まさかの出会いと真実
「あ……かわいい」
サクラがふわっと足を止めた。
雑貨屋の一角で、じっと見つめていたのは――
薄いピンクの、ふわふわギャザーのついたヘアターバン。
「アルト、さっきのルームウェアにこれつけたい」
……う、うわぁぁぁ……!!
想像しただけで、心臓が大暴れ。
そんな姿でもし目の前に現れたら俺、生きてらんねぇ……
「サクラ!それも……追加しよう!」
俺は震える手で、近くにあった同じ素材のルームソックスを手に取って渡す。
「あと、こ、この組み合わせも……見たい……!」
な、何言ってんだ俺!?
リクエストしてる俺、まじ彼氏じゃんかぁぁぁぁ!!
けど、サクラはふっと目を細めて、こくんと頷いた。
「わかった」
その素直な声に、全身がビリビリ痺れた。
「か、貸せ!俺、買ってくるから!」
顔を真っ赤にしながら、俺はレジに走る。
後ろから聞こえたサクラの小さな声。
「……ありがとう、アルト」
やべぇ……俺、サクラの「ありがとう」だけで生きていける……
会計を済ませて戻ると、サクラはそっと袋を受け取りながら俺をじっと見上げてくる。
「アルトが選んでくれるの、嬉しい」
し、死ぬ。今日何回心臓止まるんだ……
そしてふいに、サクラが言った。
「……アルトは?何か欲しいものないのか?」
「え?」
「さっきからずっと、私のために動いてる。アルトのものも、ちゃんと見てほしい」
「……俺は」
一瞬、言葉が詰まりかけたけど、ちゃんと伝えたかった。
「俺は、サクラが喜んでくれるなら、それでいい」
サクラはしばらく黙って――それから小さく言った。
「……なんでも言ってくれ。アルトの力になりたい」
「ありがとう、サクラ」
静かに交わされた言葉が、心の奥にじんわりと染みる。
俺たちはそっと視線を交わしながら、また並んで歩き出す。
目的地は、さっきのあの懐かしい匂いのした、お好み焼き屋。
「失礼しまーす」
カラン、と小さな鈴の音と共に、俺とサクラは再びお好み焼き屋に足を踏み入れた。
「あっ!来てくれた!」
さっき接客してくれた黒髪の女性店員が、笑顔で手を振ってくる。
「待ってましたよー!」
「……あ、はい。お邪魔します」
「ソウくん、来てー!」
彼女はすぐに厨房の奥へ向かい、少しして赤髪の男性を連れて戻ってきた。
二人とも同じような黒いエプロン姿だった。
「はじめまして。さっきはご来店ありがとうございます」
「いえ……こちらこそ、美味しかったです」
「良かったら、奥の席で少し話しませんか?」
俺たち4人は店の奥、静かな4人がけのテーブル席に腰を下ろした。
……なんだろう、この空気。
最初に口を開いたのは、赤髪の男性の方だった。
「それで……あの……」
彼が言いかけた時、俺も同時に言葉を重ねた。
「あの、もしかして……」
「――日本から来た方ですよね?」
男性のその一言に、心臓がバクンと跳ねた。
「……っ! はい……そうです」
すると、彼も深くうなずいた。
「俺たちも、同じです。日本から来ました」
「え……!」
思わず、隣に座るサクラと顔を見合わせる。
「二人とも?」
「はい。こっちでの名前はソウとリンって呼ばれてます」
リンと名乗った女性が、優しく微笑んだ。
「ちなみに……お二人の関係って?」
俺が少し躊躇いながら聞くと――
「恋人同士です。日本にいた頃からずっと」
二人は一瞬、顔を見合わせてから、ふっと表情を曇らせた。
「……こっちに来てから、色々あって。でも、俺たちは諦めなかった」
「いつこの世界に……?」
「かれこれ5年経ちます。忘れもしないあの日……二人で放課後、夕暮れの通学路を歩いてたんです……すると突然、現れたんです。グレーのセーラー服を着た女の人が……」
「セーラー服の女……?」
心の奥で何かが引っかかる。
「髪は茶色で、ふわっとウェーブがかかってて。黒い、長いコートみたいなのを羽織ってました」
……それって……まさか、ルカ……?
思わず隣のサクラをちらっと見た。
でもサクラは黙ったまま、じっと二人の話を聞いていた。
「で、気づいた時にはこの姿で、もうこの世界にいて……」
「……なんのために?」
「始めは意味もわからないまま、あちこち連れ回されて。建物を作ったり、土地を整えたり、木を植えたり……」
「え、それって……」
「……俺たちが来た頃、このオルヴェリテって国は、まだ未完成だったんです」
「未完成……?」
思わず、声が漏れた。
「信じられないかもしれないけど、全部作られたんです。最初はただの大地だったと聞いてます」
「じゃあ……この街並みも……」
「そう。この店だって、俺たちが作った一部に過ぎません」
目の前の二人の言葉に、俺は言葉を失った。
サクラも小さく息を飲んでいた。
……俺たちが見てきた世界は、やっぱり誰かが作ったものだったんだ……
そんな中で、ふと気づいた。
隣のサクラがほんの少し、膝の上で指先を震わせていた。
俺はそっと、サクラの手に自分の手を重ねた。
サクラは一瞬、びっくりしたように目を見開いたけど、すぐに落ち着いた。
どんな真実があっても……俺は、絶対この手を離さない。
心にそう刻みながら、俺は改めて二人を見つめた。
「続き……もっと聞かせてもらってもいいですか?」
ソウとリンは、ゆっくりと、頷いた。
「え、じゃあここに住む人々は……?」
「私たちと同じように、感情を持つ人は一部だけです」
「……一部?」
「……もともとは、みんなどこかの世界から連れてこられて……感情を持たないように厳しく管理をされていました。そして、この国を作るためだけに存在してたんです」
「でも、命令に逆らう者や、感情の兆しが出た者は……ミュノエーラって呼ばれる、遥か遠くの地に追いやられました」
リンの言葉に、ソウが静かに頷く。
「つまり……この国にいる人のほとんどは、個体って呼ばれる感情のない人形みたいな存在だと思っていいです」
「個体って言葉……ここでは当たり前のように使ってるけど……」
「たぶん、感情を持つ者と持たない者の違いを見えづらくするために作られた言葉だと思ってます。実際、外見じゃまったく区別がつかないし」
リンの声は淡々としていたけれど、どこか悔しさを滲ませていた。
「知っているか分かりませんが、一昨日まで、街は個体の暴走でめちゃくちゃでした。外に出るのも命がけで、こんなふうに店を開ける日が来るなんて思えなかったくらいに……」
「……え?」
俺は思わず、隣のサクラを見た。
「なぜか急に……嵐が去ったみたいに、街や個体が落ち着いたんです。まるで空気そのものが変わったように、優しくなった」
「その変化が起きたのは、たぶん……この世界の核に何かが起きたからだって、俺は思ってます」
ソウはそう言って、ちらりとサクラの方を見た。
でもサクラは、ただ静かに話を聞いているだけだった。
その横顔はどこか切なげで、俺は無意識にその手を、そっと握りしめていた。
……大丈夫だ。
サクラは、何も言わなくていい。俺が守るから。




