女王さまと初外出!?2
……そうだった。
俺って、最初は観察対象だったんだよな。
気づけば、壁にもたれていた俺の背中が、じわりと冷たさを伝えてくる。
まだ、昨日なんだな……
思い出すのは、初めてサクラと出会った瞬間のこと。
漆黒のドレスに包まれた少女は、まるで生きた彫像みたいに冷たく、無機質だった。
「名乗る必要はない。無駄だから」
冷静で、感情もなくて、ただ、そこに在るだけの存在。
俺はあのとき本気で思った。
無理ゲーだって。女王を落とす?ふざけんなよ、どこのギャルゲーだよって。
でも……今、俺の目の前にいるサクラは――
さっきまで俺の隣に座って、朝ごはんを食べて「一緒にいたい」って、ぽつりと言って。
たった一日でまるで別人みたいだ。
――いや、違う。
俺が知らなかっただけなんだ。
感情なんて持たないと思ってた。
冷たくて、孤独で、理解できない存在だと決めつけてた。
でも違った。
誰よりもまっすぐで、素直で、不器用で。
観察対象?もうそんなもんじゃねぇよ。
俺はそっと目を閉じる。
……知りたい。
ただの興味じゃない。好奇心でもない。
もっと、サクラのことを知りたい。
サクラが笑った理由も、黙り込んだ理由も、涙をこぼしたあの夜の夢の意味も。
全部、俺は知りたい。
「……ったく、サクラってやつは……」
自然と口元が緩む。
こっちが観察されてたはずなのに……
いつの間にか、観察してたのは、俺のほうだったんだな。
壁にもたれたまま、空を仰ぐ。
もう一度出会ったとしても、俺はまたサクラを選ぶ。
それくらい、俺の中でサクラの存在は大きくなっていた。
「アルト」
突然、ドアの向こうから声がした。
「んー?」
返事をすると、すぐに――
ガチャッ!
勢いよくドアが開く音とともに、サクラが顔を覗かせた。
「アルトが……服を選んでくれないか?」
「え?」
俺は思わず聞き返した。
「……着たい服、あるんだろ?」
サクラは一瞬目を逸らしながら、こくんと頷いた。
「ある……でも、それでも……選んでほしい」
「……っ!」
一瞬、心臓が跳ねた。
な、なにその……反則みたいな頼み方……!
「そ、そんなこと言っても……!」
俺は小さく手招きするサクラの後を追って部屋に入った。
「……うわっ!?」
目の前に広がったのは――
ずらりと壁を埋め尽くすほどの服、服、服!!
「な、なんだこれ!?アパレルショップかよ!!」
「多すぎたか?」
「いや……ってか、これ全部サクラの服なのか……?」
「予備だ」
さらっと言うサクラに、俺は頭を抱える。
「で、どれが着たいやつなんだよ……」
「……全部、少しずつ気になる」
「無理だろ!!」
思わず叫んでしまう。
でも、サクラは少しだけ頬を染めてぽつりと呟いた。
「アルトが……かわいいって思うのが、着たい」
「……は?」
――う、嘘だろ!?
一瞬で頭が真っ白になる。
「な、なに言ってんだよ……!」
「……変か?」
「変とかじゃなくて……」
顔が熱い。心臓がバクバクいってる。
「……俺がかわいいって思うものを……着てくれるのか?」
「……うん」
やばい。これ、俺の心臓が持たないやつだ……!
「じ、じゃあ……試しにその……えーっと……この、白のシャツと……このスカートとか……」
スカート……いや、やっぱ無理だ!これは露出しすぎだろ。
棚から揺れるミニスカートを引っ張り出しかけた手を、慌てて止める。
白のシャツも……透けたら……やばい。
ていうか――そんな姿、他のやつらに見せたくない……
胸の奥がきゅっと締め付けられる。
サクラのかわいいは……俺だけが知ってたい。
でも……でも……見たいぃぃ!
くっそ……見たいけど、見せたくねぇぇぇぇ!!!
……うあああああああああ……!!!
頭を抱えながら、心の中で絶叫した。
ぐるぐる悩みながら、俺は最終的に、 無難すぎる組み合わせをそっと手に取った。
「じゃ、じゃあさ……このグレーのパーカーと、黒のパンツにしよう」
「……」
無言で服を受け取るサクラ。
お、お? 納得してくれた……?
――と思ったのも束の間。
「ほんとに、かわいいと思って選んでいるのか?」
「……へ?」
サクラが、むすっとした顔で俺を見ていた。
「……さっき、かわいいって思うものを選ぶって言ってた。これは……本当にそうなのか?」
うっ……
言葉に詰まった俺を、サクラはじっと見つめてくる。
「……嘘は、嫌いだ」
その静かな一言が、胸にぐさっと刺さる。
「……っ」
俺は、深く息を吸って、ごまかさずにちゃんと話すことにした。
「……本当は……このスカートとか、白のシャツとか……」
「すげぇ、似合うと思ったし、めちゃくちゃかわいいって思ったよ」
サクラは目を見開いて、黙って聞いてる。
「でも、他のやつに……見られるのは嫌だった」
「かわいいって思った分だけ、誰にも見せたくなくなった」
「……俺だけが知ってたいって、思ったんだ」
言い終えた瞬間、自分でも顔が真っ赤になるのがわかった。
言ったぁぁぁぁああ!!!
心臓が破裂しそうだった。
だけど――
サクラはゆっくりと、胸の前で選んだ服を抱えたまま、ぽつりと呟いた。
「……これから、ドレスはやめる」
「え?」
思わず聞き返す俺に、サクラは続ける。
「毎日、アルトが好きな服を着て過ごしたい」
「……っっ!?」
「だから……」
一瞬、少しだけ視線を逸らしてから、サクラはこっちを見つめた。
「毎日、私の着る服――選んでくれないか?」
……は?
頭の中で何かが爆発した。
ダ、ダメージでかすぎだろぉぉぉ!!!
な、なに?毎日って!?
俺が選んだ服を、サクラが着てくれる……!?
……死ぬ。普通に死ぬ。
「……お、俺、それ本気で言われたら……たぶん……毎朝、命かけることになるぞ……?」
冗談みたいに言ったけど、内心はガチで限界だった。
サクラはきょとんとしながらも、少しだけ笑った気がして――
「……覚悟して」
な、なんで、そんなことサラッと言えるんだよ!!
や、やばい……この先の人生、尊死で毎朝始まる……!!
俺は自分の鼓動をなんとか落ち着かせながら、 心の中で叫んだ。
「と、とりあえず、今から出かける格好はこれでいいか?」
そう言って、サクラが抱えているグレーのパーカーと黒いパンツをチラリと見る。
サクラはじっとそれを見つめたあと、ふと小さな声で聞いてきた。
「……ポケットに、リボンだけ付いてるのでも……いいか?」
「リボン?」
サクラがそう言って取り出したのは――
グレーのパーカーのポケット部分に、 ちょこんと小さなリボンが左右に一つずつ縫い付けられてるやつだった。
……うっ!!
ちょっとしたアクセント……なのに、
「なんでそれだけで、こんなにかわいく見えるんだよぉぉおお!!!」
俺は無意識に叫んでいた。
「そ、それくらいなら……許す!!」
――って、ああああ!!!
今のセリフ、完全に彼氏かよぉぉぉ!!!
顔がみるみる熱くなっていく。
でもサクラは、そんな俺を気にする様子もなく、パッと笑顔になった。
「ありがとう、アルト!」
「えっ……」
やば……笑った……
サクラの笑顔、破壊力ありすぎだろ……!
「……着替えてくる」
「お、おう……!俺は、あれだ、外で待ってるから!」
耳まで真っ赤になった俺は、逃げるように部屋を出た。
ドアを閉めた瞬間、思わず壁に頭をゴツンと当てる。
ダメだ……尊死寸前だ……
ドキドキがまったく止まらないまま、俺は部屋の外でそわそわと待ち続けた。
……てか、俺、さっきの発言……完全に、彼氏だったよな……?
いや、まだそういう関係じゃないし……でも……
でも……ちょっとだけ、悪くないかも……
頬を緩めそうになるのを必死に堪えながら、俺はサクラが来るのを待った。




