女王さまの過去!?2
テーブル越しに、俺たちは向かい合ったままだった。
サクラはしばらく沈黙していたけど、やがて、ぽつりと口を開いた。
「……分からない」
「……分からない?」
俺はそっと問い返す。
サクラは小さく頷いた。
「記憶が……あるのは一部だけだ」
その声はいつもより、ほんの少しだけか細かった。
「気づいたら、ここにいて……女王として生きていた」
「……」
俺は静かに息を飲む。
最初から女王だった……?
「……ちなみに、どこの世界から来たんだ?」
恐る恐る、さらに聞く。
サクラはふわりと首を振った。
「……分からない」
「……っ」
胸が、ぎゅっと痛んだ。
こんな小さい体で……
全部、一人で抱えてきたのかよ……
「何年前にここに来たのかも……?」
「……それも、分からない」
サクラは、ぽつりぽつりと答える。
記憶が……ないのか……
俺は喉がきゅっと締まるのを感じながら、それでも、聞き続けた。
「レイとリオが来たのは、まだ最近なのか?」
サクラは、少しだけ表情を緩めた。
「……ああ。まだ一年も経ってないだろう」
「……ミリはこの世界で生まれた個体なんだろ?」
俺は少し間を置いて尋ねた。
サクラは、すっと背筋を伸ばして、こくんと小さく頷いた。
「ああ、私がここに来た時には、すでにミリは存在していた」
……ミリに一回詳しく聞いてみるか。
「……じゃあ、ルカは?」
さらに問いかける。
その時―― サクラの表情がほんの少しだけ、曇った気がした。
「ルカも、初めからいた」
……やっぱりな。
俺は、胸の奥がざわつくのを感じた。
初めてルカと会ったとき、確かに何か引っかかるものを感じた。
無表情で、感情が読めない。
でも、それだけじゃない。
まるで何かを試してるみたいな、そんな視線。
なんなんだ、あれは……?
ルカのことも一度調べた方が良さそうだな。
「あ!ちなみに、ユラは?」
「ユラは……レイと同時期に来た」
サクラは少しだけ言葉を選びながら答える。
「アルトが思っている以上に、異世界からこの世界に送られてきた者は多い」
静かに、でもはっきりと告げられるその言葉に、 背筋がすっと冷たくなる。
……そんなにいるのか……?
ゴクリと喉を鳴らした俺は、 ためらいながら、切り出した。
「……なぁ、サクラ」
「?」
サクラが首をかしげる。
「……ルカのことなんだけどさ。お前……あいつをどう思ってる?」
サクラは少しだけ目を細めた。
「……どう、とは?」
「いや……その……」
うまく言葉にできなくて、もどかしくなる。
別にルカを疑いたいわけじゃねぇ……
でも、あいつ……なんか、他の奴らと違う気がする……
そんな俺の様子をじっと見ていたサクラが、
ぽつりと口を開いた。
「……ルカは、特別だ」
「特別?」
「他の個体とは違う。私に最も近い存在として作られた」
「作られた……?」
思わず声が裏返る。
「つまり……」
サクラは無表情のまま、静かに続けた。
「ルカは――この世界に最初から存在した存在ではない」
「……っ!」
なんだ、それ……じゃあ、ルカは……
思考が一気にざわつき始めた。
「どういう……ことだ?」
絞り出すように尋ねる俺に、 サクラは、ほんの少しだけ、寂しそうに目を伏せた。
「私も、全部を知っているわけではない」
「……」
「でも、ルカは私がここで生きるために与えられた側近だ」
……本当にそれだけか?
ルカは……何か隠してるような……
「……サクラ」
「?」
「もし、ルカに……何か裏があったら、どうする?」
俺は静かに、真剣に聞いた。
サクラは小さく息を吸い込み――
「……守る」
「え?」
「ルカが私に牙を向けたとしても、私に与えられた存在なら、私が責任を取る」
無表情のまま、サクラは告げた。
……サクラ。そんな、当たり前みたいに……
ぎゅっと胸が痛む。
全部、ひとりで抱え込もうとするなよ……
思わず俺は、テーブル越しにサクラに手を伸ばしかけた。
「……ルカじゃなくて」
「?」
首をかしげるサクラに、俺はまっすぐ言葉をぶつける。
「ルカじゃなくて、俺を頼れよ」
サクラの瞳が、ぱちっと大きく開いた。
……っ!
やっべ、やりすぎたか……!?
緊張で喉がカラカラになる。
でも、次の瞬間。
サクラはふわりと、やわらかく目を細めた。
「……アルト」
俺の名前を、優しい声で呼んだ。
心臓が一気に跳ね上がる。
な、なんだよ……そんな顔……
かわいすぎるだろ、ばか……
サクラは、そっとテーブル越しに手を伸ばす。
今にも触れそうな距離だった。そして――
「わかった、頼る」
ぽつりと、囁いた。
……っ!!!
破壊力やべぇぇぇぇ!!
「だ、だ、だったら!」
俺は思わず前のめりになった。
「困ったときとか、寂しいときとか、何でも言えよな!?」
「……うん」
俺は、息を吸い込んでさらに一歩、サクラに踏み込む。
「……ひとりでなんでも抱え込もうとするなよ」
「……」
サクラは、ほんの一瞬だけ驚いた顔をして、
それから、少しだけ視線を落とした。
俺は続ける。
「俺、サクラの全部、受け止めるから」
「……」
サクラは、顔を上げた。
さっきより、もっと柔らかい少しだけ涙ぐんだような、あたたかい瞳で俺を見つめる。
「……絶対?」
「絶対だ」
迷いなく、即答した。
サクラはそっと、微笑んだ。
「……絶対」
その声が、甘くて、あったかくて――
俺の心臓がまた、ドクンと跳ねる。
やばい……
この笑顔、俺だけのだ……
顔が一気に熱くなるのを感じながら、
俺はごまかすようにテーブルに突っ伏した。
「……無理だ……」
「無理?」
「サクラ、かわいすぎて無理だぁぁぁ!!」
サクラは、きょとんとしながら小さな声で笑った。
俺だけに向けた、世界で一番やさしい笑顔だった。
……この笑顔、絶対守りたい。
そう思った、まさにその時だった。
ふと、気になってしまった。
「なぁ、サクラ」
「?」
「……ひょっとして、レイやリオみたいにサクラの相手としてこの世界に来たやつって、他にもいるのか?」
少し怖かったけど、聞かずにはいられなかった。
サクラはためらいもせず、淡々と答えた。
「ああ。……100人は軽く超すな」
「……は?」
思考が一瞬でフリーズした。
「ひゃ、ひゃく……!?」
「ああ。みんな、私を落とすために送り込まれてきた」
……っっ!!!
胸がギュッと苦しくなる。
サクラは……誰にでも、優しくしてたのか?
他の奴らにも、同じ顔を向けてたのか……?
頭の中がぐるぐるする。
そんな俺の気持ちを察したのか、サクラはふわりと首を傾げた。
そして――
「でも、私は――アルトだけ、特別だ」
「……っっ!!」
心臓が爆発した。
「な、な、なんだって……!?」
俺は必死に言葉を探すけど、サクラは静かに、はっきりと言った。
「他の誰にも、私はこんな気持ちを向けたことはない」
「……!」
視線が、絡まる。
サクラの真剣な目が、まっすぐ俺だけを映していた。
……うそ、だろ……
呼吸が苦しくなる。
「アルトだけが、特別」
サクラは、迷いも誤魔化しもなく、そう言った。
「他の誰にも、こんなふうに、何かを教わったり、一緒に食事したり、寝たり……そんなこと、したことない」
俺の心臓は、もはや限界だった。
……サクラの初めてを……俺だけがもらってるってことか?
そんなの……そんなの……!
たまらなくなって、俺はテーブルに突っ伏した。
……もう……こんなの、絶対、守り抜くしかねぇだろ!
震える心を押さえながら、俺はそっと呟いた。
「……俺、絶対サクラのこと、どこにもやらないからな」
サクラは、こくりと小さく頷いた。
……甘酸っぱすぎる………




