リオンとルアを待つ時間2
「明日の夜はギルドの集会もある。タルにも早めに行った方がいいかもしれない」
ミリがソファに座ったまま、端末を指先で軽く叩きながら言った。
「確かに……ルカの格好が目撃されてることもあるし、セーラー服は目立つかもな……」
「私、着替えてきます」
ユウラがスッと立ち上がり、ぺこりと頭を下げ、部屋を出ていく。
「私も、着替えてくるね」
サクラも立ち上がり、少し俺を見つめた後、すっと声を潜めて言った。
「アルト、少しいい?」
「ん?ああ、ごめん、ちょっと行ってくる」
サクラの後ろをついていくと、彼女は部屋の一角にある大きなクローゼットの扉を開いた。
「……アルトに、服を選んでほしいの」
その小さな声に、俺の鼓動が跳ねる。
「え……?」
サクラは視線を伏せながら、ゆっくりと頷いた。
「ある程度、自分で決めてた。でも……それでも、アルトが思う かわいい が着たいの」
「っ……!」
……そ、そんなこと、言われたら断れるわけねぇぇぇぇ!!
「わ、わかった」
クローゼットの中には、相変わらず色とりどりの服がズラリと並んでいる。
「よし……これとこれだな」
俺はデニムのセットアップと、白いシャツを手に取った。
「うわ……パンツスタイルなのに、すごくかわいい……ありがとう、アルト」
「……ヘアセットも、前みたいにしてくれる?」
その一言で、もうダメだった。
思わずサクラを優しく抱きしめる。
「……どんだけ、かわいすぎるんだよ」
「えへへ……」
俺はサクラの髪をゆっくり手に取り、左右に三つ編みを編み上げる。
「……完成。かわいすぎて外に出したくないくらいだな」
「それ、褒めてる?」
「もちろん!」
――その頃。
ソファでは、レイルが腕を組んだまま目を閉じていた。
その隣で、ミリがじっと彼を見つめたまま、ぽつりと問いかける。
「レイル、ユウラはスカートで来ると思う? それともパンツ?」
「……は?」
レイルが目を開ける。
「お前、何が言いたいんだ?」
「別に。ただ気になっただけ」
ミリの言葉には、どこか探るような響きがあった。
「……そんなこと、どうでもいい」
「そうか」
ミリはそれ以上言わず、また視線を端末に戻した。
コンコン……。
「失礼、します……」
控えめな声が扉越しに届いた瞬間、空気がわずかに張り詰めた。
キィィィ……とドアが開き、ユウラが小さく会釈しながら部屋に入ってくる。
ふんわりした白のロングスカートに黒いシャツ。飾り気のないシンプルな服装だけど、どこか上品で、ユウラの雰囲気にぴったりだった。
ちょうど俺とサクラもソファに戻ったところで、タイミングがぴったり合った。
「ユウラ、かわいい!」
サクラが笑顔で声をかけると、ユウラは顔を俯かせたまま、小さな声で答えた。
「っ……あの……ありがとうございます……」
両手をぎこちなく膝の前で重ねていて、なんだか見てるこっちがくすぐったくなる。
「スカートだったか」
ミリがそっけなくつぶやいた。
「ん?なんの話?」
俺が聞き返すと、ミリはまた目を端末に戻して、
「さあ?」
と、曖昧に流した。
その時だった。
レイルがソファに深く腰掛けたまま、じっとユウラを見つめていたのに気づく。
でもその視線は長く続かず、すぐに逸れて、いつものように腕を組む。
「……なんだよ、その服」
低く、落ち着いた声。けど、なんかこう……刺々しいというか、妙にトゲがあった。
「……え、に、似合ってない……?」
ユウラが恐る恐る聞き返す。声は弱々しくて、顔も少しだけ曇ってた。
……ああ、ちょっと期待してたんだろうな。レイルに何か言ってほしくて。
「別に。……似合ってるとか、そういう話はしてない」
その言い方に、ユウラの肩が小さく揺れた気がした。
「……そっか……」
ふと見えた手元。スカートの裾をぎゅっと握りしめていた。
なんだろう、あの仕草。なんか胸が痛む。
「でも、変だったら……着替えたほうがいい?」
「変ってわけじゃない。ただ……なんでそんなに気合い入ってんだって思っただけで」
「き、気合いっていうか……ちゃんと、見られても平気な格好しようって……」
「ふーん……見せる相手なんか、いたっけ?」
その言葉に、ユウラがピクッと反応した。
「っ……べ、別に……誰ってわけじゃないけど……」
レイルの態度にイラッとした俺は、冷静にツッコんだ。
「見てたよな、お前」
レイルに言うと、案の定ムッとした顔で睨まれた。
「黙れ、アルト」
あー、これは図星だったな。
「……レイルって、ほんと意地悪……」
ユウラがぽつりと呟いた。
「は?俺が?」
「……そ、そう思ったってだけで……」
「……どっちでもいいけど、勝手に誤解するな」
「ごめん……」
ユウラはぺこりと頭を下げる。
その様子が、なんかもう、見てらんねぇくらいぎこちなくて、ただただ、気まずい空気だけが部屋に流れていた。
「……あ、あの……」
ユウラが意を決したように、少しだけ顔を上げる。
「レイルは……変じゃないって、思ってる……んだよね?」
「……さっきも言ったろ。変じゃないって」
「そっか……よかった……」
そう言って微笑んだユウラの顔は、すごくやわらかかった。
レイルは一瞬だけユウラを見たけど、すぐに視線を逸らした。
「……めんどくさい奴。そんなに笑われたら、気味悪い」
「えっ……ご、ごめんっ」
また謝るユウラ。その笑顔が、すっと消えて、少し曇る。
その声は、さっきまでの恥じらいや照れとはまるで違っていた。かすかに震えていて、胸の奥に何か詰まったような、そんな声だった。
ユウラは再び微笑もうとしたけど、すぐにその唇をきゅっと結んだ。
そして、そのまま立ち上がると、ぎこちなくスカートの裾を摘みながら、一歩、二歩と後ずさる。
「……あ、あの、私……やっぱり……ひとりでギルドの紋章、入れようと思います」
小さな震え声で、ぽつりと呟いた。
「……え?」
「ひとりで行けますので……」
その声はかすれていて、どこか涙を飲み込んでいるようだった。
俺が息をのんだ瞬間、ユウラはぺこりと頭を深く下げ、そのまま、部屋を出ていこうとした。
「ま、待って!ユウラ!」
サクラが慌てて立ち上がり、声をかける。
「……すみません。今は……ひとりでいたいんです」
その言葉だけを残して、ユウラは静かに扉を閉めた。
バタン。
部屋の中に、しん……と重たい沈黙が落ちた。
誰も、すぐには動けなかった。
俺も、サクラも、ミリも。
……だけど、誰よりも目を見開いていたのは、レイルだった。
ユウラの背中が見えなくなってからも、レイルはソファから立ち上がれないまま、拳をぎゅっと握っていた。
「……なぁ、レイル」
俺が重たく口を開くと、ミリが先に言った。
「原因、明確だな」
バッサリ。
「お前が、あんな言い方するから」
「ユウラ、せっかく……勇気出してたのに……」
サクラの声も少し怒気をはらんでいた。
「……」
レイルは、ただ黙っている。
「『気味悪い』はねぇだろ、さすがに……ユウラ、ずっと気にしてたじゃん。お前に変に思われたくなくて、服まで頑張ってたのに」
俺の言葉に、レイルの肩がぴくりと動いた。
「……そんなつもりじゃ……なかった」
低く、かすれた声だった。
「言葉にしなきゃ、伝わんないよ」
サクラが続けた。
「それくらい、レイルもわかってるんじゃないの?」
「……わかってたら……こんなことには、なってない」
ぼそりと呟いたレイルの目は、今にも立ち上がって飛び出しそうな勢いを、必死で押さえ込んでる、そんな感じがした。
「レイル、お前確かにクールなんだけどさ……普段、めっちゃいい奴なんだよ!」
ソファの前に立って、俺は思わず声を張った。
「なのになんでユウラにだけ、あんなにきつく言うんだよ。あの子、明らかに傷ついてただろ……!」
レイルは目を伏せたまま、しばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐きながらぽつりと呟く。
「……分かってる」
「なら、どうして……」
「分かってるのに……自分のことが、分からなかった」
レイルは拳を握りしめたまま、苦しげに言葉を続けた。
「最初は……ただ、ユウラのことが気になってしょうがなかった。何かにつけて目がいって、表情とか、言葉とか、反応とか……」
「うん」
「それが、あるときから変わってきて……ほかの奴と話してるだけで、妙にモヤモヤするようになってさ」
「……嫉妬?」
「分からない。そんな自覚もなかった。ただ……なんかイラッとしてた。俺の知らない顔、他の奴に見せてんじゃねぇよって」
レイルは苦笑まじりに目を細める。
「でも、俺だって見たかったんだよ。ユウラのいろんな顔……笑った顔も、困った顔も、怒った顔も、泣きそうな顔も……全部」
「……それって、完全に……」
「そう。好きだったんだ、たぶん、ずっと前から」
自分で言葉にして初めて気づいたように、レイルの声はかすかに震えていた。
「でも、感情の扱い方が分かんなくて。どうやって距離を縮めたらいいのかも、何を言えばよかったのかも……わからなかった」
「だから、逆に冷たくしてたってことか……」
「そういうつもりじゃなかったんだけどな。……でも結局、意地悪みたいな言い方しかできなかった。ユウラのことが知りたいだけなのに、俺はかえって傷つけてた……」
レイルは深く、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「言えばよかったんだ。『その服かわいいな』とか『似合ってる』って。……たったそれだけのことが、なんで言えなかったんだろうな」
「……ユウラは、一人でギルドの紋章を刻みに行こうとしてる」
俺の言葉に、レイルの肩がわずかに震えた。
「その紋章、一度入れると半年間は再登録できない。カップル登録も、その間は無効になる」
ミリがぽつりと言葉を足した。
「……半年……」
レイルのその呟きは、若干の焦りが滲んでいた。
「それでも一人で行こうとするってことは……本当に、傷ついてるってことだよ」
サクラが、静かにその現実を噛みしめるように言う。
レイルは下唇を噛んだまま、しばらく沈黙していたが、やがて静かに立ち上がる。
「……俺、まだ間に合うかな」
「間に合わせてこいよ」
俺は小さく背中を押した。
「……ありがとな、あと、こんな大変な時にごめん」
そう一言だけ残して、レイルは早足で部屋を飛び出していった。
バタン――。
ドアの閉まる音が、静まり返った空間に乾いた余韻を残した。
誰もが言葉を失ったまま、ただそこに立ち尽くしていた。
しばらくして、俺は扉の方を見つめながらぽつりと呟く。
「……ユウラがいないと、レイルって、あんなに素直なんだな」
サクラがそっと微笑み、俺の隣で頷いた。
「それだけ、ユウラの存在が大きかったんだよ。本人は気づいてなかったみたいだけどね」
俺は黙って頷いたまま、閉じた扉を見つめ続けた。
――レイル、今からでも間に合ってくれよ。
だが、時間は待ってくれない。
「リオンとルアがもうすぐ戻ってくる。先に俺たちで情報を整理しておこう。リオンたちから話を聞いて、その後レイルの連絡を待つしかない」
「そうだね……でも、街の異変も不安。あれ……ただ事じゃないよね」
「ユウラが街に出る前に、連絡が取れればいいんだけど……」
その時、ミリが端末を操作しながら静かに口を開いた。
「ユウラがまだ城の近くにいるなら、探索範囲は限られる。今のうちに動けば、まだ間に合うかもしれない」
「……頼む、ミリ」
俺は小さく頭を下げ、息を整えた。
この街で、今何かが起きようとしている。
けど、それでも――
レイルとユウラ、二人の関係が壊れないように。
今、俺たちができることをやるしかない。




