ギルドに入ることを決めた日2
「『魔道書・タル』……ここか?」
目の前に佇むのは、木造りのちいさな建物。軒先の木の看板には、さりげなく異世界文字で店名が書かれている。
「うん、ここで間違いないと思う」
サクラはそっと俺の袖を掴んで、小さく頷いた。
「よし、入るぞ」
ギィィ……と少し軋む音を立てて、扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
静かな声が店内に響く。
カウンターの奥に立っていたのは、メガネをかけた落ち着いた雰囲気の男性だった。茶色の髪をセンターで分けて、ローブのような服を着ている。
……この人が、オールさんか?
中には数名の客がいて、みんな黙々と魔道書や薬草を手に取って品定めしていた。
妙な静けさが、逆に緊張感を増す。
「えーっと……なんだっけ、青の魔道書を……リズの……」
思わず声に出しかけたその時。
「すみません、少しいいですか?」
サクラが俺の袖をそっと離れ、すっとカウンター横へと歩いていった。
え、サクラ……!?
「何かお探しのものでも?」と微笑む男性に、サクラは一歩だけ近づき――
「オールさん、ですよね?」
「……ああ。私のことを知ってる方なんですね。そうです、私がオールです」
低い声で優しく答えるオール。
その瞬間、サクラは顔を寄せ、彼の耳元で合言葉を囁いた。
「青の魔道書を12冊、リズの枝を3本、レモンの果汁を加えて――」
ぴくり、とメガネの奥の目が光った。
オールはすぐにサクラに目を向け、静かに頷いた。
「……他のお客様の対応が終わり次第、準備に入ります。それまで、しばらくお待ちください」
そう言って、再びカウンターへ戻っていった。
俺はその間ずっとぽかーんとしていた。というか――
「サクラ……なんか今日ずっと頼もしすぎない?」
「え……そうかな?」
その時のサクラの声は、やわらかくて、少しだけ照れてるようで――
めちゃくちゃ普通の女の子だった。
え、なに今の……かわいすぎるんだけど……
昨日までの無表情で無感情だったサクラが、今こうして自然に話してることが、なんだか不思議で……でもすごく嬉しくて。
今の「え……そうかな?」って言い方とか……ずるくね!?
「さっきから俺、何もしてねぇ気がするんだけど……?」
そう言いながらも、俺はサクラから目が離せなかった。
「だって……アルトの役に立ちたいから」
「うっ……」
きたぁぁぁぁぁぁあ!!
心臓が、バクンッ!て音立てた気がした。
こんな普通の会話が、こんなにも破壊力あるなんて誰が思ったよ!?
頬が熱くなってるのをごまかすように、俺は慌てて背けた。
「そ、そりゃ助かるけどさぁ……っ」
「ふふっ。あとでちゃんと褒めてね?」
「お、おう……あとでなっ!」
なんだよもう……その笑い方……!
無意識に、サクラの髪の動きとか、笑った時の口元とか、目の動きまで目で追ってしまう自分がいた。
やっば……完全に意識してる……
――俺、大丈夫か?この後、集中できる自信ないんだけど……
なのに、サクラは何も知らない顔で、静かに隣に立ってくれている。
その距離が、くすぐったくて、甘くて。
俺は目の前の魔道書の背表紙を睨みながら、思わず心の中で呟いた。
……このままじゃ、マジで狂いそう。
数分後、他の客が全員店を出たのを確認すると、オールは立ち上がり、店の入口に「準備中」の札をさりげなく吊るしに行った。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
俺とサクラは、カウンター奥の木製の扉をくぐり抜け、小さな部屋に案内された。
……刻むって、やっぱ痛いんだよな……?
ちょっと不安になりながらも腰を下ろすと、オールが優しく微笑んだ。
「お名前、伺っても?」
「アルトです」
「サクラです……」
「アルトさん、サクラさん。改めまして、私の本名はライト――この街ではオールと呼ばれています。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……」
「では、さっそく始めましょうか」
「……あ、俺だけでお願いします!」
思わず手を上げて遮ると、ライトはクスッと笑って俺を見た。
「見てれば分かりますよ。大切なんですね、サクラさんのこと」
「なっ……!」
その一言で、俺の顔は一瞬で真っ赤になった。
な、なんでバレてんだ!?表情か!?心の声が漏れてんのか!?
「刻む場所は選べます。腕や背中が多いですけど、どうなさいます?」
「え、えーと……サクラ以外に見られることって、ないよな……?」
「う、うん……でも、万が一バレた時に見つかったら……」
サクラが不安そうに唇を噛む。
そうだよな。もし見つかったら、俺だけの問題じゃ済まない……
そこで俺は、サクラの耳元にそっと顔を寄せた。
「……これなら、いいよな?」
「っ……」
耳にかかった俺の声に、サクラの肩がピクッと揺れた。
数秒の沈黙のあと、顔を真っ赤にして、こくんと頷くサクラ。
やべぇ、かわいい……!
「……どうしたんですか?ふたりとも顔が真っ赤ですよ?」
ライトが目を細めて、ニヤニヤしながら尋ねてくる。
「な、な、なっ……なんでもないです!」
俺は椅子から立ち上がり、慌てて自分の尻をポンと叩いた。
「こ、ここでお願いします!」
「おお、なるほど。お尻ですね?はい、承知しました。じゃあ、出してください」
「いやその言い方!!」
「ちなみに、ギルドの集まりのときには紋章の確認がありますので」
さらっと言いながら、どこか楽しそうに準備を始めるライト。
「ア、アルト!わ、私後ろ向いてるからっ!」
サクラはバッと反対を向き、両手で目をぎゅっと覆った。
「い、いや見られてねぇのに恥ずかしすぎるってこれぇぇぇぇ!!」
……俺、今まさに尻を出して、何の覚悟を決めてんだよ……。
まさかこんな状況で、ギルド入りを決める日が来るなんて、誰が想像したよ!
でも、サクラがそばにいるなら……なんでもやってやる!!
「お、お願いします!」
俺は覚悟を決めて、気合いと共に声を張った。
「かわいいお尻ですね」
「だから言い方ぁぁぁ!!」
返事の代わりに聞こえてくるのは、どこか楽しげなライトの声。
「お尻のほうは初めてなので……ふふ、楽しみです」
「なんの経験値だよぉぉぉ!!!」
なのに、俺のツッコミは完全スルー。
後ろで何かガサゴソと準備してる気配がする。
「これは特殊な野草と鉱石の粉を組み合わせて作った特製インクになります。……では、少しチクっとしますが、頑張ってくださいね」
「っしゃあ来い!!」
――と思ったのも束の間。
「うおおおおおぉぉぉぉ!!! どこがチクっとなんだぁぁ!!」
腰から火花が散ったような衝撃!
「いってぇぇぇぇえ!!!」
背中がビクッとなるけど、動いたらまずいやつだってわかってる。
耐えろ……サクラの前だろ!?ここで泣いたら男がすたる!!
「もうすぐ終わりますよ……あ、すみません。久しぶりだったので麻酔を忘れてました」
「な、なんだってぇぇぇぇ!?!?」
おいぃぃぃぃ!!!先に言えやぁぁぁ!!!
「痛かったですよね?すみません」
「絶っっっ対!思ってないだろぉぉぉ!!!」
俺は涙目で振り返ってライトを睨んだ。
だけど彼はにこにこしながら、インクの器具を拭いている。
くそ……覚えてろよ……絶対忘れねぇからな……!
……いや、でもこれでギルドに正式に加われたんだよな。
それだけで、ちょっと報われた気もする。
いいんだ。終わったらサクラによしよししてもらうんだ……ぐすぐす……
そして――
「はい、お疲れさまでした。綺麗に模様が入りましたよ」
「……どんな模様なんですか?」
聞くと、ライトはまたニヤリと笑った。
「サクラさんに見てもらって、教えてもらってください」
「な……っ、なんでサクラ限定なんだよ!!」
「ふふふ、では、明後日の集いで」
そう言って、ライトは軽やかに出口へ向かった。




