ギルドに入ることを決めた日
「……彼女は、この世界の核だ」
ふと、レイの言葉が頭に蘇る。
俺の隣で静かに座っているサクラは、何も言わず、ただ静かに話に耳を傾けている。
「あの……ちなみに、オルヴェリテが完成したのって……いつなんですか?」
俺がふと口にすると、ソウが頷いた。
「かれこれ2年経ちます。あそこに見える大きな城、あの場所に女王さまが即位された日が建国記念日なので……」
「それまでの間は?」
「その頃までは、ただこの世界を創ることで手一杯で。街も空も、人の気配も、すべてが……無でした。モノクロの世界、とでも言えばいいでしょうか」
「……そんな……」
言葉を失いかけた時、リンが静かに続けた。
「でも、女王さまが即位してからも、街はずっと歪んでいました。個体も、自然も……空気さえも。優しさがなくて、常に緊張感が漂ってる感じで……」
「じゃあ、個体の暴走も……」
「もちろん。即位後も続いていました。さっきも言いましたが――嘘のようにこの世界が穏やかに変わったのは昨日からなんです。」
昨日――
そのタイミングに、俺はドキリとした。
……サクラと一緒にいた日だ。
「ちなみに、その……指示を出してるのって、誰なんですか?」
恐る恐る聞くと、ソウとリンが顔を見合わせた。
「……あの、茶髪の女性と……彼女の部下たちです」
「え?」
「感情を持つ者は、個体に合わせて生きろって命じられてます。基本的に目立たず、何も言わず、従っていろと……」
「……」
「だからこうして、他の誰かと自然に話せるのは、俺たちにとって5年ぶりなんです……」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
「その茶髪の女性の……名前、聞いてもいいですか?」
俺は、確認するように静かに尋ねる。
少しの沈黙のあと――
「……ルカ様、です」
……やっぱり。
「私たちは内密に、感情を持つ者同士でギルドを作っています。情報交換や、この世界の真実を暴くための小さな組織です」
「ギルド……?」
「はい。名前のない集まりですが、互いに連絡を取り合いながら、各地で感情を持つ者を探しています。私たちもその一員です」
俺は無意識に隣のサクラに目を向けた。けれど彼女は、まっすぐ前を見ていた。
サクラ……
そして次の瞬間――
「そのギルドに、私たちも入れてもらうことはできますか?」
「えっ!?」
突然、サクラが口を開いた。しかも、めちゃくちゃ丁寧な敬語!!
「私の名前はサクラと言います。ほとんどの記憶を失っています……だから」
う、うわっ……え!?なにが起きたんだ?
サクラっていつからこんな普通だったんだ……別人……?
「……だから、私は自分自身のことを少しでも知りたいんです。もしギルドに入れるなら、色々な事に協力します。よろしくお願いします」
俺はその横顔を見ながら、ぽかーんと口を開けたまま固まっていた。
……だ、誰……? さっきまでふわもこヘアターバン選んでた子と同一人物……!?
「あ、あの……!」
俺も慌てて言葉を繋いだ。
「俺はアルってこの世界では呼ばれてます。本当はアルトって名前です」
「日本から来たのは、いつですか?」
「……昨日です」
「昨日!?」
ソウとリンが同時に驚く。
「そんな急に?なんで……?」
「いや、これには……ちょっと、複雑な事情があって……」
言葉を濁した俺を、サクラがそっと横目で見てくる。
その時、リンが優しく笑った。
「……きっと、何かの意味があるんだと思います。だって今のオルヴェリテは、少しずつ変わりはじめてるから」
サクラは静かに頷いた。
その表情は、どこか切なくて――でも、光を宿していた。
「……俺の本名はソウスケっていいます」
静かに告げた赤髪の彼に、俺は自然と背筋を伸ばした。
「私はカリン。こっちでは偽名みたいなもので過ごしてたけど……もう隠す必要はないですね」
リン……いや、カリンはそう言って微笑む。
「こうやって出会ったのも、何かの縁だと思ってます」
「……縁、か」
サクラの隣でぼそりと呟いた俺に、ソウスケが少し顔を近づけてきた。
「実は、ちょうど明後日の夜22時。街の海沿いの酒場「さざなみ酒場」の地下で、ギルドの集まりがあります」
「え、集まりって……その、感情を持つ者の?」
「はい。ただし……お願いが一つあるんです」
「お願い?」
俺とサクラは同時に声を揃える。ソウスケの表情は真剣だった。
「どちらかお一人――アルトさんかサクラさん、どちらかに“ギルドの紋章”を体に刻んでいただきたいんです」
「……刻む?」
「命からがら活動しているので……そこは徹底してるんです。万一、捕まっても仲間だと証明できるように」
空気が一瞬、ピリッと張り詰めた。
俺は隣のサクラを見る。だけど、彼女は微動だにせず黙っていた。
……そりゃそうだよな。サクラは記憶もないし、いきなり体に刻むとか……
サクラの白い肌に……ダメだ!それは俺が許さねぇ!!
俺はグッと前に出ると、はっきり言った。
「わかった。俺が入れる」
「アルト……」
サクラの目が少し揺れたけど、止めなかった。
「ちなみに、どこで?」
「ここから真っ直ぐ行った通り沿いに、魔道書や薬草を扱う「タル」という小さな店があります。店主の名前はオール。彼もギルドの一員です」
ソウスケはさらに声を落とす。
「彼に『青の魔道書を12冊、リズの枝を3本、レモンの果汁を加えて』と伝えてください。それが合言葉です」
「……メモした方がいいか?」
俺がサクラにそれとなく尋ねると、
「大丈夫。覚えました」
サクラが小さく頷く。俺の手にそっと自分の指先を重ねて。
「……ありがとう、アルト」
その一言が、やけに胸に響いた。
サクラは絶対俺が、守る……!!
そう強く誓いながら、俺はソウスケたちに向き直った。
「了解です。じゃあ……明後日、そこの酒場の地下ですね」
「はい。お待ちしてます」
ソウスケたちと別れて、俺とサクラはオレンジ色に染まった街並みを並んで歩いていた。
目的地はもちろん「タル」という小さな魔道書屋。
けど、俺の頭の中はさっきのサクラの姿でいっぱいだった。
「おい、サクラ!」
つい、声が出た。
「さっきのあれ……いつからあんな普通に話せるようになってたんだよ!?敬語とか、自己紹介とか、ギルドの申し出とか……お前、別人すぎるだろ!」
するとサクラは、足を止めて少しだけ顔をそらした。
「……ごめんね、驚かせちゃって」
「いや、別に怒ってるわけじゃなくて……」
「……お好み焼き食べてる時くらいから、なんだか……言葉が、すぅって出てきたの。今までは言葉にするのが難しくて、ずっと戸惑ってたのに……」
小さく、俺の裾をぎゅっと掴みながら話すサクラ。
「でも急に変わったらアルトが戸惑うかなって思って……変に思われたら、どうしようって……」
「サクラ……」
俺は思わず、サクラの頭に手を伸ばした。
キャップ帽の上から、そっと撫でる。
「俺は嬉しいよ。サクラが、ちゃんと“サクラ”になっていくのがわかって、すごく安心した」
「……ほんと?」
「ほんと」
サクラは、照れくさそうに笑って、小さく「ありがと……」って呟いた。
その声が、やたらとかわいくて、俺の心臓がバカみたいに暴れ出す。
けど、ふとサクラの表情が曇った。
「……あのね、アルト」
「ん?」
「私……自分がなんで女王になったのか、ほんとによくわかってないの」
「……」
「ルカが何を考えてるのかも、何を目的にしてるのかも……考えようとすると……今はすごく怖い……」
サクラは自分の胸元をぎゅっと押さえた。
「でも、それでも真実が知りたいの。自分とちゃんと向き合いたいから」
言葉に迷いながらも、絞り出すように話すその姿に、俺はもう一度、キャップ越しに頭を撫でた。
「……それでも前に進もうって思えたの、すげぇよ。サクラは」
「……ううん、そうじゃないの」
サクラは顔を上げて、まっすぐ俺を見つめてくる。
「私が進もうって思えたのは……アルトがいてくれたからだよ」
「っ……!」
やっばい。こっちの心臓が持たねぇ……!
「それにね、今……この世界で私が信じられるのはアルトしかいないの」
その言葉に、息が詰まりそうになった。
気がつけば、俺はサクラの手をギュッと握っていた。
優しいぬくもりが、指先から伝わってくる。
「……ありがとう、サクラ。俺がいる。絶対、守るから」
サクラは微笑んで、小さくうなずいた。




