ギルドに入ることを決めた日3
俺はズボンをそっと上げながら、背後から熱のこもった視線を感じて振り返る。
そこには、心配そうな表情のサクラが立っていた。
両手で目を覆っていたせいか、まだ頬には緊張が残っている。
「……アルト、大丈夫だった?」
その問いかけは小さくて優しくて、俺の心に温かさがじんわり広がった。
「いや、まぁ……その、ちょっとだけ泣きそうだったかも……」
「ふふっ。さっき、背中がすごく震えてたよ?」
「な、泣いてないって!」
「でも……がんばってたね、ちゃんと伝わってたよ?」
そう言って、サクラはふわりと近づいてくる。
そして――
そっと、俺の頭に手を添えて、髪を指先でなぞるように撫でてくれた。
「よしよし……アルト、おつかれさま」
「……!」
その一言だけで、痛みも恥ずかしさも、ぜんぶ昇華しそうになる。
「ほんとにすごいなって思った。だから……」
そう言いながら、サクラが小さく、俺に軽く身体を寄せる。
ふわっと、かすかに触れるくらいの軽いハグ。
そして、俺の背中をぽんぽん、と優しく叩いてくれた。
「……こういう時は、甘えていいんだよ?」
「サクラ……」
なんでこんなに、優しいんだよ。
思わず口を開きかけたけど、その優しさを目の前にしたら何も言えなかった。
「……ね、痛かったでしょ?」
「ま、まぁな……」
「えへへ、がんばったからね。ちゃんと褒めたかったの」
その言葉が、妙に心に染みて――
……今じゃね?
俺はそっとポケットに手を入れた。
午前中、こっそり買った、小さな箱の感触が指先に伝わる。
「……あのさ、サクラ」
「ん?」
俺はギュッと箱を握りしめたまま、サクラの顔を見た。
「……渡したいものがあるんだけど」
「えっ?」
サクラがきょとんと目を瞬かせる。
俺は勢いのまま、ネックレスの入った箱を差し出した。
「これ」
「……え?」
「中、見てみて」
サクラはそっと両手で箱を受け取ると、ゆっくり、丁寧に包みを剥がして小さな蓋を開けた。
「……わぁ……!」
サクラの瞳が一気に輝いた。
キラキラって、ほんとに音が聞こえてきそうなほど、純粋な喜びの顔。
「綺麗……!これ……」
「まだ、いい物とかプレゼントできるほど余裕ないけど……」
「どうしても、サクラに何か渡したくて……頑張って釣った金で買った」
サクラはネックレスをそっと手に取りながら、ふわっと微笑んだ。
「……いい物じゃなきゃ、って思ってるの?」
「えっ……?」
「私はこれがいい。アルトが選んでくれたこと、それがすごく嬉しいの」
俺の胸が、またぎゅうっと締めつけられる。
「これって……」
サクラはネックレスのチャーム部分を指先で撫でる。
「アルトのAと……サクラのS?」
「え!?うそ、バレた……」
「ふふっ、すぐわかったよ? だって……ちゃんと、私のこと考えてくれたって伝わってきたもん」
「……サクラ……」
「ねぇねぇ、つけて? 今、つけてほしい」
「えっ!?い、今!?」
「だめ?」
その上目遣い、ずるいだろぉぉぉ……!!
「い、いいに決まってるだろ!」
俺は震える手でネックレスを取り出し、サクラの首元にまわす。
「……動くなよ?」
「うん」
サクラは素直にくるりと背を向けると、両手で自分のツインテールをふわりと持ち上げた。
さらさらの髪が揺れて、うなじがちらりと覗く。
う、うわ……この角度、やばい……
お、落ち着け俺……絶対に手を震わせんなよ……
カチャッ。
ネックレスの留め具が音を立てた瞬間、俺は心の中で両手を突き上げた。
よっしゃああああ!!!
「……はい、つけた」
「ありがとう、アルト」
サクラは小さく笑って、チャームにそっと手を当てた。
「一生、大事にする」
「……っ!」
心臓、爆発する……!!
サクラのその表情に、俺もそっと微笑みを返した。
「じゃあ……そのぶん、俺も一生、守る」
「……うん、楽しみにしてる」
甘酸っぱさに満ちた沈黙の中――
俺たちは、再び目を合わせて、またふわりと笑い合った。
ドアを開けると、まるでこちらの様子を覗いていたかのように、ライトが体を丸めて、ニヤニヤと立っていた。
「ふふ……見てませんよ。ネックレスをプレゼントしてたシーンなんて」
「お、お前、思いっっっきり見てただろぉぉぉぉ!!」
俺は思わず顔を真っ赤にしながら、サクラの手を引くように店を出た。
すれ違いざま、ライトに最大級の変顔をかましてやる。
それでもライトは、目を細めて満足そうに笑っていた。
――なんなんだ、アイツ……怖ぇぇよ!
店を出ると、少し冷たい風が頬を撫でていく。
「さてと……お好み焼きの材料でも買いに行くか?」
「うんっ」
サクラの返事は、どこか嬉しそうで、その声だけで、胸がふわっとあたたかくなる。
でも、ふと俺は気になって、横目でサクラの顔を覗いた。
「ってか、サクラ……戻って女王さまになれるのか?」
「……うーん、どうかな……」
サクラは足元を見つめながら、小さく呟いた。
「記憶はあるの。でも……話し方とか、表情とか……命令口調で誰かに指示するっていうのが、今の私にできるのか……正直、よくわかんない……」
「……サクラ……」
戸惑いの混じった声に、思わず立ち止まりそうになった。
「……ルカのこともあるし」
その名前が出た瞬間、俺の胸がきゅっと締めつけられる。
ルカ――
今、サクラを不安にしてる原因のひとつ。
「だったら……ミリだ」
「え?」
「サクラ、ひとつ聞いてもいいか?」
「うん」
「……レイが“ミリは女王に近い存在だった”って言ってたけど、どういう意味なんだ?」
俺が問いかけると、サクラは少しだけ顔を曇らせた。
「それは……たぶん、ミリがルカの下についてたからだと思う」
「ルカの……?」
「うん。でも、ミリは途中から……なんとなく、ルカと距離を取るようになったの」
「どうして?」
「理由までは、わからない。けど……今は、レイやリオと一緒に行動してる。たぶん……ミリなりの考えがあるんだと思う」
「……なるほどな。やっぱりミリに聞くっきゃねぇな」
ミリがルカの元にいたってことは、俺たちが知らない情報もきっと持ってる。
だったら、尚更ちゃんと聞かないといけない。サクラのためにも。
「女王さまの演技……ミリに通じるかな……?」
「無理に話さなくてもいい。俺が聞く。サクラは隣にいてくれるだけでいいから」
サクラは、少し戸惑いながらも頷いた。
「よし、呼ぶか……」
俺はポケットから通信端末を取り出し、ミリに連絡を送った。
『聞きたいことがある。噴水前のカフェに来てくれないか?』
数秒もしないうちに、画面に返事が表示される。
『わかった』
さすがミリ。返信早ぇ……って思ったのも束の間、さらにメッセージが届く。
『ちなみに制服は目立つ。着替えていく』
『ありがとう。待ってる』
「ミリ、来てくれるってさ」
「そっか……良かった」
サクラの安心したような笑顔を見て、俺の中の守りたい欲がまた、静かに火を灯した。
ぜってぇ、答え見つけてやるからな、サクラ!




