ミリと会うまでの何気ない日常2
俺たちは無事にスーパーでの買い物を終えた。
大袋を片手に提げながら、俺が「うーん、やっぱちょっと重いかも……」と小さく呟いたその時――
「アルト、重いでしょ?」
サクラがくるっと振り向いたかと思うと、スッと俺の手から袋を奪っていく。
「ちょ、サクラ!?持つって!」
「そこに一時収納できる場所を見つけたの! 今、預けてくるから!」
「いや、だから俺が……!」
「大丈夫だからーっ!」
そう言い残して、サクラはタッタッと小走りで、ロッカーみたいなところへと向かっていった。
……ああ、もう、ああいうとこもマジで好き……
「おい!サクラ、待てって!」
慌てて追いかけた時にはもうすっかり作業が終わっていて、サクラが笑顔で両手を広げる。
「じゃーん!収納完了っ!生鮮食品も安心の、自動保冷システム付き収納庫だよ!」
「ったく……俺がやるって言ったのに」
「少しでもアルトの役に立ちたいの!」
「……サクラ……」
ズルいぞ、そういうの。
そんなこっちの気持ちにも気づいてないように、サクラはパッと顔を上げて言った。
「あ!そうだ!エプロン見に行かなきゃ!」
「え、エプロン?」
「アルトがくれたネックレスに合うやつ……ちゃんと選びたいんだもん!」
嬉しそうに話すその姿に、こっちまで顔が緩みそうになる。
再び足を運んだのは、あのふわふわヘアターバンを買った雑貨屋。
サクラは棚の前で、いろんな種類のエプロンを見比べながら、じっと真剣な表情をしていた。
「うーん……このネックレスには、やっぱ白系かなぁ……?」
チャームに指を当てながら、ぶつぶつ呟いている。
……俺の買ったネックレスに合わせてくれてるぅぅぅ!!かわいい!!
「アルトは、どういうのが好き?」
「え、え!?」
急にふられて、内心めちゃくちゃ焦る。
ど、どうする俺……どれ選んでも変な空気になりそうな気が……!
ついつい目がいってしまったのは、リボンとレースがふんだんに使われた――いわゆる「フリフリ系」だった。
あああああ!俺はダメな男だぁぁぁ!何でこうなるんだよぉぉぉ!!
ひとりで頭を抱えてうずくまっていると……
「アルト、もしかして……これがいいって思ったでしょ?」
え……?
顔を上げると、サクラがちょっと頬をふくらませながら、俺がガン見してたフリフリエプロンを片手に立っていた。
「ち、違っ……いや、それは……っ!」
「もう!アルトってば、意外とフリフリ好きだよね……ふふっ」
からかうように笑いながらも、サクラはそのエプロンを胸に当てて、鏡の前で軽くポーズをとった。
「……でも、アルトが似合うって思ってくれるなら、それが一番かも」
「っ……!」
今、心臓の音が完全にやられたって言ってる。
「ね?このエプロン……買っていい?」
「い、いいに決まってる……」
「ふふ、ありがとう。じゃあこれで、お好み焼き頑張るね?」
ああもう、好きが止まらねぇ……!!
その時――
サクラはエプロンを見つめながら、ぽつりと呟いた。
「……こういうの、選ぶのって不思議な気分」
「え?」
俺が顔を向けると、サクラはタグを指でなぞりながら、微笑んだ。
「私、これでも女王って立場にいるでしょ?」
「う、うん」
「だから、言葉ひとつでなんだって手に入っちゃう。服も、アクセサリーも、こういうエプロンも……すぐに」
そう言いながらも、サクラの声はどこか寂しげだった。
「でも、それってなんか……ただあるだけって感じなの。気持ちが乗ってないっていうか」
「……サクラ」
「アルトがプレゼントしてくれたネックレスみたいにね、頑張って稼いだお金で、誰かのためにって思って選んだものの方が……ずっと心に残るの」
その言葉に、俺の胸がきゅっとなった。
「だから、私も働きたい。自分の手で何かを得て、それを大切な人に渡してみたい。そうしたら、少しは私らしくいられる気がするから」
「……サクラ……」
たまらず、俺は一歩前に出て、エプロンをパッと手に取った。
「だったら――これだけは、俺に買わせてくれ!」
「えっ?」
目をまるくしたサクラに、俺は真っ赤になりながら叫んだ。
「これは俺の趣味だし、俺が働いた金で、サクラに贈りたいんだよ!今日は俺のターンでいさせてくれ!」
少しの間のあと、サクラはふっと笑って、こくんと頷いた。
「……今日だけは、ありがとう。すごく嬉しい」
その笑顔に、俺の心臓はギュインッて音立てた気がした。
「今は女王って立場にいるけど、それだけじゃ足りないって、今ようやくわかった」
「……サクラ」
「だから、これから私も自分で稼ぐ。そして、大切な人のために、アルトのために……自分自身のために生きていきたい」
言葉のひとつひとつが、あたたかくて真っ直ぐで。
その横顔が今まででいちばん綺麗に見えた。
「……よし、じゃあ俺も負けてらんねぇな!」
「ふふ、勝負する?」
「待ってろ!買ってくる!」
俺はエプロンを持ってレジへと向かった。
「ありがとうございましたー!」
雑貨屋の扉がカラン、と鳴って開いた。
「サクラ、これ」
俺は、恥ずかしい気持ちを抑えるように、サクラに紙袋を手渡した。
「アルト……ほんとにありがとう」
サクラは嬉しそうに、エプロンの入った紙袋を胸元にぎゅっと抱え歩きだした。
「そんなに嬉しいか?」
「うん。すごーく幸せ」
サクラはふわりと笑って、エプロンの袋をちらりと見下ろす。
「完全に俺の趣味だけどな!!」
「あはは!もう、分かってる!」
サクラの仕草や言葉がかわいすぎて、俺は話を逸らすように――
「……よ、よし、そろそろ向かうか!少し早いけど」
「うん、そうだね」
夜風が、さっきまでの笑顔をそっと現実に引き戻していく。ドキドキと胸の奥が騒ぎ始めるのを、俺は無理に抑えようとした。
本物のミリって……どんな人なんだろう。
正直、想像がつかない。
「案外、この街って広いんだな」
ふと見上げた街の光景は、異世界とは思えないほど落ち着いていた。
「うん、私も思った……。でも、造られた街、なんだよね」
サクラの言葉に、俺は少しだけ下を向いた。
そうだ。すべてが誰かの意志で作られた世界――だからこそ、そこにある本物を見つけなきゃいけない。
そんなことを考えていると――
やがて、目の前に目立たない木の壁に囲まれた建物が現れた。
「ここ……?」
「うん。看板、ほとんど木に埋もれてるけど……ここに小さくタオの家って書いてある」
「ここに本物のミリがいるのか……」
「私、うまく話せるかな……」
「ミリのことだ。いいやつだよ」
「うん、そうだね」
俺たちは静かに、木のドアを押し開けた。
中から、落ち着いた男性の声が響く。
「いらっしゃいませ」
店内は柔らかい灯りに包まれていて、まるで隠れ家みたいな雰囲気だった。
奥には小さなカウンターがあり、そこから先ほどの声の主である、穏やかな雰囲気の男性が、にこやかにこちらへ視線を向けてくる。
「2階をご利用のお客様ですね?」
「……あ、はい」
「どうぞ、ご自由にお上がりください」
俺たちは軽く頭を下げて、階段へと足を向ける。
木製の階段は一段一段、控えめにきしむ音を立てる。サクラはそのたびにエプロンの袋を抱えなおしながら、俺の少し後ろを静かについてきた。
「緊張してる?」
「……ちょっとだけ」
「大丈夫。俺が隣にいるから」
そう言いながら、俺は振り返って、サクラに笑いかけた。
サクラも、少しだけ表情を緩めて、こくんと頷いてくれる。
階段を登りきると、そこにはシンプルな木の扉が一つ。
扉の向こうに――本物のミリがいる。
俺たちは小さく深呼吸をして、視線を交わした。
「……行こうか」
俺がそう囁くと、サクラは静かに頷いた。
そして俺は、そっと扉に手をかけた――




