SIDE・レイル
SIDE・レイル
扉を勢いよく出た俺は、すぐに通信端末を取り出していた。
「……繋がってくれ……」
ユウラの名前を選び、通信ボタンを押す。画面の表示が何度か点滅するが――
『接続できません』
「……くそっ……!」
感情を押し殺しきれず、歯を食いしばって呟く。
そして、俺はそのままユウラの部屋の前まで走った。
ドンドンッ!!
「ユウラ!いるのか!!」
返事はない。中からの気配もない。
「……なんでこんな時に、いねぇんだよ……っ」
胸の奥がジリジリと焦げるように痛い。
通信端末が震えた。画面を見ると、差出人はミリ。
『ユウラはもう城の外だ。城付近に探索をかけたが、反応はなかった』
「……わかった。ありがとう」
俺はギリッと奥歯を噛みしめた。
どこに行ったんだ……?まさかもうタルに……?
焦りを抱えたまま、俺は城の正門を抜けて外に飛び出す。
そのとき、不意に記憶の底から、とある会話が浮かび上がってきた。
――リオンと、ユウラの会話。
あの時、俺は少し離れた場所から、それを聞いていた。
あれは、ユウラがサクラの使いで、買い物に出かける準備をしていた時だった。
ちょうど廊下の角を曲がった先で、リオンとユウラの声が聞こえてきた。
俺は顔を出すタイミングを逃して、そのまま陰で立ち止まってしまった。
「ユラちゃん、また女王さまの買い物?危ないよ?外は 」
リオンのあっけらかんとした声。軽いけど、気遣いは本物だってのは知ってる。
「女王さまのためになれるなら、なんでもしたいんです。お気遣いありがとうございます、リオさま」
ユウラは丁寧にそう返した。そのときの声は、どこか誇らしげで、でもやっぱり優しかった。
……なんでリオにはそんな素直に笑えるんだよ。
そう思ってしまった自分に、気づかないふりをした。
「僕、一緒に行くよ。最近、変質個体も多いしね」
「大丈夫です。私も少しは戦えますし、それに――」
少し得意げな調子で、ユウラが言った。
「裏道、見つけたんです」
「裏道?」
「はい。そこだけ妙に静かで、変質個体も少なくて……しかも、先に進むと動物たちがいっぱいいて。なんだか、穏やかな空気が流れてる場所なんです」
「へぇ、どこそれ? 気になる」
「噴水前のカフェ……その裏手に続く路地です」
「カフェの裏道?」
「はい。私のお気に入りの場所なんです」
「じゃあ、何かあったら僕にすぐ連絡してね? この僕がすぐ駆けつけるから!」
「ありがとうございます、リオさま。……でも、ほんとに大丈夫ですから」
ユウラは微笑みながらそう言って、リオンの好意をふわっと受け流していた。
俺は、何も言えず、影に隠れたまま立ち尽くしていた。
――あの裏道。
あそこかも……!
俺は既に走り出していた。
噴水前のカフェの裏手にあるという、ユウラのお気に入りの場所へ。
風が冷たい。けど、胸の奥は熱くて、焦りで喉が焼ける。
ユウラ、頼む……!そこにいてくれ。
……走った。とりあえず走った。
靴音が乾いた石畳に響くたび、胸の奥で何かが軋んでいた。
どこだ……ユウラ……!
息を切らせながら、俺は噴水前のカフェの裏手へと飛び込んだ。
あ……!あそこか……?
目を細めたその先に、俺はそれを見つけた。
裏手に続く細道。薄暗く、木々が茂るその奥に、ぽつんと腰を下ろすひとつの影。
「……ユウラ」
声が震えた。
彼女がぴくりと肩を揺らす。振り返ったその顔は驚きと……迷いと、傷ついた色を宿していた。
「……なんでここに?」
その声音には、かすかな警戒が混じっていた。
「……前に、リオンと話してるの、たまたま聞いたんだ。ここが好きな場所だって……もしかしたらって思って」
「……そう、ですか」
その瞬間、ユウラの声が、ふいに敬語に変わった。
――敬語。
……ああ、やばい。これ、完全に……距離、取られてる。
風なんて吹いてないのに、ぞくりと背中に冷たいものが走った。
「……私のこと、そんなに嫌いなんですか?」
その声は、確実に震えていた。
「どうして……私にだけ、いつもあんな風に冷たくするんですか……?」
「それは……ちが――」
「私……何か、気に障るようなこと、しましたか……?」
刺すような問いだった。俺の胸に、グサッと突き刺さる。
「いや、だから……それも、ちが――」
「まさか……何か、逆恨みされてるんですか……?」
「違う!そんなわけ――」
「じゃあ、私って……レイルさんにとって、なんなんですか……」
その声に、俺は一瞬、何も言い返せなかった。
ユウラの揺れる瞳が、俺の心をまっすぐ見つめていた。
「言えばいいじゃないですか……さっきみたいに冷たく……」
ユウラの声は震えていた。
「……もう、放っておいてください……」
ユウラは静かにそう言うと、スッと立ち上がり、背を向けて歩き出した。
その背中が、やけに遠く感じた。
「おい……ユウラ、待てって……」
――どうすればいい。どうすれば、俺の気持ちが届く?
焦る心に押されるように、俺は思わず走り出した。
そして、ユウラの前に回り込んで、道を塞ぐように立ちはだかった。
「……頼む。冷静に……話を聞いてくれないか」
ユウラは立ち止まり、少しだけ顔をそむけながら、ぽつりと呟いた。
「……なんで……しょうか」
その声は、静かだった。でも、拒絶されているわけじゃないと分かって、俺は少しだけ息を吐いた。
「……俺さ、お前にひどい態度ばっかとってきたのに、こうやって向き合うの……初めてだよな」
「……はい」
「でも……俺、今日、やっと気づいたんだ」
「……何を、ですか」
ユウラの声はかすれていたけど、ちゃんと耳を傾けてくれていた。
俺は、そのまま、できるだけ優しく、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ユウラが笑ってると、嬉しくなる。でも……それが他の誰かに向いてると、なんか……胸が苦しくなる」
「……」
「それなのに……どうしてなのか、自分がその笑顔の邪魔をしてばっかで……」
俺は自嘲気味に笑った。
「バカだよな。大事にしたいって思ってるのに、逆のことばっかしてんだから……」
ユウラが、ゆっくりとこちらに顔を向ける。目の端にまだ涙が残っていた。
「……大事に……したい?」
「うん。ユウラのこと……ほんとは、めちゃくちゃ大事にしたい」
俺は一歩、彼女に近づいた。
「だから、お願いだ。俺に……やり直すチャンスをくれないか」
「……」
ユウラは、目を伏せ、唇をそっと噛んだまま黙っていた。
でもその指先が、ほんの少し震えていたのを、俺は見逃さなかった。
「もう、同じことは絶対にしない。傷つけるようなことも言わない。……だから」
そう言って、俺はそっと両手でユウラの肩を包み込んだ。
「……レ、レイルさ…ん…!?」
突然の距離の近さに驚いたのか、ユウラの体がぴたりと固まる。
けれど、逃げようとはしなかった。
俺はまっすぐその瞳を見つめながら、低く静かに言った。
「……今度こそ、ちゃんと伝えさせてくれ。俺の想いを……全部」




