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本物のミリ

ぎぃぃぃ……。


きしむドアの音と、俺の心臓の鼓動が重なる。


静かな木の扉を開けると、そこにはまるで貸切かと思うほど、誰の姿もなかった。


「……やっぱり、ちょっと早かったか」


ほっと胸を撫で下ろすようにして、サクラと一緒に奥の4人掛けのソファ席へ、並んで腰を下ろす。


時計を見ると21:50。まだ少しだけ時間がある。


「ふぅ……ドキドキしたぁ……」


サクラが天井を見上げながら、張り詰めていた緊張をふっと抜いた声で言う。


「なんか……待つ方が楽だな」


「……うん、私も今、ちょっとだけ落ち着いてるかも」


「……なぁ、飲み物でも頼んどく?」


「うん、いいね。喉、渇いちゃった」


ふたりでそっとメニューを開く。文字が柔らかく手書き風で、どこか落ち着いた気持ちにさせてくれる。


「これ……レッタの実のレモンティーだって!」


サクラが指差すそのドリンクは、レモンスカッシュみたいにシュワっとしていて、ゴロッとした果実の実がたくさん入ってるものだった。


「爽やかでうまそうだな。俺もそれにする!」


そう言いながら笑い合った、まさにその時――


カツ、カツ、カツ……


階段を上がってくる靴音が静かに響いた。


ドキッ!!


思わずサクラと目を見合わせる。さっきまでのほのぼのした空気が、一瞬で張り詰めた。


「……ミリ、かな……?」


ぎぃぃぃ……。


ドアが軋んで、ゆっくりと開く音がした。


足音が、近づいてくる――


カツ、カツ、カツ……


「アル、サラ、お待たせ!」


突然、明るい声が空気を破るように響いた。


視線をそちらへ向けると、そこには今までのミリとは全く違う女性が立っていた。


オレンジ色のボブヘアがふわりと揺れて、笑顔が自然で柔らかい。


カーゴパンツに白いシャツ、どこかボーイッシュで動きやすそうな服装。でも、その立ち姿には自信と落ち着きがあって、不思議と安心感を感じた。


「え……ミリ……さん?」


俺は、ぽつりと呟いていた。


表情も、声のトーンも、纏う空気までも、今までの機械のようなミリと違って、思わず首を傾げてしまった。


「ふふ、びっくりした?これが本物のあたし!」


予想を遥かに超える、明るくて元気な声と動作に、俺は一瞬、反応が遅れた。


「あ、あの……本当にミリ……なの?」


サクラが隣で、恐る恐る口を開く。声はか細く、今までミリに見せていた女王の顔はすっかり消えていた。


「もちろんっ!」


オレンジボブの彼女は、ニッと笑って指でピース。


「そんなに違う!?まぁ、分身のミリはあたしの趣味だからね!」


「しゅ、趣味……?」


「そ!理想的な情報収集マシーン!表情固定!反応最小限!最強すぎじゃない!?もう、好きすぎて自分で組み立てたくなるくらい!」


俺もサクラも思わず目を丸くして、口を開けたまま固まった。


「……なんか、思ってたのと全然違う……」


「え?そうなの?もう、それ傷つくぅぅ!」


そう言いながら、ミリは俺たちの正面の席にどかっと腰を下ろす。とにかくテンションが高い。明るい。元気すぎる。


「ってか、そんな堅苦しくしなくていいから!普通にしゃべって?こっちが気遣うっての!」


「あ……う、うん」


サクラは明らかに戸惑っていた。けど、口調はどこか和らいでいる。


「あっ!それより先にいい?お腹ペコペコで死にそう!ごはんごはん!」


「えっ、あ、ちょ、俺たちも注文……!」


「オッケー!ピンポーンっと!」


躊躇なく呼び出しボタンを押すミリの姿に、俺はつい口を開けたまま見てしまった。


本当に、これが……本物のミリ?


驚きが冷めないうちに、さっきの穏やかな男性店員が2階へと上がってくる。


「はーい、お待たせしました」


「えっとー、あたしはいつものやつで!でね、あとレッタの実のレモンティーをふたつねっ!」


「はいよ。ちょっと待っててな」


「急いでね!あたしもうお腹空きすぎて倒れそう!」


「お前は、絶対倒れねぇから大丈夫だって!」


くすっと笑いながら、店員は階段を降りていった。


「……今の店員さん、知り合いなのか?」


「うん!大事な友達のひとり!すっごく頼りになる仲間!」


「へぇ……なんか……色々と想像と違いすぎてて、ついていけねぇ……」


「ふふっ、それが狙いなの。どんな場所でも、自分をうまく隠して行動できるかどうかって、大事でしょ?」


ミリの目がその瞬間だけ、すっと鋭くなる。


――あ。


ちゃんとプロの顔、してる。


だけどその次の瞬間にはまた、ぱっと笑ってテーブルに身を乗り出してきた。


「……ま、話は後で。まずはごはん!お腹空いてると、テンション保てないんだもん!」


「お、おう!そうだな!」


「ねぇねぇ!サラはこういうあたし、好き?苦手?」


「え?……あ、あの、えっと……まだちょっと慣れないけど……でも、嫌いじゃないかも……」


少しだけ頬を赤らめながらそう答えるサクラを見て、俺はまた一つ、心の中で小さくガッツポーズをした。


あぁぁ……よかったぁぁぁ。


ミリのこのテンションの高さにサクラがついていけるか心配だったけど、大丈夫そうだ。


しばらくして、階段からトントンと軽い足音が聞こえた。


「あ、お待たせしましたー」


さっきの男性店員が、トレーに料理と飲み物をのせて現れる。


「はいよ、マヒュドハン大盛りひとつ!あと、レッタの実のレモンティーをふたつね」


器用な手つきで、湯気の立つお皿と涼しげなグラスが、目の前に並べられていく。


「ごゆっくりどうぞ」


「ありがとー!」


ミリが笑顔で手を振ると、店員の男性もひらりと手を返しながら下の階へ降りていった。


「さてっ、いただきまーすっ!!」


ミリは一瞬でフォークを手に取り、勢いよくバクバクと食べ始める。まるで戦士のような食欲。


「うわ……」


「すごい勢い……」


俺とサクラはレモンティーのストローをくわえながら、目をぱちぱちさせてその様子を見つめるしかなかった。


「なぁ、ミリ……じゃなくて、そっちの本当の名前だけ、先に聞いてもいいか?」


俺の問いかけに、ミリ――いや、彼女は手を止めて、ぱっと顔を上げる。


「あっ、そうだったね!」


笑顔でフォークを口に運びながら、ぺろっと舌を出すように言った。


「リュカっていうのが本名!よろしくっ」


「リュカ……?」


「うん!リュカ・トリュースメイが本名だけど、長いし面倒だからリュカでいいよ!」


「へぇ……リュカ」


俺が口にすると、ちょっと照れくさそうに笑った気がした。


「アルトは知ってるけど、サラは?」


「……あっ、私……本当の名前はサクラ」


サクラが少しだけ姿勢を正して、答えた。


するとリュカは、目をキラキラさせ笑顔を見せた。


「サクラ!すっごくいい名前じゃん!響きも綺麗!なんか……癒される!」


「ふふ……ありがとう、リュカ」


褒められたサクラは、ふわっと頬を染めて、グラスを両手で持ちながら照れくさそうに笑った。


「ってかリュカ、そのマヒュドハンって何入ってんだ?」


「んー?ご飯とお肉と、ちょっとピリ辛のヤツ!名前の由来は知らん!」


「いや、知らねぇんかい!」


「ふふっ」


サクラの笑い声が静かな空間に柔らかく響いて、俺の心をくすぐってくる。


――こうして少しずつ、リュカとの距離が近づいてくのを感じた。

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