SIDE・リオン3
内装は、外観から想像した以上にこじんまりとしていて、木の温もりが優しく包み込むような空間だった。
まるで、ルシアの雰囲気みたいに。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
店員さんの柔らかい声に迎えられ、僕たちは街の自然がよく見える窓際の席を選んだ。
外には、朝の柔らかな光に照らされた並木道。ゆっくりと風が通って、小さな花が揺れている。
「わぁ……景色、いいね。お花もかわいい」
隣に座ったルシアが、素直な声を漏らす。
「私、このお店、今まで知らなかった……」
「僕も……街はよく歩くのに、なんでだろうな。全然気づけなかった」
「……でも、今日こうして見つけた」
ルシアがふっと笑う。
「やっぱり、一緒に見つけたお店だね」
その笑顔があまりにも綺麗で、僕は息を飲んだ。
心臓がドクンドクンと跳ねる。目が、離せない。
「……リオン? なに? もしかして、私、顔に何かついてる?」
「い、いやいやいや!全然っ、何にもついてないから!ほんとに!完璧、完璧フェイス!」
「ふふっ、もう……なんで慌ててるの?」
「いや、なんか、えっと……ね、あ!さっきのメニュー写真のやつ、見てみようよ!」
話題を変えるように、僕はメニューをめくった。
……けど手が若干震えてた。やばい、落ち着けリオン・アミュラス……!
「これかな?たぶん、ルフェーリ・コトン?って書いてある。似てる名前だけど、微妙に違うな……」
「どれ?もっと近くで写真見せて?」
ルシアが身を乗り出して、メニューを覗き込んでくる。
近い、近い、近いって……!
ふわっと香るシャンプーの匂い、揺れる髪の感触、そして……透き通ったベージュ色の瞳。
「……リオン?」
「へっ!?な、なに!?なにかあった!?料理きた!?」
「どうしたの?まだ頼んでもないけど?」
「……そ、そっか!気のせいだった!」
僕の声が裏返って、隣の席の人がちょっと振り向いた。
くぅぅ……ルシアの前だと、全然いつもの僕じゃない……!
「ふふ……なんか、かわいいね」
「うぐ……それ、男子に言う!? 僕、もっとこう……カッコイイ担当でやってきたんだけど……」
「うん。リオンは、リオンらしくて、かっこいいよ?」
……もう無理、心臓破裂しそう。
「じゃあ……このルフェーリ・コトン、頼んでみる?」
そう言って、ルシアがメニューを指差す。
ほんの少しだけ首を傾げる仕草が、なんだか妙にかわいい。
「うん、うん……いいと思う。すごく、うん、いい」
僕の返事、なんか噛みまくってた。だめだ、調子が出ない。
本来の僕なら――そう、いつもなら。
「ルフェーリ・コトン?まるで僕の魅力を形にしたような名前じゃないか!」
とかなんとかキラキラ顔で言ってるはずなのに……!
「リオン?他に何か頼みたいものある?」
「え、あ、ドリンク……かな。一緒ので、いいよ?」
言いながら、僕はなぜか目をそらしていた。
どうしたリオン、らしくないぞ?
「ふふっ。じゃあ……無糖のミルクティーにするね。苦くても怒らないでね?」
「い、いや、全然大丈夫!苦みも……味のうちだし!」
うわ。自分でも何言ってるかわかんない。
ルシアはそんな僕をじっと見つめたあと、小さく笑った。
「……正直、意外だった」
「え?」
「だって、最初に会ったとき……自分で美男子とか言ってたでしょ?」
「う……聞いてたんだ、それ……」
「うん。絶対ナルシストだって思った」
「そ、それは……第一印象で印象づけておいたほうが楽かなっていう……自己防衛っていうか……」
完全に言い訳してる自分が恥ずかしい。
「でも、今のリオンの方が、私は好きかも」
「……っ!」
今、心臓の音したよね!?ってぐらいドクンって鳴った。
「ちょ、ちょっと待って、それ反則だよ……ルシア」
「なにが?」
「その、笑顔とか……言葉とか……もう、ずるい」
僕はテーブルに肘をついて、顔を半分隠す。
これ以上顔赤くなったら、絶対バレる。
「ふふ、ほんとに不思議。さっきまでの騎士リオンさまはどこにいったの?」
「置いてきた……もうどっか行ったよ」
ルシアはくすっと笑って、注文の端末に触れた。
「じゃあ、注文完了。楽しみだね、騎士さま?」
「……うぅ、ルシア……僕、たぶん今日だけで寿命縮んでる気がする」
「もう、何言ってるの」
手を口元に添え、くすくす笑うルシア。
だけど、不思議と――悪くない。
むしろ、こんなにドキドキしてる自分が、少しだけ愛おしく思えた。
「ねえ、リオン。ルフェーリ・コトン、どんな味なんだろうね?」
ルシアが微笑みながらそう言ったとき、僕の胸はまたドクンと高鳴った。 なんだこの感覚。さっきからずっと、変だ。
「……リオン?」
「へっ!?あ、ああ!な、なんでもないよ!」
まただ。また、普通に名前を呼ばれただけで、こんなに動揺して。 しかも声、また裏返ったし……
「ふふ、やっぱりかわいい」
「え、あ、あの、ぼ、僕はその……っ」
言葉がやっぱりうまく出てこない。
そんな僕を見ながら、ルシアはくすっと笑った。 それはどこか安心したような柔らかな笑顔で、僕は、ただそれを見つめることしかできなかった。
「……ねえ、リオン」
「う、うん?」
「こうやって誰かとご飯食べるの、久しぶりなの。だから……ちょっとだけ緊張してるんだ」
「……ほんと?」
こくり、と小さく頷くルシア。 僕はその仕草にまた心臓が跳ねた。
「じゃあ、僕も……ちょっとだけ、緊張してるってことで、いいかな」
「ふふ、うん。ちょっとだけなら、ね」
その笑顔に、また視線を逸らしたくなる。でも、逸らせなかった。
少しして、カフェの奥から料理のいい匂いが漂ってきた。
「ルフェーリ・コトンの香りかな?……いい匂い」
「ね。食べるの、楽しみだね」
その何気ない言葉すら、僕には宝物みたいに思えた。 今日出会ったばかりなのに……もう、ずっと前から知ってるみたいな感覚がした。
……この先、どうなるのかなんて、分からない。 でも、分からなくてもいい。
ただ、今はこの時間が、ずっと続いてくれたらって思った。
その時――
「お待たせしました」
店員さんがテーブルにお皿をそっと置いた瞬間、ふわっとあまい香りが鼻先をくすぐった。ルフェーリ・コトン――名前こそ違うけれど、見た目はどこか懐かしい。
「わぁ!見た目はほんと似てるね」
ルシアは首を傾けながら、じーっと皿を見つめてる。
……ほんと、かわいいな。
「ねえ、リオン!いっせーのでまた一緒に食べよ?」
「え?あ……う、うん……!」
僕は慌ててフォークを手に取り、隣のルシアを見る。
「いっせーの……」
「「いただきまーす!」」
ふたりして口に運んだ瞬間、ほんのり甘くてやさしい味が広がった。けど――
「……わぁ、おいしいー!」
ルシアが笑顔を咲かせる。思わずドキッとしたけれど、続く言葉は少しだけ困ったように、
「……けど、ちょっと違うような?」
「うん、そうだね。……もうちょっと、ソースにハーブが必要なのかも。あと……生地の弾力が足りない?」
「そうそう!それ!」
ぱん、とルシアが手を打った。
「ね、リオン。やっぱりマットリーシュのって、もっとこう、ぎゅってしてて、口の中でもっちりむっちりしてて……」
「うんうん、でも表面はふわっとしてるんだよね。あと、香ばしい焦げ目が薄っすらあって……」
「そうそう、それでいて、甘すぎなくて……!」
僕らはいつの間にか身を乗り出して、互いに熱く語り合っていた。
そして、ふと、静かになった。
……気づけば、顔の距離がやたら近い。
「っ……」
「っ……」
二人とも同時に顔をそらした。
「な、なにこれ……なんか、変な感じ……」
「そ、そうだね……へ、変なの……!」
心臓の音が、耳の奥でバクバクしてる。
カップル登録の話をしたときも緊張したけど、今はちょっと違う。気づけばルシアの表情一つ一つが、僕の鼓動を急かす。
「……でも、こうして話せて、ちょっと嬉しい」
不意にルシアが呟いた。
「え?」
「だって……こんな風に誰かと、ご飯の味を語り合うの、この世界に来て初めてだから」
「……僕もだよ」
今度は、自然に笑えた気がした。
「……リオン、最初の印象より、ずっと話しやすいね」
「え……そ、そう?」
「うん。なんていうか、思ってたより……普通?」
「……い、いい意味で言ってる?」
「ふふ、もちろん」
からかうように笑う彼女に、僕は頭をかきながら、ちょっとだけむくれた。




