SIDE・リオン2
「あ、着替えて、荷物まとめてくるね。あと、少しだけどお給料ももらわなきゃ!」
ルシアはそう言って、ぱたぱたと小走りで店の中へ戻っていった。
その後ろ姿を見送ったあと、僕はそっとため息をついた。
……あれ、なんか、変だな。
なんでだろう。いつもなら、もっと軽口とか、きざなセリフとか、スラスラ出てくるはずなのに。
「ようこそ、僕の世界へ」とか言ったあとに、ほんとは「今夜は夢のような時間になるよ?」くらい言いたかったのに……言えなかった。
はじめは、みんながカップル登録していく中、なんか……自分だけが取り残されてる気がして嫌だった。
それで、拗ねてしがみついて、ルシアのことを紹介してもらったけど……それって、ほんとに……ダサいよな。
女の子は、みんなかわいくて、みんながお姫さまって普通に思ってたはずだったのに……
なのに、どうして……
ルシアだけ、こんなにも特別って思っちゃうんだろう。
彼女の前では、いつもの調子が出ない。気取る余裕なんてなくて、ただ、ドキドキしてる自分がいる。
……いや、もしかして、今の僕が本当の僕なのかも……まさか、そんなはず……
「リオン、お待たせっ」
ドクン。
その声に振り返った瞬間――
ドクン……!
……なんだこれ、マジで心臓止まるかと思った。
そこにいたのは、花屋の制服を脱いで、ベージュの長めのワンピースをまとったルシアだった。
結わえてた髪を下ろし、ふわりと風に揺れるピンクベージュのストレートヘア。
ショートブーツの音が、控えめに響く。
肩にかけたカバンを押さえながら、少し照れたように微笑んで、こっちへ駆け寄ってくる。
「変じゃない、かな……?急いで着替えたから……」
「……」
な、何か言わなきゃ。
いや、でも声が出ない……うわ、どうしよう。
さっきまで、ちょっとドキドキして普通に手を繋いで、普通に話してたのに……
……今の僕、無理かも。
顔見て、胸が騒いで、足が一歩も動かない。
――え、うそだろ。これって、まさか……
恋……?
「……リオン?」
「っ……え、あっ、あのっ……」
と、とりあえず息を吸おう。吸って、落ち着いて、えーと……
「やっぱり、ルシアは……その……とんでもない威力があるね」
「へ、変な褒め方……」
「いや、違うんだ。めちゃくちゃかわいいって意味!」
「っ……!バ、バカ……!」
ルシアが顔を真っ赤にして、ぷいっとそっぽを向いた。
でも、ちゃんと僕の隣に並んでくれた。
うん。もう何も言わなくていいや。
――いや、ちゃんと伝えるけどね。ナイトは言葉でも行動でも、ヒロインを守らなきゃ。
「に、荷物持つよ!」
思わず勢いで声をかけた僕に、ルシアがきょとんとした顔で振り返る。
「……何のために?」
「えっ……いや、何のためって……それは、あの、その……レディの荷物を持つのは当然のマナーというか、その、騎士道精神っていうか……!」
「ふふっ」
ルシアは、微笑んでほんの少し首を傾けた。
「気持ちだけ受け取っとく。ありがと、リオン」
「……ええ……そんな……」
力なく垂れた僕の手。握る予定だった荷物の重みは、影も形もない。
――ああ、なんだこれ。まるで自分じゃないみたいだ。完全にペース、崩されてる。
なのに、なんでこんなに胸が高鳴るんだろう。
「ねえ、ルシア」
「ん?」
「……朝ご飯って、もう食べた?」
「ううん、まだだよ」
「あー、よかった!」
「え?」
「あ、いや、あの……その、せっかくだし、どこかで食べながら話そうかなって!」
ルシアはぱちぱちと瞬きをしたあと、またやわらかく笑った。
「うん、いいね。どこか空いてるかな……この時間、まだお店って閉まってるところ多いよね?」
「たしかに……でも!こう見えて僕、グルメな美男子だからね。朝の静かな時間にこそ映える、穴場のカフェを――」
「それ、つまり知らないってこと?」
「えっ」
ルシアのくすくすっと笑う姿が、朝の風に溶けて心地いい。
僕は思わず口をとがらせながら反論した。
「いやいやいや、たしかに今は知らないけど、僕のセンスを信じればきっと当たりを引くはず!」
「……ふふっ、リオンって、ほんと面白い」
「……って、笑われてる!?今、笑ったでしょ!?しかも面白いってどういうこと!? 僕は本気なんだよ、本気の騎士なんだよ!?」
ルシアは手を口元に添えて笑いながら、歩き出す。
「じゃあ、リオンの騎士の勘についていくね」
「……くっ。なんか悔しいけど、それ言われると嬉しいのなんでだろ……」
ドキドキが収まらない。もう、これは完全に――はい、恋確定。
「ふふっ、歩きながら考えよう?あ、リオンはマットリーシュの食べ物で一番好きだったのって、何?」
その問いに、僕は即座に構えた。
「いっせーので言おうか?」
「ふふ、いいよ」
「考えた?」
「うん」
「じゃ、いっせーの――」
「「ルファルコット!」」
「えっ、一緒!?」
僕とルシアが見つめ合ったまま、声が重なった。
一瞬の沈黙。次の瞬間、同時にふわっと笑い合ってしまう。
「な、なんで……!」
「だって、おいしいよね、あれ」
「いや、でも、なんで今、一緒になる!?運命?これってもう、運命!?」
「はいはい」
ルシアは軽く流しながら、でもどこか照れてるように肩をすくめた。
……いや、僕もう、完全にペース持ってかれてる。
でも悪くない。いや、むしろ……最高かも。
「ルファルコットに似たもの、あったら食べてみたいけど……この街ではまだ見たことないなぁ」
ルシアが歩きながら、ふと呟く。その横顔が、どこか切なげで、僕は自然と歩幅を合わせた。
「……うん。僕も、まだ出会えてないかも」
「そうなんだ」
「でも、きっとあるよ。ルシアと一緒に探せば、絶対に」
「ふふ、またそうやってかっこつけて」
「いやいや、これは騎士の勘だよ。信じてごらん?」
「……ふふっ、うん。じゃあ、リオン騎士さま。導いてくださいね?」
そう言って笑うルシアの声が、なんだかすごく近くに感じて、ますます鼓動が早くなった。
僕が言葉に詰まったその瞬間だった。
「……あ」
道の先、石畳の角を曲がったところに、小さなカフェの扉がちょうど開くところが目に入った。レンガ造りの外観に、木の看板。そして――
「リオン、見て!あれ……」
ルシアが指差した先、店前のメニュー写真のひとつに、ふわふわのパンケーキの上に緑のソースがかけられた一皿があった。
「……あ、この見た目……少し、ルファルコットに似てない?」
「ほんとだ……! え、これ運命じゃない?」
僕が慌てて振り向くと、ルシアも嬉しそうに目を輝かせていた。
「さすが、騎士の勘……かな?」
「だ、だろ?ね?僕、やるときはやるんだから」
ちょっとドヤ顔を決めたけど、ルシアの前だとなんか決まらなくて、目をそらした。
「……ありがと、リオン」
「え?」
「一緒に探せば見つかるって、ほんとだったね」
その言葉に、僕の胸がじんわり熱くなった。
こんな何気ない会話ひとつが、こんなにも心に残るなんて……やっぱり、ルシアって不思議な子だ。
「……じゃあ、食べに行こうか。ふたりで見つけた一皿」
「うん」
そっと、肩が触れそうな距離で、僕らは扉をくぐった。




