたためた。
俺は黙って、ユウラを包む手に力を込めた。
「……ありがとう、ユウラ」
もう、心のまま……素直な俺……ありのままの俺でいいんだ。
「さてと……アルトたちが心配してる。そろそろ、城に戻ろうか」
俺は少しかがんで、ユウラの視線の高さに合わせながら、やわらかく微笑んだ。
するとユウラは、すぐに顔を曇らせて、申し訳なさそうに目を伏せる。
「私……皆さんに、迷惑をかけてしまいました……」
「いや、それは違う。悪いのは俺だよ。ユウラが気にすることじゃない」
ユウラはぱちりと瞬きをして、少し驚いたように俺を見上げた。
「……レイルさん……」
「大丈夫。ほんとに気にするな」
俺は目を細め、もう一度やさしく笑ってみせる。
「あとさ……ユウラが、これからも俺の隣にいてくれるなら……その、ゆっくりでいいんだけどさ。敬語とか、名前の呼び方とか……もう少し、自然にしてくれたら嬉しいなって……」
言ってて、なんか自分でも照れくさくなる。けど、どうしてもちゃんと伝えたかった。
ユウラは一瞬きょとんとしたあと、ふわりと笑って、小さく頷いた。
「……はい、少しずつ……」
その一言だけで、俺の心はとんでもなく満たされた。
思わず、俺はユウラの手を握った。小さくて、やわらかくて、でもしっかり俺の手を包み込んでくれる温もり。
「……帰ろっか」
「……は、はい!」
二人で歩き出す。並ぶ歩幅が、いつのまにか自然に揃ってきていて、それがなんだか妙にくすぐったかった。
「そういえばさ……ギルドの紋章のことだけど――」
言いかけた俺の言葉に、ユウラがそっとかぶせるように話し始めた。
「……私は、レイルさん以外……考えられません。レイルさんしか……イヤです」
その場で、足が止まった。
思わず顔を向けると、ユウラの頬はほんのり赤くなっていたけれど、瞳は真っ直ぐで……少しの迷いもなかった。
「ユウラ……」
「……ま、まだ敬語ですけど……でも、気持ちは、ちゃんと……」
言葉を探して揺れる視線が、かえって真っ直ぐさを際立たせる。
俺は、胸が締めつけられるほど嬉しくて、自然とユウラの手をぎゅっと強く握っていた。
「……ユウラ、俺の名前……呼び捨てで呼んでみて」
「え……い、今?」
「うん」
「……レ……レイ………」
「……惜しい」
「ぅぅ……レ、レイル……」
「……はい、大正解」
その声にたまらなくなって、俺はそっとユウラの頭に手を伸ばした。
その時だった――
バチバチバチッ!!
何かが弾けるような異音が、空気を裂くようにして響き渡った。
ぐわん、と足元が大きく揺れる。地面が波打ち、下から突き上げるような重圧に、思わず膝が折れそうになる。
「……っ!」
「きゃっ……!」
隣でユウラの細い体がバランスを崩した。俺は咄嗟にその手首を掴み、抱きとめるようにして支える。
「ユウラ、大丈夫か!?」
「は、はい……でも……これ……なに……?」
その声はかすかに震えていた。支えたユウラの手が、俺のシャツをぎゅっと握る。言葉はなくても、その手の力で、ユウラの不安が痛いほど伝わってくる。
俺だって、正直怖かった。足元の感覚が消えたみたいで、心臓はずっと跳ね続けている。
見上げた空は、さっきまでの青をどこかへ追いやり、水にインクを垂らしたようにじわじわと色を滲ませていた。
「空が……滲んでる……」
水彩画のように、青が歪み、揺らめき、その中心がバキキッ!!と音を立てて裂けた。
そこに現れたのは、闇のように黒く、不吉な裂け目だった。
「っ……!あれは……!」
ユウラが口元に手をあて、小さく震える。
「変質個体……じゃない……あんなの、見たことない……!」
俺も息を飲みながら、空を見上げていた。
「何かが……生まれようとしてる……?」
ユウラは、ぐらぐらと揺れる大地の上で、そのまま腰を抜かしたように地面にへたり込んだ。
――今のユウラは、いつものように気丈に振る舞う余裕すらないほど、怯えていた。
「……大丈夫。俺がいる。絶対に離れないから」
そう言って、俺はユウラの前にしゃがみこみ、そっと肩を抱き寄せた。




