女王さまと初外出!?
「ごちそうさまでした!」
箸風のスティックを置いて、俺は感謝を込めてそう言った。
「今日もめちゃくちゃうまかった。ほんとにありがとう、サクラ」
サクラはテーブルの向かいで、静かに頷く。
「……私も、美味しかった」
その一言だけでも十分なのに――
「今まで、食事の意味なんて一度も考えたことがなかった。でも、アルトと一緒だと……またこの時間が来てほしいって思う」
「っ……!」
俺、思わず椅子から飛び上がりそうになった。
な、なにそれ、今の……それ、愛じゃね……!?
嬉しさで胸がばくばくして、なのに言葉が詰まってしまう。
サクラの愛を感じた味、とか言いてぇ!けど恥ずかしいっ!!
「……洗い物まだだろ?俺、片付けてくる!」
思わず立ち上がり、食器を手に取る。
サクラが静かに俺の動きを目で追いかけてくるのがわかる。
「あ……それ、私が――」
「いいっていいって!俺にもやらせろ!」
落ち着け俺……このニヤけ、顔に出る前に逃げなきゃ……!
そのまま食器を抱えてスタスタと調理室へ向かう。
が!……ふと、頭をよぎった。
昨日の、ぐっちゃぐちゃな調理室の光景――
シンクの山盛りの調理器具。飛び散った調味料や油。
謎にコンロからはみ出した焦げた何か。
うわぁ……思い出したら胃が痛いな……
その時――
「私も行く」
後ろから聞こえてきたサクラの声に、思わず振り返る。
「え、サクラも?」
「一緒にやる」
……ああもう、そういうとこ、ほんと……
胸がじんわりと温かくなるのがわかる。
ふたりで並んで歩く調理室への廊下。
なんでもないこの時間すら、妙にくすぐったくて嬉しい。
そんなことを考えているうちに、調理室に到着した。
ガチャ……と静かに扉を開け中を覗き込むと――
「……うそ、だろ」
俺は絶句した。
そこに広がっていたのは、昨日の地獄とは真逆の、ぴっかぴかのキッチンだった。
道具はすべて揃って整頓され、本当に朝、ここで調理したのかと思うほど綺麗だった。
「え……何これ、業者入った……?」
「朝のうちに整えた」
サクラがさらりと答える。
「まさか……サクラ、全部ひとりで……!?」
昨日、泡まみれになって不器用にフライパンを洗っていたサクラの姿が、ふと頭をよぎる。
蛇口の水に驚いて顔を濡らして、スポンジの泡をこぼして黙々と動いてたあの後ろ姿。
……全部、ひとりで……
その姿を考えただけで、胸がぎゅっと熱くなった。
「サクラ」
「……なに?」
「これからは、ご飯を作る時から一緒にここに来るよ」
サクラが、少し驚いたように瞬きをした。
「私の手伝いを?」
「料理は……俺が手伝ってもいいなら、するけど?」
ほんの少し間を置いて、サクラはぽつりと答えた。
「料理は……私が考えて、作りたい」
……ああ、そこは譲れないんだな。
「そっか、じゃあ、片付けは一緒にしよ? な?」
俺が笑いながらそう言うと、サクラは少し申し訳なさそうに、コクリと小さく頷いた。
うおおおお……!!
その仕草がもう、破壊力高すぎて俺の中のなにかが崩れそうだった。
ずるいだろ……そんな顔……
思わず顔をそらして誤魔化す。
「俺が、そうしたいからだよ。ずっと……サクラといたいから……」
やべぇ……恥ずかしくなってきた!!
「そ、それより!!洗い物洗い物!!」
ガタガタとシンクに皿を並べる俺を、サクラはじっと見つめていた。
「……アルト、今、顔が赤い」
「うるせぇぇぇぇええ!!」
洗剤の泡に顔を突っ込む勢いで皿をこする。
すると……
「私も、今……ちょっと赤いかも」
ぼそりと、耳のすぐ横でサクラが言った。
ピクッと俺の手が止まった。
「な、な、なに言ってんだよ急に……」
「知らない。でも、胸が少し……あったかい」
サクラは、小さく首を傾げながら言った。
あああああ……!!反則だろぉぉぉぉ!!
ドクドク脈打つ心臓の音は爆上がり状態。
俺の心臓、今日だけで何回跳ねてんだよぉぉ!!
その後――
朝ごはんの片付けを終えた俺たちは、予定通り買い物に行くことにした。
「じゃ、着替えたら出発すっか」
「っつか、サクラこの格好で外行くのか……?」
ふわり、と風に揺れるような、薄い紫色のロングドレス。
光を反射する柔らかい生地が、まるでおとぎ話から抜け出してきたみたいで――
俺は言葉を失いかけた。
「……っ、お姫様かよ……」
ぽつりとこぼれた本音。
サクラは、きょとんとした顔で首を傾げる。
「似合わない?」
「い、いや、ちがっ……!」
顔が熱くなっていくのを必死にごまかしながら、言葉を振り絞った。
「似合いすぎて、……なんか、やばいっ!」
視線を合わせられず、思わずそっぽを向いてしまう。
「……っつか、マジで歩くとこ全部花びら舞いそうなレベルだし……」
「花びら?」
「例えばだよっ!あぁもう、だから余計に目立つんだってば!」
……うわ、俺なに言ってんだ。
変なテンションになってきた……
でも、サクラは無表情のまま、ぽつりと呟いた。
「……たしかに」
「てかさ、サクラって街の人に顔知られてんのか?女王だろ?」
その問いに――サクラはふと目線をそらした。
「実は……今まで、外に出たことがない」
「……は?」
時が止まったような気がした。
「……え?今、なんて?」
「外に出たことがない。正確には、公に出たことがない」
「え、でも買い物とか……生活用品とか、誰が?」
「……ルカや……最近はリリが多かった」
「ってことは……サクラは、この世界の街、全然知らないってこと?」
「……そうだな」
「まじか……」
俺は思わず頭をかかえた。
まさかの引きこもり女王……!
「え、じゃあなんで今日一緒に買い物に?」
すると、サクラは少しだけ俯いて――ぽつりと、呟いた。
「始めはただの観察対象として、アルトがどういう風に街を見るのか、気になった。ただそれだけ」
「そうだった……今その言葉聞きたくねぇぇぇ……」
俺は嫌なことを思い出したように叫んだ。
「でも、今は……今は……」
サクラはそっと俺を見た。その瞳はまっすぐで、やけに綺麗だった。
「アルトと、一緒にいたい。アルトと一緒に外に出たい」
「……っ!」
まるで心臓をピンポイントで射抜かれたみたいだった。
え、ずるいだろそれ……
ってかこれまさかの初デート!?
やべぇぇぇぇぇぇ!!!
俺は顔が熱くなるのを感じながら、必死にごまかすように咳払いした。
「で、でもさ、このドレスで街歩くのはさすがに目立つだろ?」
「……街の個体?に女王だってバレたら、騒ぎになるかもしれないし」
「じゃあ、着替えてくる。アルトは……?」
「俺はそのままでいいよ、てか、待ってる!」
そう言って軽く手を振ったものの――
ふと、自分の服に目を落とす。
……てか、俺が着てるこのグレーの制服って……
「なぁ、サクラ」
「ん?」
「俺が着てるこの制服、一体なんなんだ?レイやリオ、ここにいる全員……なんか、同じ制服っぽいっていうか、統一されてる気がする」
サクラは少しだけ考える素振りをして、静かに首を横に振った。
「……わからない。私がここに来たときから、ルカもミリも……すでにこの制服を着ていた」
「……そうなんだ。ありがとう」
制服の意味も、ルールもわからないまま過ごしていたサクラ。
やっぱり……ミリと、一度ちゃんと話す時間を作らなきゃな。
無表情だけど、どこか不安そうなサクラの背中を見送りながら、俺はそう心の中で決めた。




