本格的に始動開始!?
「……あ、そういえばさ」
ふと空気を変えるように、俺が口を開く。
「俺たち、ギルドに入ったんだ。ソウスケさんたちに紹介されて」
「えっ、マジで?あのお好み焼き屋の?」
「そうそう。さざなみ酒場の地下で集まりがあるやつ」
「へぇ〜……って、え?まさか、明後日の地下会合に参加するってこと?」
「……え?なんで知ってんの?」
「そりゃ知ってるに決まってるじゃん!あたしもそのメンバーだし、ちなみに下にいた店員の彼もそのひとりね?」
にっこり笑ったリュカは、腕まくりをして自分の前腕を見せてきた。
そこには、青と黒が角度で揺らぐような、不思議な輝きを放つギルドの紋章が刻まれていた。まるで光を吸うような静かな存在感。
「ほら、これ。ふたりもあるでしょ?」
「いや……俺だけ。サクラはまだ」
「えっ?サクラは刻んでないの!?じゃあ……」
そこでリュカがふと眉を上げて言った。
「ねぇ、それならカップル登録してる?」
「……か、カップル登録?」
「えっ、それ、初耳なんだけど……」
サクラと俺が同時に固まった。
「えぇぇ!?聞いてないの!?」
リュカは思わず声を上げる。
「ええええ!?うそでしょ!?ソウスケ、また説明すっ飛ばしたのかあの野郎ーっ!」
リュカが思わず天を仰いだ。
「いや、ソウスケさんから聞いたのは、どっちか一人に刻めば大丈夫ってだけで……」
「そうそう、それは合ってるんだけど、それってカップル登録してる場合限定だから!」
「……そ、そういうことか……!」
「じゃあ……登録してなかったら、サクラも刻まなきゃいけないってこと?」
「そういうことー!まぁ、明後日までに登録してれば問題ないけど!」
「……そ、そっか……」
「あ、なんなら今、登録する?あたしこれでも役職ついてるの!この端末から二人分送信しちゃえば大丈夫!」
リュカは小さな端末をテーブルに取り出すと、ぱん!と手のひらを叩いた。
「じゃーん!手を重ねて、この上にそっと置いて!」
でも――その前に。
俺はそっとサクラのほうへ向き直って、小さな声で聞いた。
「なぁ……サクラ。俺は……その、できればカップル登録……したいって思ってる。けど、無理には言わない。サクラが嫌じゃなかったら……いいか?」
サクラは一瞬だけ驚いたような顔をして、でもすぐにふわっと微笑んだ。
「……もちろん。聞いてくれてありがとう。私は……アルトと一緒がいい」
その言葉に、胸がぎゅっと熱くなる。
「はいはい!決定ねー!さっそく登録いっちゃおう!」
リュカが満面の笑みで手続きを促す。
言われるがまま、俺とサクラはそっと手を重ねて、端末の上に置いた。
ぴと。
その温もりに、俺の心臓がまた跳ねる。
「はい、送信っと!」
端末がピッと音を鳴らす。
「おめでとー!晴れて正式なカップル登録完了!」
リュカがニヤニヤしながら手をパチパチと叩いた。
「な、なんか……めちゃくちゃ照れるな……」
「うん……でも、ちょっと嬉しい……」
サクラがそっと俺の手を見ながら、微笑んだ。
俺が少し視線を泳がせていると、リュカがふっと笑って近づいてきた。
「それで?アルトはどこに刻んだの?」
「えっ、それは……」
「見せて見せて!確認もあるし!」
「ちょ、それが……ちょっと見せられない場所で……」
俺が焦ってると、サクラが小さくため息をついて、リュカの耳元にそっと顔を寄せた。
「……お尻、なの……」
「……ぷっ……あっはははは!!マジで!?それは確かに見せられないわ!!」
「おい!笑うなよぉぉ!!ほんっっっとに痛かったんだからな!?あのライトのせいで!!」
「でも、アイツ実はすごいんだよ?ライトって、戦闘スキルめっちゃ高いから!」
「……え?ただのふざけてるやつだと思ってた」
「うん、普段はふざけてるけど、いざって時は頼れる。アルトも、いずれ戦う側になるだろうから……」
「え……俺が?」
リュカは真剣な顔で頷いた。
「この世界では、武器や魔道書が持ち主を選ぶの。明後日、きっとアルトにも何かが選ばれる」
言葉の重みに、俺はごくりと息を呑んだ。
そのとき――
「私も!」
サクラが、すっと立ち上がる。
「私も……ちゃんと何かできるようになりたい。誰かに守られてるだけの存在じゃなくて、自分の意思で動けるように……戦いたい!」
その声には、震えがありながらも、確かな力が宿っていた。
リュカはしばらくサクラを見つめたあと、ゆっくりと頷く。
「……うん。その気持ちがあれば、大丈夫。選ばれる力ってのは、そういう意志に引き寄せられるから」
サクラは小さく深呼吸してから、そっと席に戻った。
「……なぁ、リュカ」
俺はグラスのレモンティーを口に運びながら、ふと気になっていたことを口にした。
「戦うってさ、そもそも誰と戦ってるんだ?」
その瞬間、リュカの笑みがふっと消え、代わりに真剣な光が瞳に宿る。
「……アルト、あんた、そういうとこ本当に鋭いね」
リュカは背もたれに体を預けて、組んでいた足をゆっくり解く。
「オルヴェリテの外……そこには廃界と呼ばれる場所があるの。感情も色もない、ただ灰色だけで構成された世界。音もなくて、まるで、死んだ後の世界みたいな場所」
「……想像できねぇ」
「普通じゃ見えない世界だからね。でもそこから生まれてくる個体がいるの。感情を持たないまま、誰かの命令もなく、ただ徘徊してるだけ。でも、最近そいつらがオルヴェリテの境界をにじむように越えてきてる」
「……つまり、侵入者……か」
「そう。そして、一番侵入が多いのがミュノエーラ」
その名前に、隣のサクラがピクリと反応した。
「ミュノエーラ……。感情を持った者の墓場って呼ばれてる……場所だよね?」
「表向きはね。でも本当は違う」
リュカは真っ直ぐサクラの目を見て、言い切った。
「今もミュノエーラには、感情を持った人たちが生きてる。ほとんどは南部にある大きな湖、その地下に隠れるようにして暮らしてるの」
「地下に……?」
「感情を持っただけで追われるこの世界で、生きる場所を求めて逃げ込んだ人たち。私は、そこにいる人たちを守るのが本来の仕事なの」
「リュカ……」
「私はずっと、ミュノエーラで保護活動をしてきた。たとえ女王の命令がどうであっても、感情の芽を殺すことなんてできなかった。だから……この目で見て、守って、伝えることを選んだの」
その言葉の重みが、ズシリと胸に響く。
「でも、その地下にすら廃界の個体が侵入してくるようになった。今、あそこも安全とは言えない」
「……だから、戦ってるんだな」
リュカは頷く。
「ミュノエーラの地下では、戦闘訓練や魔術の開発、情報の解析……それぞれが今の自分にできることを探して生きてる。希望を繋ぐように」
「そんな場所が……」
サクラがぽつりと呟いた。
「そしてね、明後日。さざなみ酒場の地下でギルドの会合があるでしょ?実はミュノエーラでも、同じ時間に仲間のギルメンが集まるの。同時進行で情報を交換し合って、次の作戦を練るために」
「……それって……」
「もう時間がないの。どこで何が起きても不思議じゃない」
リュカは、俺の目をまっすぐに見て続けた。
「アルト、あんたが選ばれたのには意味がある。誰かの意思でここに来たんじゃない。アルト自身の存在が、この世界を動かす鍵になる可能性がある」
「……俺が、鍵に……」
俺の中で、何かが静かに軋んだ気がした。何気なく踏み込んだこの世界で、自分が誰かの希望になり得るなんて――
そして、沈黙の中で耳を澄ませるようにしていたサクラが、そっと口を開いた。
「ねぇ……リュカ。ミュノエーラの人たちは、今も……笑ってる?」
「……うん。小さく、控えめに。でもね、その笑顔にはちゃんと希望がある。誰かと繋がっていたいって、そういう気持ち」
サクラは目を閉じて、ゆっくりと息を吸い込んだ。
そして――
「なら、私も。そこに届くように……この手で、できることをしたい」
リュカは少し微笑んで、サクラを見つめた。
「やっぱ、サクラは強いね」
「……今はサクラだけど、サラの強さもいい意味で持ってる」
「ふふ、そうだね」
ふたりの視線が静かに交わる。
その隣で、俺はサクラの手をそっと握りしめた。
「俺も、絶対一緒に戦うから」
「うん……ありがとう、アルト」
夜の静寂の中で、俺たちの想いは確かに熱く繋がっていた。




