女王さまと初外出!?3
ガチャッ!
「アルト、待たせた」
ひょこっと部屋のドアから顔を出したサクラは、一緒に決めたグレーのパーカーと黒いパンツ姿で現れた。
シンプルなのに――いや、シンプルだからこそ。
ボーイッシュな格好が、逆にかわいさを引き立ててて、俺は思わず視線をそらした。
「……な、なんかすごい似合ってる……っ」
「ほんと?」
サクラが首をかしげて、少しだけ裾をつまんでくるっと回った。
やばい、破壊力……!!
「そ、そんで一応な、日焼け対策ってことで」
慌てて取り出した黒いキャップ帽を、サクラの頭にふわっと被せてやる。
「ありがとう」
「い、いや!別に……」
帽子のツバの隙間から覗く瞳が、いつもより近くて、心臓が跳ねた。
「……あ、あと髪」
「髪?」
「汗とかかくだろ?長いと邪魔になるし……その、結んだほうがいいかも」
「なるほど。こないだリリから、外は暑いって聞いた」
そう言って、サクラはその長い髪を左右に分けはじめた。
……だけど、その手つきが、なんかこう――妙にぎこちない。
も、もう……っ!
「その、くしとゴム……貸して?」
「え?」
「多分、俺のほうがうまいから」
サクラが手渡してくれたくしとヘアゴムを受け取ると、俺は彼女の後ろに立った。
ゆっくりと、サクラの柔らかな金色の髪に指を通していく。
……ふわっふわだな、これ……
心臓がバクバクうるさすぎて、くしの音が聞こえないくらいだった。
「……器用なんだな、アルトは」
「ま、まあな。妹いるからさ。小さいころ、よくヘアセット頼まれてたんだよ」
「妹がいるんだな」
「で、でも!」
「?」
「サクラの髪に触るのは……その、なんか、全然別っていうか……」
「……?」
やばい、もう何言ってんだ俺……!
結び終えたツインテールをそっと手放して、一歩引く。
「……できた」
サクラが後ろを振り返って、そっと毛先を触った。
「軽い……すごく綺麗にまとまってる」
「だ、だろ?」
あぁあああ……手、震えてるのバレてないよな!?
「……アルト」
「な、なに」
「嬉しい。今まで、誰にも髪を触らせたこと、なかったから」
「っ……!」
その目で言うの、ずるい……!
帽子の下、ぱらりと落ちた金髪をそっと整えてやると、 サクラはふわりと微笑んだ。
「じゃ、出かけようか」
「……お、おう!」
ドキドキが収まらないまま、俺は部屋のドアを開けた。
……今日、大丈夫かな、俺
「てかさ、そもそもこの建物の中よく知らねぇわ、俺」
歩きながらぼやくと、隣を歩くサクラがすっと目線を向けてくる。
「帰ったら案内する。ここは城のようなものだな」
「……し、城!?やっぱ女王さまがいる場所は、城って決まってんのかよ!」
思わず声が上ずる。いや、だって――
どこを見ても豪華。天井は高いし、壁は無駄にピカピカしてるし、装飾品のひとつひとつが高そうで、そもそも床!なんで絨毯じゃなくてガラス張りみたいにツルツルなんだよ!
サクラに導かれるように長い通路を歩き、エレベーターみたいな透明の筒に乗る。
「これ、まさかエレベーター……?」
「正確には移送装置。1階に降りる」
「名前、強っ……!」
スッと降下していくと、目の前に広がったのは――
「な、なんだここ……」
そこはまるで、超高級ホテルのエントランスのような大広間だった。
透き通るような大理石の床、吹き抜けの天井、シャンデリア、アーチ状の柱、光の演出まで完璧。
「おいおい……これ、本気で城ってレベル超えてるぞ……!」
まるで観光客のように見上げる俺を見て、サクラはそっと口元に手を添えて――
「ふふっ」
小さく、でも確かに笑った。
……えっ。
その仕草、その声色、その柔らかい空気!
「な、な、なんだ今の!?その笑い方!!かわいすぎだろ!!」
思わず頭を抱えてしゃがみ込む俺。
「そんなに驚くことか?」
「驚くに決まってんだろ!それ!今の、動画に撮って永久保存したいくらいだし!」
サクラはきょとんとした顔をして、俺を見下ろした。
「……動画?」
「だから、カメラとかねぇの!?俺とサクラの思い出、ちゃんと残したいっていうか……!」
そう言った瞬間――
「だったら……」
ポケットの中に、何かが突っ込まれた。
「わっ!?おい、何入れた!」
取り出すと、それは……
「……これ、通信端末?」
あの時、俺が受け取りを拒否したやつ。レイやリオが持ってた、カード型のやつだ。
「だからこれはいらねぇって、言っただろ俺……!」
「私が……渡したいから」
サクラは、俺の目を見て、まっすぐに言った。
「え……」
言葉を詰まらせる俺に、サクラは淡々と続けた。
「これには映像も記録できる。写真も撮れる。もちろん、レイやリオ、ミリとの連絡にも使える」
「でも……俺には、サクラがいれば……」
「私はいつも横にいる。離れない。でも、アルトの記録を残したいっていう気持ちもわかる」
……っ!!
また、やられた。
本気で言ってくるサクラに、勝てるわけない。
「……わかった。ありがとう、サクラ」
小さく呟くと、サクラはふっと微笑んだ。
その笑顔は、まるでさっきのきょとん顔とはまた違って……
あたたかくて、どこか安心するような、優しい光を放っていた。
……やっぱこの子、俺の心臓に悪すぎる。
俺はそっと端末をポケットにしまった。
記録しよう。この世界で、サクラと過ごす全部を。
絶対、俺だけの宝物にしてやる!!
ガチャッ――
扉が開いた先にあったのは、広がる街の風景。
「……すげぇ……」
思わず漏れたその声は、風にさらわれるように消えていった。
石畳の道を歩く人々は穏やかな雰囲気に包まれ、小さな噴水のまわりには、花籠を抱えた老婦人が腰かけている。その横の子どもたちは静かにじゃれ合っていた。
……あの日見た、あの整いすぎた景色と同じはずなのに……なぜだろう。
今のこの街は――
生きてるように、感じる。
「外は……こんなに気持ちがいいんだな」
サクラが立ち止まり、空を見上げる。
風がふわりと彼女の薄金の髪を揺らし、柔らかな陽光が、その頬を優しく照らしていた。
まるで……
「絵画の中の一場面みたいだな、今のサクラ」
「……?」
「いや、こっちの話」
顔が熱くなるのをごまかすように、俺はそっぽを向いた。
「でも……不思議だよな。前に窓から見たとき、もっと無機質っていうか……なんか冷たく感じたんだ」
サクラは少し首をかしげる。
「無機質?」
「ああ。風も、木の葉も、人の動きも……全部同じテンプレみたいで」
「……」
「でも今日は違う。ちゃんとみんなが生きてる感じがする」
その時だった。俺の脳裏に、ふとレイの言葉がよぎる。
『彼女は、この世界の核だ。倒せば、この世界そのものが崩壊する。だけど、心を動かし、感情を与えることができれば、世界は変わる。命を繋いだまま、新しい形へと』
……まさか。
俺は隣のサクラを見る。
ふとした瞬間に笑って、風にまぶしそうに目を細めて、俺の袖をそっと掴む仕草。
サクラが……感情を持ちはじめたから……?
それがこの街に、優しさとして反映されてる?
「ねぇ、アルト」
サクラが、少し小さな声で俺を見上げた。
「今、こうして外に出て、空を見て風に当たって……ちょっとだけ、自由になれた気がする」
「……そっか」
「今まで、感じたことなかった……こんな風に、気持ちいいって」
「それ、たぶん……サクラが変わったからだよ」
「……私が?」
俺は少しだけ照れくさくなって、サクラの帽子のつばを引っ張った。
「最初に出会ったとき、お前、超機械みたいなやつだったからな」
「否定できない」
「でも今はちゃんと笑って、ちょっと怒って、照れて……」
「それは……アルトが、私の側にいるから」
ドクン、と心臓が跳ねた。
「感情っていうのは……きっと、誰かのそばにいることで、芽生えるんだと思う」
「……」
「だから、アルトが……ずっと隣にいてくれるなら、私、もっと……」
言いかけたサクラの言葉が風にかき消される。
「……もっと、何だよ?」
「……」
サクラは顔をそらして、ポツリと呟いた。
「もっと、この世界が好きになれる気がする」
……ずるいって。
そんなこと言われたら――
「……あのさ、サクラ」
「?」
ドクンドクン暴れまくる心臓を押さえながら、俺は、ゆっくり手を伸ばした。
「これ、初めてだし……嫌だったら、言って……」
そう言って、サクラの指先に、俺の指先がそっと触れた。
サクラは、ビクッと少しだけ肩を揺らしたけど……
そのまま、俺の手をほんの少しだけ、きゅっと握り返してきた。
「……あ」
その感触だけで、心臓が爆発しそうになった。
やばいやばいやばい……
「て、手……繋いでもいいか?」
「……繋いでほしい」
サクラの声は、小さくて、震えてて、でも……まっすぐだった。
その瞬間、俺はもう、ぶっ壊れた。
「も、もうかわいすぎだってば!!なんなんだお前ぇぇぇ!!!」
「騒がないでくれ……みんな見てる」
「だ、だって!お前の手、あったかいし、柔らかいし、しかもいい匂いするし!」
「……私の手が、匂うのか?」
「違う!いい意味で!!」
あああああああ!!俺、何言ってんだーーー!!!
思わずうずくまりたくなる俺を見て、サクラがくすっと笑った。
「……アルト、バカ」
その笑顔が、やさしくて、あったかくて……
もう、このままずっと手を離したくないって、心から思った。
なぁサクラ……俺、今すげぇ幸せだよ。




